第57話 四十八時間で、全ロットを遡れ
「四十八時間で、原因を決めるわけではありません」
西原鋼業の事務所。
俺はホワイトボードの上に、太い線を引いた。
「四十八時間で、確認できた事実と、まだ確認できない範囲を分けます。その上で、次に壊す試験体を決める」
焦って原因を断定すれば、数字だけを見て新粉末を合格させた失敗を繰り返す。
だが、期限を設けなければ調査項目だけが増え、供給停止が際限なく続く。
まず必要なのは、判断できる大きさまで問題を切ることだった。
俺は左側へ『検証済み旧粉末』、右側へ『試験精錬粉末MKB-T01』と書いた。
「相馬さんは、保存粉末と合金試料の比較を。成分と粒度だけでなく、魔力刺激を与えた際の反応分布も見てください」
「分かりました。陽菜さんから回収した旧ロット品は、現状記録を終えるまで切断しません。保存されている同ロット試料を先に使います」
「西原社長は、鍛造と熱処理の記録を洗い直してください。数値に出ていない違和感も、日時と工程へ結びつけてほしい」
「職人全員から聞く。後から話を合わせんよう、個別にな」
「真壁社長には、精錬工程と中間試料をお願いします」
スピーカー越しに、真壁の声が返る。
『もう始めとる。温度、薬品、滞留時間は記録どおりじゃ。じゃが、安定化処理の終盤で反応が数秒鈍った。現場では許容範囲と判断したが、そのまま残してある』
「消さずに残してください。許容範囲だったという判断も含めてです」
『当たり前じゃ』
「芽衣さんは、隔離対象と既存適合品を利用者が混同しないよう告知を更新してください。問い合わせは製品番号で分類する。医療情報や個人の探索予定を、公開画面へ出さないように」
「うん。旧ロットまで危険だっていう誤情報も訂正する」
「俺は、原石の仕入れ記録を遡ります」
MKB-T01の原石には、問屋の管理番号がある。
だが、その先に何が残っているかは分からない。
四十八時間の時計を動かした。
*
西原の聞き取りから、最初の違いが出た。
「温度も時間も指定どおりじゃった」
彼は、職人が別々に書いた記録を机へ並べた。
「ただ、三人とも今回の鋼は『戻りが強い』と答えとる。叩いた時の粘りが、旧ロットよりわずかに足りんかったそうじゃ」
「数値化できますか」
「今ある記録だけでは無理じゃ。次は同じ形の小片を作って、変形量を測る」
真壁からは、工程逸脱なしという報告と、保存された三段階の中間粉末が届いた。
相馬は、それぞれを同じ照明、温度、魔力刺激で比較する。
「純度、粒度、含水率、主要不純物に有意な差はありません」
「なら、同じ粉ですか」
俺が尋ねると、相馬は首を横へ振った。
「まだ言えません。熱と魔力を同時に与えた時、新粉末側の反応値だけ、散らばりが大きい」
真壁が初めて会った日に見せた、二つの粉末と同じだった。
平常時の測定値は揃う。
負荷を与えた時だけ、隠れていた差が表へ出る。
俺は原石を納入した問屋へ、管理番号の照会をかけた。
『純度と概算魔力量は保証しています』
「採掘されたダンジョンと階層を確認したいんです」
『その情報は商品規格に入っていません。複数の買取所から集めた原石を、同じ等級としてまとめていますから』
「元の入荷記録は残っていますか」
『仕入先単位ならあります。ただ、サイロ投入後にどの原石がどの出荷へ入ったかまでは追えません』
誰かが記録を改ざんしたのではない。
現在の商流では、最初から必要な情報として扱われていないのだ。
旧粉末の仕入れ元にも連絡した。
こちらも産地証明はない。
ただし、入荷時期と仕入先を照合すると、一つの地方買取所からまとまって入った可能性が高かった。
旧粉末は、偶然、由来の近い原石で構成されていた。
新粉末は、複数の仕入先から集めた原石が混ざっている。
そこまでは確認できた。
原因と呼ぶには、まだ足りない。
*
四十八時間後。
俺たちは、確認結果を三つへ分けた。
一つ。
精錬の設定値に逸脱はないが、安定化処理の終盤に反応の遅れが記録されている。
二つ。
鍛造条件に逸脱はないが、複数の職人が鋼の反発と粘りに違いを感じている。
三つ。
新粉末の原石は由来の異なる複数の仕入先から集められ、混合後は採掘地点まで遡れない。
「三つは、別々の原因ではないかもしれません」
相馬が、粉末へ微弱な魔力を与えたグラフを表示した。
「原料側の何かが、精錬時の反応と、鋼にした後の粘りの両方へ影響した可能性があります」
旧粉末の線は、狭い範囲に収まっている。
新粉末は、同じ平均値を中心にしながら、上下へ大きく散らばっていた。
「現在の純度検査では、この二つを区別できません」
相馬が、疲れた顔で断言した。
「次は、この散らばりが何なのかを測ります」
純度も粒度も合っている。
それでも、同じではない。
四十八時間で得たのは、答えではなかった。
今まで見ていた検査項目だけでは、答えへ届かないという証明だった。
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