第56話 最後の一本で、S級が六人を連れ帰った
第七区画の深層手前。
桐生陽菜は、崩落した岩盤の隙間から六人を見つけた。
一人は脚を負傷し、二人は魔力切れを起こしている。残る三人も、長時間の孤立で消耗していた。
「協会からの正式な救助要請です」
陽菜は、救助班へ位置情報を送りながら告げた。
「歩ける方は二人一組になってください。負傷者は私が補助します。ここから全員で帰ります」
「桐生さん……その剣」
パーティーリーダーが、彼女の腰にある鈍色の刀剣を見た。
「九条補給店の検証済み旧ロットです」
陽菜はそれ以上説明しなかった。
新粉末の失敗とは別の、最後まで記録を遡れる一本。
今必要なのは、その事実だけだった。
腰には協会標準の救助用短剣。
背負った救難袋には、携帯障壁と閃光石が入っている。
専用剣が使えなくなった後に撤退するための装備も、出発前に確認していた。
崩落音に引き寄せられた魔物が、通路の奥から姿を現す。
陽菜は負傷者と魔物の間へ立ち、剣へ魔力を通した。
白銀の光が、暗い岩壁を照らす。
一撃目で、先頭の大型種の腕を断つ。
二撃目は倒すためではなく、後続の足を止めるために床を薙いだ。
「今です。進んでください」
六人を走らせ、最後尾を守る。
陽菜一人なら、魔物を殲滅して進めたかもしれない。
だが、これは討伐ではなく救助だ。
負傷者の速度を基準に、戦闘時間を最小限へ抑える。
迂回路の合流地点まで、あと百メートル。
そこで、装甲に覆われた大型種が横穴から突進してきた。
狭い通路では避けられない。
陽菜は剣を横へ構え、突進の軌道を逸らすために魔力を集中させた。
鈍い衝撃が腕を抜ける。
大型種の角が岩壁へ突き刺さり、通路が大きく揺れた。
その直後だった。
刀身に、一条の赤い線が走った。
「……使用限界」
陽菜は追撃しなかった。
剣への魔力供給を切り、即座に専用鞘へ納める。鞘の封印具を閉じ、赤い線が出た装備を再び抜けない状態にした。
「えっ、剣を使わないんですか」
探索者の一人が息を呑む。
「警告が出ました。ここからは、この剣を使えません」
陽菜は腰から救助用の短い予備剣を抜いた。
彼女の全出力には耐えられない、一般的な装備だ。
だから魔物を倒すためには使わない。
低い出力で牽制し、携帯障壁と閃光石を順番に使って追跡を切る。
「戦闘を避けます。全員、私の足跡だけを踏んでください」
最短経路ではなく、魔物が大型の体を通しにくい裂け目を選ぶ。
陽菜は負傷者の腕を肩へ回し、六人の速度に合わせた。
背後で魔物の爪が携帯障壁を砕く。
次の障壁を置き、角を曲がる。
予備剣は一度も強く打ち合わせない。
倒す力ではなく、帰るための手順を使い切る。
やがて、暗い通路の先に青白い光が見えた。
「救助班です! 遭難者六名を確認!」
待機していた協会職員が駆け寄る。
六人が順番に障壁の内側へ入り、最後に陽菜が境界を越えた。
「人数を確認してください」
「一、二……六名。全員います」
その返答を聞いて、陽菜は初めて小さく息を吐いた。
負傷者はいる。
だが、崩落後に失われた命は一つもなかった。
陽菜は装備担当職員を呼び、封印した専用剣をその場で引き渡した。
「撤退途中で赤線が発生しました。以後は使用していません」
「確認しました。時刻と位置、直前の負荷を記録します」
職員が回収ケースへ収め、二重の封印を施す。
契約どおりの即時使用中止と回収だった。
*
救助成功の報道を、俺は西原鋼業の事務所で見た。
画面には担架で運ばれる負傷者と、自分の足で戻った五人が映っている。
協会支部前の短い取材で、陽菜は事実だけを話した。
『検証済み装備が、撤退判断に必要な警告を出しました。警告後は使用を中止し、救助手順へ切り替えました』
『今回使ったものは、新粉末で製造された不適合ロットとは別です』
記者が尋ねる。
『次の深層探索は、いつになりますか』
『私の専用仕様で、安全確認済みの在庫はこれでゼロです』
陽菜は迷わず答えた。
『適合確認を終えた補給が戻るまで、通常の深層探索は行いません』
六人を救った実績で、新粉末の失敗を上書きしない。
確認できた一本の価値と、次の一本がない現実を、同時に公表した。
「帰ってきた……」
芽衣が椅子へ座り込み、目元を拭った。
西原も何も言わず、テレビに深く頭を下げている。
俺も、胸の奥に詰めていた息をようやく吐いた。
だが、届いた回収通知には、冷たい事実が記されている。
『陽菜専用仕様・適合確認済み未使用在庫――〇』
画面上の数字が、一本からゼロへ変わった。
最後の一本は六人を連れ帰った。
次の救助要請が来ても、今の俺たちには渡せる剣がない。
「相馬さん。回収品が到着し次第、赤線部分を非破壊で記録してください」
「はい」
「同時に、新旧粉末の追跡を始めます。最初の報告期限は四十八時間後です」
救助の成功を、本当の意味で次へつなげるために。
俺たちは空になった保管庫の前で、原因調査を開始した。
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