第54話 S級用試験剣が、赤く光らなかった
「試験条件を確認します」
相馬が読み上げた。
照明。
撮影距離。
カメラ角度。
物理負荷と魔力負荷の上昇速度。
赤線と判定する色差。
すべて、KUJO-Gの公認条件に合わせている。
試験ブースへ固定したのは、陽菜へ渡す剣と同一ロットの随伴試験体だ。
この一本は、壊して評価する。
納品候補品は、作業台の封印ケースから出していない。
「開始してください」
装置が動き出した。
刀身へ、物理負荷と魔力負荷が段階的に加わる。
低負荷域では異常なし。
通常戦闘の想定上限を超えても、刀身は安定していた。
「強度は出ています」
相馬が波形を見る。
「魔力の分散も、現在の測定範囲では正常です」
西原が、小さく息を吐いた。
陽菜は防護ガラスの向こうから目を離さない。
負荷が、過去の適合ロットで赤線の現れ始めた範囲へ入った。
「警告判定帯に入ります」
相馬の声が硬くなる。
刀身は鈍色のままだった。
「色差、変化なし」
さらに負荷を上げる。
過去データの中央値を超えた。
赤線は出ない。
「判定帯の上限です」
相馬が俺を見た。
「警告なし。この時点で不合格です」
「記録を固定してください」
俺は答えた。
ここで合否は決まった。
そのうえで、原因調査用の破壊試験手順に切り替え、防護区画内で重大変形までの挙動を記録する。
「追加負荷を開始します」
金属が軋む。
刀身が、わずかに曲がり始めた。
それでも赤線は出なかった。
やがて、バキン、と鈍い音が響く。
試験体は破片を飛ばさず、くの字にひしゃげた。
「停止」
装置の駆動音が消えた。
相馬が、記録画面を見つめる。
「重大変形まで、赤線判定なし」
純度は合格。
粒度も、含水率も、不純物も、現行の安定化指数も合格。
熱処理工程にも、記録上の逸脱はない。
それでも、現物は警告機能を果たさなかった。
最初の粉末精錬に成功したという歓声が、頭の中で遠くなっていく。
俺たちが合格させたのは、完成品ではない。
今まで知っていた検査項目だけだったのだ。
「なんでじゃ」
西原が、ひしゃげた試験体を睨んだ。
「同じ温度、同じ工程で打った。受入検査も通した。それで、なんで赤くならん」
「現時点では分かりません」
相馬は言い訳をしなかった。
「今の検査項目にない変数がある。それ以上は、まだ断定できません」
俺は作業台へ向かった。
「対象粉末、残原石、工程試料、試験体、納品候補品を、すべて別々に封印してください」
「廃棄しないんですか」
協会の装備担当者が確認した。
「原因を追うために保存します。市場には出しません」
相馬がロット番号を読み上げ、芽衣が隔離記録を作る。
俺は陽菜へ向き直った。
「次回の深層探索へ予定していた新規供給を停止します」
「この二本だけですか」
「同じ粉末を使った対象ロット全部です。さらに、原料の同等性を確認できない関連ロットは、確認が終わるまで新規出荷しません」
すでに利用中の検証済み旧ロットまで、不具合品と決めつけるわけではない。
対象を混同せず、止める範囲を記録で切り分ける。
「陽菜さん専用仕様で、検証済み旧ロットの予備が一本だけ残っています」
俺は続けた。
「ですが、通常の深層探索へ回せば、正式な救助要請へ備える予備がなくなります。次回の予定は変更してください」
陽菜は、封印された納品候補品を見た。
「分かりました。通常の探索予定は協会と調整します」
そして、俺へ視線を戻す。
「検証済みの予備については、契約の救助任務条項に従ってください。私の希望だけで使いません」
「そうします」
S級だから渡すのでもない。
批判を避けるために後回しにするのでもない。
同じ供給基準で判断する。
「九条さん」
陽菜が尋ねた。
「数字がすべて合っているなら、何を見落としたのですか」
「まだ分かりません」
俺は、ひしゃげた試験体と合格証明を見比べた。
「だから止めます。分からないまま渡さないための規格です」
現在ある数字は、すべて正しかった。
なら、間違っているのは数字そのものではない。
俺たちが、まだ数字にしていない何かだった。
納品停止の記録が確定した瞬間、九条補給店の供給表から、陽菜の次回予定分が消えた。
同時に、新しい原料で増産するはずだった計画も、すべて未定へ戻る。
精錬能力を手に入れれば供給を増やせる。
その読みは、最初の一歩で外れた。
俺たちは、原料の入口にある、さらに見えない壁を探し直さなければならなかった。




