第53話 最初の粉末、全項目合格
真壁精錬所の小型試験区画に、原石が搬入された。
問屋から仕入れた原石ロットには、仕入先の番号が付いている。
封印状態、重量、搬入時刻を記録し、試験用の番号を与える。
『MKB-T01』
現行の商流で遡れる範囲は、そこまでだった。
採掘地点や階層まで確認できる記録は付いていない。
だが、この時点の俺たちには、それがどれほど重要な空白か分かっていなかった。
今できるのは、受け取った原石と、これから生まれる粉末を混同させないことだけだ。
「始めるぞ」
真壁の合図で、粗砕機が動き出した。
相馬は計測器の前。
西原は、安全区画から工程を見ている。
芽衣は、作業記録と異常時の連絡画面を確認する。
俺は、材料番号、工程記録、検査試料の受け渡しを一つの表へつないだ。
原石が砕かれ、湿式処理を通り、粒度ごとに分けられる。
粉砕区画の濃度計が平常値を示していることを、真壁と相馬が別々に確認する。
処理槽から出た廃液はその場で流さず、番号を付けた専用タンクへ回した。
再稼働できたからといって、安全確認を一つでも省けば、昨日まで作った書類はただの紙になる。
真壁は機械任せにしなかった。
処理槽の付着、粉の流れ、乾燥後の固まり方を確かめ、条件を少しずつ調整する。
「温度を二度下げる。乾燥を急がせるな」
「設定値から外れます」
相馬が指摘した。
「設定値の許容範囲内じゃ。今の付着なら、上げたままの方が粒が固まる」
相馬は現物を確認し、変更理由を記録した。
「変更後の採取時刻も残します。最初の条件で処理した分とは、容器を分けてください」
「分かっとる。混ぜたら比較できんからな」
現場の勘を無条件で採用しない。
数値だけで、現場を押し切らない。
変更を記録し、結果で確かめる。
数時間後、黒い粉末が密閉容器へ収められた。
相馬が採取手順に従って試料を分ける。
真壁精錬所で行う簡易測定用。
外部分析機関へ送る照合用。
西原鋼業で合金化する評価用。
後から結果を再確認する保存用。
同じ試験ロットから四つに分け、封印番号を記録する。
純度。
粒度分布。
含水率。
残留不純物。
現行基準で定めた魔力安定化指数。
一項目ずつ、結果が画面へ表示された。
「純度、九十九・八パーセント」
相馬が読み上げる。
「粒度、含水率、残留不純物、安定化指数。すべて要求範囲内です」
誰もすぐには声を上げなかった。
真壁が、数値と粉末の両方を確認する。
「今測った項目では、合格じゃな」
あくまで、今ある項目では。
その言い方が、俺の耳に残った。
「外部分析の照合が終わるまで、合格確定にはしません」
相馬が画面へ『施設内暫定合格』と入力した。
「それでええ。最初の一回が綺麗だった時ほど、職人は調子に乗る」
真壁は笑わなかった。
翌日、外部分析機関から同じ項目の照合結果が届いた。
数値の差は許容範囲内。
第一号の試験粉末は、現行の要求項目をすべて満たした。
工場に小さなどよめきが起きた。
廃業を待っていた設備が、正規の確認を経て、もう一度合格品を生み出したのだ。
真壁は喜ぶ作業員へ「まだ粉ができただけじゃ」と釘を刺したが、その声には隠しきれない熱が戻っていた。
*
粉末は封印したまま、西原鋼業へ運ばれた。
受入時、封印番号と重量を照合する。
西原は試験用の配合表を開き、既存の適合ロットと同じ手順で合金化を進めた。
炉の温度、投入時刻、鍛造回数、熱処理条件。
職人が手を動かすたび、工程担当者が記録を残す。
そして、納品候補となる陽菜専用装備と、同じ粉末・同じ熱処理工程で評価用の随伴試験体を作った。
納品候補品は非破壊検査を行い、封印ケースへ収める。
随伴試験体は、翌日の破壊試験へ回す。
「この一本が規定どおり赤線を出し、ロット全体の記録が通って、初めて納品判断じゃ」
西原が言った。
「粉の証明書だけで剣を出したら、今まで作った規格が泣く」
翌日。
桐生陽菜が、協会の装備担当者とともに西原鋼業へ到着した。
作業台には、封印された納品候補品。
試験ブースには、同一ロットの随伴試験体。
現在確認できる数字は、すべて合格している。
残るのは、現物がどう応えるかだけだった。
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