第52話 星野環「近道は認めません」
経済産業省・新資源政策室。
室長補佐の星野環は、俺が持ち込んだ計画書を最後まで読んだ。
「先に申し上げます」
彼女は書類を閉じる。
「私の署名一つで、この試験を許可する制度はありません」
「承知しています」
「真壁精錬所が既存の許可を持っていても、設備の変更と、取り扱う原料・工程の範囲によっては届出や再確認が必要です」
星野は確認先を挙げた。
県の環境部門。
消防。
労働基準監督機関。
産業廃棄物の所管。
設備変更を伴う場合の安全審査。
「当室ができるのは、魔石資源政策上の照会を受け、関係機関との確認窓口を整理するところまでです」
「それで十分です」
俺は手帳へ書き込んだ。
「試験設備だからと、量産設備に必要な確認まで省けるとは考えないでください」
「試験量を限定し、販売は行いません。目的は工程条件の確立と、粉末の適合性確認です」
「成功後に、そのまま増産することも認められません」
「本稼働は別の事業計画と審査へ分けます」
星野は俺を見た。
「近道は認めません」
「近道ではなく、段階を分けます」
俺は答えた。
「今確認すべき試験と、量産時に確認すべき条件を混ぜないためです」
星野は、関係機関と公開制度を整理した一覧を渡した。
許可証ではない。
特別扱いでもない。
これから通るべき扉が、どこにあるかを示す地図だった。
「なお、試験設備が動かせることと、その粉末をKUJO-Gへ使えることは別です」
星野は最後に付け加えた。
「行政上の確認を終えても、規格への適合性は協会の条件と、あなた方自身が提出した試験手順で証明してください」
「もちろんです」
許可が品質を保証するわけではない。
その境界もまた、曖昧にしてはならなかった。
*
俺たちは、その地図を工程表へ変えた。
真壁精錬所を運転主体とし、既存許可の範囲を確認する。
試験量と試験区画を限定する。
設備保全会社の診断に従い、防爆集塵、廃液系統、警報器を更新する。
設備はリースと段階払いを組み合わせ、真壁精錬所の施設を共同試験への現物負担として契約へ明記した。
九条補給店は、試験材料、外部分析、記録管理の費用を段階ごとに支払う。
六工場の工賃や、既存契約の支払いへ手をつけないことも条件にした。
消防の確認。
排水の採取検査。
作業手順と保護具の確認。
緊急停止訓練。
一つ終えるごとに、不備が見つかった。
消防からは、粉砕区画と保管区画の防火扉を分けるよう求められた。
環境部門からは、試験後の洗浄水まで含めた排水量の再計算を指示された。
労働安全の確認では、魔力酔いの自覚症状が出る前に交代できるよう、作業時間と計測値の二重基準が必要だと指摘された。
書類を直せば、現場の配置も変わる。
設備を動かせば、見積もりも変わる。
「またやり直しか」
真壁が修正版の配置図を見て唸った。
「昔の許可のままなら、動かすだけなら動かせるぞ」
「今の計画で事故が起きた時、昔の許可証は守ってくれません」
俺は答えた。
「指摘された内容を、試験を止める理由ではなく、試験条件へ組み込みます」
相馬が緊急停止手順を改め、西原は粉末受入後に異常が出た場合の連絡系統を確認する。
芽衣は、各所から届く修正依頼と提出期限を一つの画面へまとめた。
書類仕事に見えても、書かれているのは設備と人間の動きだ。
誰が測り、誰が止め、どこへ連絡するか。
その一つでも空欄なら、異常時に判断が宙へ浮く。
四週間後。
最後の現地確認が終わった。
認められたのは、小型区画での限定的な試験精錬だけだ。
販売も、量産もできない。
異常が出れば、即時停止して報告する。
その条件を、真壁、相馬、俺がそれぞれ署名した。
「炉を動かせるな」
真壁が、確認書を見つめた。
「試験のためだけに、ここまで書類を作ったのは初めてじゃ」
「書類を通すことが目的ではありません」
俺は答えた。
「止めるべき時に、誰が止めるかを決めるためです」
試験開始日は、三日後。
十五億円の量産設備には、まだ一歩も近づいていない。
だが、最初の数キログラムを作る入口だけは、正規の手順で開いた。
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