第50話 精錬屋「純度だけ見る奴は信用しない」
「買いません」
俺は即答した。
真壁が眉を上げる。
「設備だけ買っても、俺たちには動かせません。欲しいのは建物や機械ではなく、真壁社長の技術です」
「口では何とでも言える」
「こっちへ来い」
真壁は、油と埃にまみれた事務室を出た。
俺たちは稼働を止めた粉砕機や反応槽の脇を抜け、工場の奥へ進む。
比較的整理された一角に、古い電子天秤、排気フードのついた実験台、小型の魔力励起器が置かれていた。
「相馬と言ったな。あんたが作った要求仕様書を見せろ」
相馬がクリアファイルから資料を取り出した。
「タングステンおよび希土類との合金化を前提とした、魔石粉末の要求仕様です」
純度、粒度分布、含水率、不純物の許容上限。
KUJO-Gで赤い警告線と破断時の粘りを再現するため、現在の知見から必要と判断した項目が数値で定義されている。
「この範囲を外れた粉末は、受け入れません」
相馬が説明すると、真壁は資料をしばらく無言で睨んだ。
「綺麗な数字じゃな」
真壁は鼻で笑い、二つの小瓶を作業台へ置いた。
どちらにも黒い魔石粉末が入っている。
「この二つを、持ってきた機械で測ってみろ」
相馬はポータブルの成分分析器を取り出し、それぞれの瓶から決められた量を採取した。
数分後、タブレットに結果が並ぶ。
「……両方とも要求範囲内です」
相馬が画面を拡大する。
「純度、粒度、含水率。不純物の主要項目も、測定誤差を考えればほぼ同じです。現在の受入検査なら、どちらも合格になります」
「これなら、同じ条件で鉄へ混ぜられるな」
「追加の受入確認は必要ですが、仕様上はそう判断します」
真壁は、それぞれを少量ずつ耐熱皿へ移した。
排気フードを動かし、簡易遮蔽板を立てる。
温度計と反応計を接続し、防護具と緊急停止装置を確認してから、一方の粉末へ一定の熱と微弱な魔力刺激を与えた。
粉末はチリチリと音を立てながら、全体が均一な赤銅色へ変わっていく。
「熱吸収、安定しています」
相馬が反応値を追う。
「魔力刺激に対する乱れも、ほとんどありません」
「次じゃ」
真壁は加熱器をずらし、同じ温度、同じ出力で、もう一方の皿を処理した。
直後。
バチッ、と乾いた音が鳴った。
粉末の一部だけが急速に黒ずみ、別の部分はくすんだ赤色のまま残る。
淡い光が不規則に明滅し、皿の端では粉が細かな塊になった。
排気フードに吸われながらも、焦げた鉄と湿った土を混ぜたような異臭が鼻を刺した。
真壁が加熱を止めた。
「反応が不均一です」
相馬がタブレットと耐熱皿を交互に見る。
「なぜだ。事前の測定値は同じだったはずなのに」
「同じ温度と配合で鉄に入れたら、どうなる」
真壁の視線が西原へ向いた。
西原は変色した粉末を睨み、低く答えた。
「刀身の中で、粘りと魔力の通り方にムラができる。負荷を受けた時、一番弱い場所から壊れるじゃろうな」
純度は同じだった。
粒の大きさも、主要な不純物の値も同じだった。
それでも、現物の反応はまるで違う。
「これが、魔石を扱う難しさじゃ」
真壁は二つの皿を指した。
「今の検査票に出とる数字が嘘だと言っとるんじゃない。数字に出ていない差まで、同じだと思い込むなと言っとる」
「原料の来歴か、処理条件か。それとも、まだ検査項目になっていない別の要因か」
相馬の声から、最初の自信が消えていた。
「この実演だけでは、原因までは断定できません」
「それでええ」
真壁は短く頷いた。
「分からんものを、もっともらしい言葉で埋める奴が一番危ない」
「じゃから、純度表だけ見る奴は信用せん」
真壁は俺へ視線を向けた。
「公認規格の名前で合格を急がせるなら、帰れ。失敗しても設備や職人へ責任を押しつけんと言うなら、話は聞く」
「失敗をなかったことにはしません」
俺は契約案の白紙を開いた。
「真壁精錬所は、施設の許認可を持つ運転主体として、工程と安全管理を担当する。相馬さんは試験設計と分析。西原鋼業は、粉末を受け入れた後の鋼材評価を行う」
そして、俺は続けた。
「九条補給店は、試験費、外部分析費、物流、記録管理を負担します。ただし、設備改修費は現地調査後に別途協議です。払えない金を、今払えるとは約束しません」
「結果の保証はせんぞ」
「求めません。契約するのは合格品ではなく、決めた手順で試験し、結果をすべて記録することです」
真壁は西原を見た。
「あんたの工場は、それでええのか」
「粉を作るのは、あんたの仕事じゃ」
西原が答えた。
「鉄にして使えるか決めるのは、わしらの仕事じゃ。前工程を無条件で信じんのが、KUJO-Gの決まりじゃからな」
相馬も、作業台に置いた要求仕様書を手元へ戻した。
「検査項目を捨てるつもりはありません。ただ、この差を見た以上、現行項目だけで十分だとも言いません。試験粉末、工程途中の試料、反応結果を全部残します」
「大企業の数字屋にしては、話が早い」
「元、です」
相馬が苦い顔で訂正すると、真壁は初めて小さく笑った。
真壁はしばらく黙っていた。
やがて、机の引き出しから分厚いバインダーを出す。
「なら、先にこれを読め」
表紙には『事故・異常・ヒヤリハット記録』と書かれていた。
「それを読んで、まだ動かしたいと思うなら、共同試験の条件を詰める」
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