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第49話 「廃業する精錬所を、買いませんか」

「五分だけ、話を聞いてください」


 俺が頼んでも、真壁は首を横に振った。


「九条補給店は知っとる。折れる前に赤くなる剣じゃろう」


 彼は建屋の奥へ戻りながら言った。


「今度は粉を自分で作る気か。公認規格を取った連中は、何でも自分でできると思い込むらしいな」


「俺たちに精錬技術がないから、ここへ来ました」


 真壁の足がわずかに止まった。


「設備を貸してほしい、という話だけではありません。試験条件を一緒に作っていただきたい」


「紙に書いた純度と粒の大きさを出せばええ、という話じゃろう」


「それだけで足りるかどうかも、俺には判断できません」


 俺は即答した。


「分からないから、現場を知る人へ聞いています」


 西原が一歩前へ出た。


「倉敷の西原鋼業じゃ。あんたの名前は、先代から聞いたことがある」


 真壁が振り返った。


「西原のところか」


「わしらが作った鉄に混ぜる粉じゃ。安いだけの粉はいらん。じゃが、何を見ればええのかは、わしにも分からん」


 職人同士の言葉が、閉じかけていた扉を少しだけ開いた。


 真壁は俺の名刺を受け取った。


「茶は出さんぞ」


 案内された事務所は、書類と交換部品の箱で埋まっていた。


 壁の工程表は一か月前の日付で止まり、出勤欄に残る名前も三人だけだった。


 机の隅には、設備解体業者の見積書と、取引先へ送る廃業通知の下書きが重ねられている。


 感傷で廃業を口にしているわけではない。


 真壁精錬所は、すでに閉鎖へ向けて現実的な手続きを進めていた。


 真壁精錬所は、大手の量産品と価格で競えず、主要顧客を失った。


 設備更新の借入も通らず、従業員はすでに退職や転職を進めている。


「古い湿式処理と小型分級機じゃ、大量生産には勝てん」


 真壁は淡々と説明した。


「来月には設備を止める。残っとる二人にも次の勤め先を探させとる。使える機械は、借金を返す足しに売る」


「設備の状態を見せていただけますか」


「見てどうする」


「量産能力ではなく、条件を細かく振れる試験設備として使えるかを確認します」


 真壁は露骨に顔をしかめた。


「止まりかけの零細工場を、都合のええ実験場にするつもりか」


「通常より高い試験単価を支払います。不合格でも、合意した作業分は全額支払う。失敗結果を隠さず共有することも契約へ入れます」


「金の話を先に出す奴は、まだ信用できる。夢だけ語って職人をただ働きさせる奴よりはな」


 褒められたわけではない。


 真壁は値踏みするように俺を見たまま、工場へ通じる扉を開けた。


 建屋の中には、年季の入った粉砕機、処理槽、乾燥炉が並んでいる。


 塗装は剥げ、配管の一部には交換日を記した札が下がっていた。古い。だが、床や機械の周囲は驚くほど清掃され、工具は決められた位置へ揃えられている。


 相馬が配管の表示と計器を追い、西原が機械の据え付けと補修跡を見る。


「新品の大量処理設備より、条件を細かく変えられる」


 相馬が小声で言った。


「ただし、安全設備は診断が必要です。止めていた期間の劣化もあります」


「再稼働できるとは、まだ言えんということじゃな」


 西原も軽々しく太鼓判を押さなかった。


「ええ。それでも、調べる価値はあります」


「俺たちが必要としているのは、大量生産ではありません」


 俺は試験計画の概要を置いた。


「少量を条件別に分け、工程記録を残し、完成した粉末を西原鋼業で実物評価する。失敗分も含めて、結果を次の条件へ戻します」


 真壁は資料を読んだ。


 やがて、要求項目の一つを指で叩く。


「純度。粒度。含水率。不純物。安定化指数」


 彼の声が低くなった。


「これを全部満たせば、同じ粉になると思っとるのか」


「現行の受入検査では、同じ等級として扱います」


 相馬が答えた。


「その答え方をする奴に、炉は貸せん」


 真壁は資料を閉じた。


「設備を置けば精錬できる。数値を合わせれば同じ物になる。そう思っとるなら、十五億でも二十億でも使って新品を建てればええ」


 話は終わりだ、と立ち上がる。


 だが、扉の前で真壁は振り返った。


「どうしても、この古い設備が欲しいなら」


 真壁は、皮肉とも本気ともつかない顔で言った。


「廃業する精錬所を、そっくり買いませんか」



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