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第47話 精錬所建設、見積もり十五億円

「十五億円……」


 西原が、見積書の合計欄を読み上げた。


 その後四日かけて、三社から概算を取った。


 もっとも安い案でも、結果は大きく変わらない。


 原石の粗砕機と微粉砕機。


 粒度を揃える分級設備。


 不要成分を除く処理槽。


 魔力反応を安定させる特殊炉。


 防爆集塵、廃液処理、分析室、安全区画。


 さらに、工業用地、受変電設備、設計費、試運転費、初期運転資金が加わる。


 建設期間の想定は、最短でも十八か月。


 その間にも、対魔鋼用粉末の手元在庫は減り続ける。


 十五億円を調達できたとしても、設備が完成する前に現在の供給が止まれば意味がない。


「これは月産量を確保する量産設備を、新品で一から建てた場合の概算です」


 俺は三人へ説明した。


「土地や設備の条件によって上下しますが、今の俺たちが正面から払える額ではありません」


「公認規格を持っとっても、十五億の現金が湧くわけじゃないからな」


 西原の言うとおりだった。


 確定売上はまだ少ない。


 工場への支払いを守るために借りた短期融資と、俺の個人保証も残っている。


 全国から届いたのは購入希望であって、自由に使える入金ではない。


 公認という評価を、現金と取り違えることはできなかった。


 契約のない期待を担保に借りれば、需要予測を外して資金ショートした時と同じ失敗を繰り返す。


「銀行へ持ち込んでも、今の実績では通りません」


 芽衣が不安そうに見た。


「じゃあ、やっぱり無理なの?」


「量産設備を、今すぐ所有するのは無理です」


 俺は見積書の項目を、設備ごとに分解した。


「ですが、最初から月産量を求める必要はありません」


 俺たちがまだ持っていないのは、量産能力だけではない。


 規定等級の粉末を安定して作るための工程条件そのものだ。


「相馬さん。現在使っている粉末について、商社から受け取っているのは完成時の検査証明だけですね」


「はい。製造設備の細かな設定は、供給元のノウハウです」


「つまり、同じ数字を出せと注文することはできても、どう作ればその数字になるか、俺たちは知らない」


 完成粉末を買っていた時には見えなかった工程が、上流へ入った途端に巨大な空白として現れた。


「立派な工場を先に建てても、条件が分からなければ不合格品を大量に作るだけです」


 相馬が頷いた。


「まず必要なのは試験精錬です。少量の原石を使って、粉砕、分級、安定化の条件を決める」


「なら、試験設備だけを借ります」


 俺は既存の精錬事業者一覧を開いた。


「すでに設備と技術者を持つ事業者へ、正規の試験費を払う。俺たちは条件と検査を持ち込み、相手には実際の精錬を担当してもらいます」


「一から建てるよりは、ずっと現実的じゃ」


 西原も同意した。


 十五億円の壁を、いきなり乗り越える必要はない。


 まずは、その壁を越える価値があると証明する。


 俺は試験目的、必要量、希望時期、秘密保持、失敗時の費用負担を整理し、依頼書を作った。


 無償協力は求めない。


 小ロットだからこそ、通常より高い試験単価を提示する。


 さらに、試験が不合格でも、合意した作業分は支払うと明記した。


 成功報酬だけを提示すれば、失敗結果を隠す動機を相手側へ作ってしまう。


 俺たちが買うのは「合格」という結論ではなく、再現できる工程記録でなければならない。


 最初の電話先は、国内でも大規模な精錬設備を持つ企業だった。


『条件指定の試験精錬ですか』


 担当者が確認する。


『申し訳ありません。新規の試験枠は、向こう半年まで埋まっています』


「試験単価は、御社の提示条件に従います」


『金額ではありません。炉を切り替える時間がないんです』


 通話は、三分で終わった。


 画面の一社目へ「不可」と入力する。


 まだ一社だ。


 そう思って、次へ電話をかけた。


 だが二社目も、三社目も、答えは同じだった。


 十五億円を回避するために考えた試験精錬。


 その小さな入口さえ、市場には残っていなかった。


 金さえ積めば、設備も時間も買える。


 三葉物産にいた頃なら、俺もそう考えていたかもしれない。


 だが、処理能力を超えた注文が集まった市場では、金額を上げても炉の一日は増えない。


 俺たちがぶつかったのは、価格ではなく、物理的な上限だった。



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