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第46話 S級への装備供給を、俺が止めた

「赤線が、出ません」


 相馬の声が、西原鋼業の試験ブースに響いた。


 防護ガラスの向こうでは、刀剣型の試験体が低い悲鳴を上げている。


 物理負荷と魔力負荷は、すでに警告判定の上限を超えていた。


 それでも、鈍色の刀身に赤い線は一本も現れない。


「重大変形が始まります」


 相馬が停止ボタンへ手を伸ばす。


 直後、バキン、と鈍い音がした。


 試験体は破片を飛散させることなく、くの字にひしゃげた。


 粘りは残っている。


 だが、KUJO-Gにとって最も重要な警告機能は、最後まで働かなかった。


「装置を止めてください」


 駆動音が消える。


 試験ブースの入口には、桐生陽菜が立っていた。


 次回の深層探索へ向け、同じ粉末・同じ熱処理ロットで作った専用装備を受け取るために来ていたのだ。


 今壊したのは、納品する剣そのものではない。


 同一ロットの品質を確認するために作った、破壊試験用の随伴試験体だ。


 この一本が不合格なら、封印ケースに収められた納品予定品も出せない。


 公認規格では、完成品の名前だけが認められるわけではない。


 粉末、配合、熱処理、加工、検査を同じロット記録でつなぎ、要求された試験を通った製品だけがKUJO-G適合品になる。


 たとえ同じ職人が、同じ図面で打った剣でも、原料ロットが違えば確認はやり直しだ。


 その面倒な条件を、俺たちは自分で協会へ提出した。


「九条さん」


 陽菜が、ひしゃげた試験体を見た。


「説明をお願いします」


「現在確認できている成分、粒度、工程記録は、すべて基準内です」


 俺は事実だけを答えた。


「ですが、現物は警告を出しませんでした」


 俺は相馬へ視線を向ける。


「この試験体、同一粉末ロット、同一熱処理ロットの納品予定品を、すべて隔離してください。現物も粉末も廃棄せず、原因調査用に封印します」


「分かりました」


 相馬が即座に記録を始めた。


 西原は歯を食いしばりながら、納品用ケースを作業台から下ろす。


 俺は陽菜へ向き直った。


「次回任務へ予定していた新規供給を止めます」


「数字は合格しているのに、ですか」


「数字より、壊した現物を優先します」


 折れる前に危険を知らせない装備は、KUJO-Gではない。


 協会公認という肩書があっても、その条件は変わらない。


「あなたへ、このロットは渡せません」


 俺自身の判断で、S級探索者への供給を止めた。



     *



 ――六週間前。


「精錬所を建てます」


 そう宣言した直後、西原鋼業の事務所には重い沈黙が落ちた。


 画面には、数か月先まで埋まった精錬設備の処理枠が並んでいる。


 原石はある。


 だが、KUJO-Gに使える規定等級の粉末へ加工できない。


 完成品の規格を作っても、その入口が詰まれば供給は止まる。


「決めただけで建つなら苦労はせん」


 西原が腕を組んだ。


「技術も、金も、場所もないんじゃぞ」


「精錬は粉砕機を置けば終わる仕事ではありません」


 相馬も続ける。


「分級、不要成分の除去、魔力安定化、品質分析。粉塵や廃液の処理も必要です。西原鋼業の設備と人員へ、そのまま追加できる工程ではありません」


「今の供給業務だって、もう限界だよ」


 芽衣が、購入希望の一覧を見た。


「精錬所まで九条さん一人で抱えたら、今度こそ倒れる」


「俺が精錬するつもりはありません」


 俺は新しい表計算シートを開いた。


「必要な技術を持つ人、設備、資金、許認可をつなぎます。まず調べるのは、俺たちに何が足りないかです」


 相馬には、必要設備と検査項目。


 西原には、受入側から見た原料条件と、電力・付帯設備の懸念。


 芽衣には、工業用地と関係する制度の公開情報。


 俺は、プラント会社、設備メーカー、工業用不動産会社へ概算照会を出した。


 ただし、今ある仕事を止めないよう、期限と担当を決める。


 公認後の検査、六工場への支払い、供給希望への対応を後回しにはしない。


 精錬所は、供給を守るために作る。


 そのために現在の供給を壊せば、本末転倒だ。


「新しい仕事を足すんじゃなく、今の供給表へ組み込みます」


 俺は工程を三段階に分けた。


 第一段階は、既存設備を使った少量の試験精錬。


 第二段階は、適合性を確認した粉末の限定供給。


 第三段階で初めて、量産設備と全国供給を検討する。


「最初から巨大な工場を建てる前提にはしません。途中で成立しないと分かれば、そこで止めます」


「止める条件も先に決めるんじゃな」


 西原が言った。


「ええ。金を使った後だから続ける、という判断をしないためです」


 相馬は必要な技術項目の横に、未確認と書き込んだ。


 芽衣は既存業務の締切を共有表へ移し、俺一人に通知が集まらないよう担当窓口を分けた。


 精錬所を建てるという宣言を、夢ではなく、撤退条件を持った計画へ変えていく。


 翌朝、一社目から概算回答が届いた。


 添付された見積書を開いた瞬間、俺の指が止まった。


 合計欄には、十桁の数字が並んでいた。



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