第44話 胴元という危うい椅子
翌朝、西原鋼業の事務所へ入ると、俺はすぐに調達照会を始めた。
以前に正当に名刺を交換した業界関係者と、公開されている商社、問屋、精錬事業者の窓口。
特定等級の精錬済み魔石粉末について、価格、在庫、納期を問い合わせていく。
回答が揃う前に、一台の公用車が工場の前へ停まった。
「お忙しいところ、失礼します」
訪れたのは、経済産業省・新資源政策室の星野環だった。
新しい規制を通告するためではない。
KUJO-G公認後の供給状況と、九条補給店が公開した優先供給基準について、政策上の事実を確認するための訪問だった。
「公認後、購入希望と利用希望が、現在の供給能力を大幅に上回っている。間違いありませんね」
「ええ。すべてには応えられません」
星野はタブレットへ記録した。
「そのため、救助任務、事故率、緊急度、地域配分などを使った優先基準を設けた。供給対象から外れた探索者から批判が出る一方、協会救助隊や地方支部は、あなた方の供給判断へ依存し始めています」
「俺は、六つの独立工場をつなぎ、供給希望を整理しているだけです。人の命を選ぶ権限などありません」
「所有形態や法的権限だけを見ているのではありません」
星野は、平坦な声で返した。
「誰へ先に供給するかを決めた時点で、あなたの判断は売上だけでなく、探索者の生還可能性へ影響しています」
公認規格へ適合する製品の供給入口が限られたまま、その事業が停止すればどうなるか。
装備不足による探索中止だけではない。救助隊や地方支部の活動にも影響が及ぶ。
「所有が民間かどうかと、果たしている機能が公共的かどうかは別です」
星野は続けた。
「九条補給店が明日なくなれば、別の店へ行けば済む。その状態なら、単なる民間商店です。ですが現在は、同じ公認条件で代替供給できる窓口がほとんどない」
それは、俺たちが優れているという称賛ではなかった。
代替手段がないこと自体を、政策上のリスクとして見ているのだ。
「生命インフラへ近づけば、継続性、公平性、説明責任を確認する社会の視線は強くなります。行政も例外ではありません」
接収や強制割当を告げられたわけではない。
だが、御堂の言葉が脳裏へ蘇った。
――勝ちすぎた者には、別種の力と責任が向けられる。
星野を見送ると、西原が重い息を吐いた。
「あの人の言うことも分かる」
彼は俺の顔を見た。
「最近のあんたは、誰を先に生かすか決める顔をしとる。最初にここへ来て、鉄を作る相談をしとった頃とは違う」
「俺は、供給を止めたくないだけです」
「分かっとる。じゃが、供給を守ろうとして、あんた自身まで道具になるな」
反論はできなかった。
俺が求めたのは、前線で魔物と戦う代わりに、補給側から探索者の帰還を支える仕組みだった。
だが、規格と供給の入口をつなげば、価格だけでなく供給順にも影響を持つ。
供給順を決めれば、民間の判断が人々の生還可能性へ関わる。
問題を解き続けた結果、俺はいつの間にか、その椅子へ座っていた。
胴元の椅子には、利益だけでなく、公共的な責任と監視まで付いていた。
*
昼過ぎ、朝から出していた調達照会の回答が揃い始めた。
公開市場統計、商社と問屋の回答、複数の精錬事業者が示した納期情報を突き合わせる。
未処理魔石の市場供給量は、今回の価格急騰を説明できるほど減っていない。
不足しているのは、対魔鋼へ指定している特定等級の精錬済み粉末だった。
未処理魔石は、そのまま鋼へ混ぜられない。
粉砕し、不要成分を除去し、粒度を揃え、魔力反応を安定させる。規定等級へ加工するために、専用の精錬工程が必要になる。
その工程を扱える既存設備の稼働枠が、数か月先までほぼ埋まっていた。
未処理魔石の在庫を持つ問屋でさえ、精錬後の納期は答えられない。原石が倉庫にあっても、規定の粉末に変えられなければ、対魔鋼にとっては存在しないのと同じだった。
電力、輸送、一般魔導具など、他用途からの依頼も増えている。複数の精錬事業者で、新規受注の納期は長期化し、回答自体を保留する先まで出ていた。
「現時点の資料では、特定業者による買い占めや、三葉の妨害を示す証拠はありません」
俺は西原、相馬、芽衣へ説明した。
「業界全体の処理能力不足が、価格と納期へ出ています」
「別の等級で代用できないんですか」
芽衣の問いに、相馬が首を振った。
「再検証なしには使えません。粒度や純度が変われば、赤線の発生条件、鋼の粘り、魔力負荷への反応も変わります」
「原料が規定どおりに入らんもんを、炉と職人の腕だけで埋めることはできん」
西原も厳しい顔で言った。
完成品の規格を作り、加工工程をつないでも、上流の精錬済み原料が入らなければ供給は増やせない。
現時点で最大のボトルネックは、魔石の採掘量ではなかった。
対魔鋼用の等級へ加工する、精錬能力そのものだ。
別等級で規格を作り直す道はある。だが、その場合は配合、熱処理、赤線判定を最初から検証し直さなければならず、目の前の供給不足を埋める近道にはならない。
俺は画面を二つ並べた。
左には、現有能力を何倍も超える供給希望。
右には、数か月先まで埋まった精錬設備の処理枠。
公認規格を得ても、原料を規定等級へ処理する入口が詰まれば、一振りも増やせない。
「……次に解くべき問題は、ここだ」
俺の視線は、加工工場よりさらに上流にある、魔石精錬の工程へ向いていた。




