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第43話 戦うのは、あなた方の仕事です

夜の西原鋼業は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。


 停止した旋盤の間に、洗浄油と焼けた鉄の匂いだけが残っている。炉の赤みも消えかけ、昼間は聞こえない壁時計の音が、やけに大きく響いていた。


 仮設の事務スペースで、俺は公認後の品質要項と供給希望の一覧を見比べていた。


 机には、冷めたコーヒーのカップがいくつも並んでいる。


 同じ資料の同じ行を、二度読んでいた。


 眉間を揉んだ時、扉を叩く音がした。


「夜分に失礼します」


 入ってきたのは桐生陽菜と、ダンジョン協会の装備担当者だった。


 陽菜は大型のケースを作業台へ置いた。


 中には、直近の深層探索で使用したKUJO-G適合の試験装備が収められている。


「赤線を確認した時点で戦闘を離脱し、その後は使用していません」


 陽菜が報告した。


 刀身には、警告の痕跡が細く残っている。


 担当者が使用階層、戦闘時間、負荷の概要を読み上げ、相馬が記録する。西原は微細な変形を確認し、次回試験体の熱処理について相馬と意見を交わした。


 必要な書類を渡し終えた担当者が、少し離れた机で搬出準備を始める。


「公認、おめでとうございます」


 陽菜が俺へ頭を下げた。


「これで、使用後の装備を返し、記録を残す意味が公に認められましたね」


「ありがとうございます。ただ、公認で作れる数が増えたわけではありません」


「分かっています」


 生放送以降、供給希望は現有能力を何倍も超えた。


 陽菜の発言が、その流れを生んだことも事実だ。だが彼女は、自分の名前で特別な割り込みを求めることも、公認を安全保証として扱うこともなかった。


 陽菜は、回収された剣を見た。


「だから、結果を返し続けます」


 既存装備では、彼女の出力に耐えられないことがある。


 だが、単に頑丈だからKUJO-Gを使うわけではないという。


「限界の兆候が見えるから、どこで退くべきか判断できます。使用後の状態を説明してもらえるから、次の探索計画も立てられる」


 陽菜は静かに続けた。


「九条さんたちの供給と検証があれば、必要な場面で自分の力を使えます」


 俺には、魔物と戦う力はない。


 現場で武器を振るい、仲間を守るのは探索者だ。


 俺にできるのは、装備を規格化し、記録し、交換し、必要な場所へ届ける道を作ることだった。


 探索者の代わりに戦うことはできない。


 逆に、探索者へ調達や検査の不足を背負わせるべきでもない。


「戦うのは、あなた方の仕事です」


 俺は言った。


「俺たちは、必要な装備を届け、帰還に必要な状態を切らさない仕組みを作ります」


 今の供給能力で、絶対に切らさないとは約束できない。


 だからこそ、続けた。


「供給が間に合わない時は、事前にそう伝えます。その不足を、根性や使命感、危険な代用品で埋めず、探索予定を変更してください」


 陽菜は深く頷いた。


「分かりました。私は戦闘中の判断と、使用後の報告を担当します」


 その視線が、相馬たちの手元へ向く。


「装備の評価と供給条件は、作る側の記録に基づいて判断してください。私も、その結果を探索計画へ反映します」


 互いの役割を確認する言葉だった。



     *



 確認を終え、次回ロットの予定表へ数値を入力した時だった。


「九条さん。その計算、違いませんか」


 陽菜に指摘され、画面を見直す。


 材料単価を一桁間違えていた。


「……失礼しました。少し画面を見すぎたようです」


「目の下に隈があります。同じ資料も何度か読み返していました」


「まだ納期調整が残っています」


「限界を超える前に、休んでください」


 陽菜の声は静かだが、強かった。


「装備だけを安全にしても、供給する人が倒れたら意味がありません。九条さん自身も、点検対象に入れてください」


「嬢ちゃんの言う通りじゃ」


 西原が口を挟んだ。


「最近のあんたは、休むことまで誰かに指示されんとできんのか」


 相馬も無言で頷いている。


 疲労を否定して供給が増えるわけではない。


 机の端には、夕食代わりに買ったまま封も切っていないパンが置かれていた。最後にまともな食事を取った時刻を思い出そうとして、すぐには答えが出なかった。


「……この発注確認を終えたら、今日は上がります」


 陽菜はそれ以上踏み込まず、装備担当者とともに工場を出ていった。



     *



 これを最後にパソコンを閉じるつもりで、材料の公開価格表を開いた。


 タングステン、希土類、魔石粉末。


 次回試験ロットに必要な数量と納期を確認していく。


 そこで、俺の指が止まった。


「……なんだ、これは」


 対魔鋼へ使用している、特定等級の精錬済み魔石粉末。


 その価格だけが、前週から不自然な角度で跳ね上がっていた。


 一社だけではない。


 複数の商社と問屋が、ほぼ同時に提示価格を引き上げている。いくつかの納期回答も、具体的な日付から「要相談」へ変わっていた。


 画面を切り替え、前月と前々月の価格表も開く。


 これまで緩やかだった線が、直近の数日だけで折れ曲がっている。取引量の少ない一社が値を動かした形ではなかった。


 すべての魔石が値上がりしているわけではない。


 対魔鋼へ指定した精錬済み粉末だけが、突出している。


 単独業者の値付けでは説明できない異常だった。


 俺は休むことも忘れ、急角度で上昇する価格線を見つめた。

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