第41話 対魔鋼、唯一の公認規格へ
ダンジョン協会本部の審査会議室には、張り詰めた空気が満ちていた。
正面には規格審査責任者、安全管理担当、試験技術者、探索者代表。
俺の隣には西原、相馬、芽衣が座り、後方では保険会社の担当者がオブザーバーとして資料を開いている。
「最初に確認します」
審査責任者が言った。
「KUJO-Gは、絶対に破断しない装備を保証する規格ですか」
「違います」
俺は即答した。
「重大な異常の前に使用中止を促し、製造から回収までを追跡するための基準です。公認されても、絶対安全を意味しません」
追加審査までの間、相馬は条件を揃えた試験体と画像記録を積み上げていた。
照明、撮影距離、角度を固定し、赤線の色差を数値化する。同じ条件で判定すれば、複数の試験体でも一定の範囲に収まることは確認できた。
だが、長期実戦データは足りない。
「警告線が、毎回同じ負荷で出る保証はありません」
相馬は隠さず答えた。
「使用者、形状、負荷の方向で幅が出ます。だから許容範囲を定め、範囲を外れたロットは出荷しない。今後の回収データで、判定条件を見直し続けます」
「参加工場が増えれば、品質差が広がるのでは」
西原が腕を組んだ。
「職人の腕が同じになることはない。じゃから、前工程の品を無条件で信じず、各工程で受入検査をする。熱処理も完成品も、基準を外れたら次へ回さん」
探索者代表からは、警告後の運用を問われた。
「赤線を見落とした場合は?」
「直ちに使用中止、返却です」
芽衣が答える。
「赤線が出るまで安全とは案内しません。出発前点検と期限点検も必要です。利用者が迷わない表示と返却手順を用意します」
さらに、厳しい質問が続いた。
「一企業の規格を採用すれば、九条補給店の独占になりませんか」
「KUJO-Gの名称を使えるのは、工程記録、検査、ロット追跡、回収条件を満たした製品だけです」
俺は答えた。
「他社や新しい工場も、同じ条件を満たせば参加や適合申請ができます。現時点で唯一条件を満たしていることと、永続的な独占権は別です」
個々の製品とロットには、別途適合確認が必要になる。
重大な問題が出れば、対象ロットを止め、規格自体も改訂または停止する。
「供給能力が足りない規格を、公認する意味はありますか」
最も痛い質問だった。
「供給不足は解決していません」
俺は認めた。
「それでも、何を満たせば安全装備として扱えるかを先に定めなければ、数を増やすほど事故原因を追えなくなります。公認を理由に、検査を省いて増産することもしません」
回答が終わると、俺たちは一度、会議室の外へ出された。
待ち時間は、実際よりも長く感じられた。
やがて扉が開き、再び席へ呼び戻される。
審査責任者が、決定書を読み上げた。
「ダンジョン協会はKUJO-Gを、赤色警告による使用中止機能と、製造・検査・回収の追跡体制を備えた魔力耐性装備について、現時点で唯一の協会公認安全規格として採用します」
一瞬、言葉の意味が頭へ入ってこなかった。
製造ロットごとの適合検査。工程と材料の追跡。赤線判定記録。警告発生品と異常品の回収。定期的なデータ提出と見直し。重大事故時の対象ロット停止。誇大表示の禁止。
いくつもの条件を伴う公認だった。
それでも、間違いなく公認だった。
「……わしらの鉄が、認められたんじゃな」
西原が、震える声で呟いた。
芽衣は目元を押さえ、相馬は何度も決定書を読み返している。
失職し、倉庫で段ボールを運びながら事故情報を集めた日々。貯金も借金も試作へ投じ、油まみれの工場で何度も失敗した。
その積み重ねが、ようやく一つの公式な物差しになった。
俺も、この瞬間だけは素直に喜びたかった。
「もう一点」
保険会社の担当者が口を開いた。
「KUJO-Gの適合証明と点検記録は、装備状態を追跡する客観資料になり得ます。将来のリスク評価へ使えるか、社内検討を進めます」
保険商品や料率が決まったわけではない。
それでも、装備を売って終わらない仕組みが、別の市場へつながり始めていた。
*
公認決定が発表されると、ニュースと掲示板は一気に沸騰した。
《Cross》
装備厨の帰還民 @gear_return
町工場発のKUJO-Gが、ついに協会公認! 大手より先に業界標準を取ったぞ!
装備初心者 @gear_beginner
公認なら絶対に折れないってこと?
検査屋の端くれ @test_side
違う。公認されたのは警告、検査、追跡、回収の基準だ。無敵保証じゃない。
中層の盾役 @shield_mid
基準は認められた。でも供給列の後ろにいる俺たちは、いつ買えるんだ?
規格協議へ参加する五工場からも、喜びの連絡が届いた。
だが、六社は今も独立した工場であり、炉も検査設備も急には増えない。
購入希望と利用希望は、さらに積み上がっていく。
その最中、経済ニュースの速報が画面に流れた。
M-GUARDの審査保留と販売計画の不透明感。さらにKUJO-Gが唯一の協会公認規格となり、三葉物産が安全装備市場の主導権を失ったとの見方から、同社株が大きく値を下げているという。
新規事業部の責任を問う声も出始め、臨時役員会が開かれるとの報道まで続いた。
俺はそれを見ても、勝ち誇る気にはなれなかった。
市場の標準を取った。
だが、画面には公認条件と、供給を待つ人々の列が並んでいる。
全国へ届けられなければ、これは紙の上の勝利でしかない。




