第40話 供給希望は、命の列だった
サイトが落ちた直後、芽衣は外部の運用事業者へ連絡を取った。
「一時的なアクセス制限をかける。まず注意事項だけのページを戻すね」
画面には、三つの文言が大きく表示された。
KUJO-Gは協会公認ではない。
赤線が出るまで安全という保証ではない。
供給数と納期は未定であり、申込は確定注文ではない。
入力済みのデータを保全し、機械的な大量送信と重複を除外する。
数時間をかけて段階的に受付を戻し、翌朝になって、ようやく集まった需要の輪郭が見えた。
「……多すぎる」
芽衣が呟いた。
冷やかしや重複を除いても、正当な購入希望と利用希望は、一か月に検査し供給できる量を何倍も上回っている。
「需要を理由に、検証条件は緩められません」
相馬が険しい顔で言った。
「浅層向け、中堅向け、高負荷向けでは試験条件が違う。同じ赤線が出るからといって、一つの基準で出せば事故になります」
「結局、誰の分を先に作るか決めるんじゃな」
西原が、重い声で言った。
リストに並んでいるのは、同じ剣を欲しがる客ではない。
亀裂の入った装備で次の探索を待つ中堅。初探索を控えた新人。遭難者を助ける協会救助隊。装備流通が遅れ、事故率の高い地方支部。既存装備が出力に耐えない高負荷探索者。
必要な形状も、検査負担も、切迫度も違っていた。
「先着順にはしません」
俺はホワイトボードの前に立った。
サイトが一度落ちた以上、受付時刻は通信環境に左右される。
金額順なら、安全装備は資金のある者だけのものになる。知名度や声の大きさで決めても、全体の生還率は上がらない。
「全員へ供給できない以上、限られた本数で救命効果を高めるための、暫定基準を作ります」
現在の装備状態と、破損の切迫度。
次回探索や救助任務までの日数。活動階層と地域の装備事故率。一人への供給が複数人の救命へ影響する任務かどうか。
既存契約上の義務。使用後の返却、点検、状況報告への同意。都市部へ偏らせない地域配分。そして、検証済みの形状と使用範囲に収まること。
年齢、知名度、フォロワー数、単純な支払額は判断材料にしない。
「完全に公平な基準ではないよね」
芽衣が言った。
「ええ。唯一の正解でもありません」
公平な列ではない。
現時点の供給能力で、生還可能性を高めるための暫定的な並べ方にすぎない。
俺たちは個別の事情や医療情報を伏せ、基準の項目と考え方だけを公開した。
*
反応は、真っ二つに割れた。
《Cross》
中層の盾役 @shield_mid
俺も来週潜るのに、救助隊やS級より後なのは納得できない。
冷静な魔法使い @cool_mage
先着順や金額順より合理的だろ。救助隊への一本で何人も助かるかもしれない。
新人探索者の母 @beginner_mom
事故率や緊急度を誰が判定するんですか。民間の店が命の順番を決めていいんでしょうか。
地方支部職員 @local_branch
地域枠があるのは助かる。地方は大手の流通でも後回しにされてきた。
陽炎観測員 @kagerou_watch
陽炎が名前を出した直後に既存契約と救助任務を優先。S級枠を守るために見える。
批判には、正当な疑問が含まれている。
どんな基準を作っても、列の後ろへ回された者の危険が消えるわけではない。
その時、陽菜から非公開の連絡が入った。
『私への次回供給分を、他の探索者へ回すべきではありませんか』
注目を集めた自分が、新人や切迫した探索者の枠を奪っているのではないか。
一人の職業人としての迷いだった。
「あなた個人を無条件で優先しません。ですが、批判を避けるために無条件で後回しにすることもしません」
俺は答えた。
「個人予定の探索なら、他の希望者と同じ基準です。協会から正式に要請された救助任務なら、あなたへの一本が複数人の救命につながる。その任務の効果を評価します」
『既存の約束があるから、ではなく?』
「契約上の義務は無視できません。ただ、それだけで常に最優先にはしない。譲れば公平になり、受け取れば身内びいきになるという話でもありません」
短い沈黙の後、陽菜が答えた。
『分かりました。私も、同じ基準で判断してください』
通話は切れた。
それでも、ネット上の議論は収まらない。
供給対象になった救助隊や地方支部から感謝が届く一方で、「九条補給店が命を選別している」という批判も広がり続けた。
俺は画面に並ぶ供給希望を見つめた。
これは、ただの商品申込ではない。
誰を列の前へ置くかという判断が、探索者の生還可能性へ影響する。
市場の胴元になるとは、その責任まで引き受けることだった。
注文は、命の列だった。
*
夜、ダンジョン協会本部から連絡が入った。
『M-GUARDの事故、輸入品の審査保留、全国的な需要逼迫を受け、KUJO-G規格案の審査を次の段階へ進めます』
「次の段階、ですか」
『協会が扱う安全装備の基準として採用可能か、正式な審査会で最終検討を行います』
公認が決まったわけではない。
だが、町工場で作った規格案が、協会の安全基準になり得るかを判断されるところまで来た。
俺は端末を握ったまま、静かに息を吐いた。




