第4話 普通の剣は三日で死ぬ
ダンジョン内での武器の不可解な劣化速度。
画面に表示されたその急速な右肩下がりの曲線は、商社時代に担当していた南米鉱山のデータと、奇妙なほどに似ていた。
環境も用途もまるで違う二つの事象が、なぜここまで似通った軌跡を描くのか。
俺は当時の記憶を頼りに、一般公開されている重機メーカーのカタログスペックや、現場で共有されていた摩耗の基礎データを思い出し、手元の表計算ソフトに打ち込んでいった。
南米の過酷な環境で岩盤を削り続けていた巨大な掘削機のドリル部品と、日本のダンジョンで魔物を切り裂く鋼の剣。
二つのグラフを重ね合わせると、それらは不気味なほどの符合を見せた。
探索者の死亡事故の少なくない事例が、交戦中の武器の突然の破断によって起きている。
俺は掲示板にアップロードされたジャンク品の画像や、不鮮明な事故動画のコマ送りを何度も見返した。
もちろん、低画質の画像データをいくら拡大したところで、金属の内部組織まで見えるわけではない。
だが、破損に至るまでの異常な時間の短さ、使用者たちの切実な証言、そしてこの奇妙な劣化曲線を考え合わせると、一つの仮説が浮かび上がってくる。
これは、単なる物理的な衝撃や摩擦による劣化ではない。
もし純粋な物理的摩耗であれば、刃こぼれや表面の削れなど、もっと段階的なサインが現れるはずだ。
しかし彼らの武器は、見かけ上は綺麗な刃の形を保ちながら、ある限界点を超えた瞬間に唐突に砕け散っている。
ダンジョンという特殊な環境下で、探索者たちは無意識のうちに魔力を帯びているという。
人間から流れ込む魔力という異質なエネルギーが、鋼という金属に対して、想定外の負荷をかけているのではないか。
目に見えない微細な亀裂が、魔力を通すたびに金属の内部に少しずつ蓄積していく。
そして、その亀裂が臨界点に達したとき、最も負荷のかかる致命的な瞬間に一気に破断へと至る。
そう考えれば、この不自然な壊れ方にも説明がつく。
俺はこの未検証の現象を、ひとまず『魔力疲労』と呼ぶことにした。
魔力による疲労の蓄積が破断の要因だとするならば、対策の方向性は明確になる。
ただ硬いだけの金属を探すのは間違っている。
本当に必要なのは、突然破断せず、限界を事前に察知できる壊れ方をする装備だ。
では、その壊れ方を、素材の側で設計できないだろうか。
俺は商社時代に扱ってきた様々な資源のリストを脳内で展開した。
硬度を保ちながら熱に耐えるタングステン。
金属に特殊な性質を付与するために使われる希土類。
そして、ダンジョンから産出される未知の資源である魔石の粉末。
これらを素材の候補として組み合わせれば、魔力による負荷を分散し、あるいは受け流す合金を作れる可能性がある。
少なくとも、検証してみる価値は十分にあるはずだ。
表計算ソフトに、素材の候補と、市場が要求する「安全な壊れ方」の条件を書き出していく。
だが、俺の手はそこで止まった。
俺は金属の専門家でも、冶金学の天才でもない。
異なる業界のデータを結びつけ、市場が求める機能を定義し、調達経験から素材の候補をリストアップすることはできる。
しかし、それを実際の金属としてどう配合し、どう焼き入れ、どうやって形にするのか。
その具体的な答えは、俺の頭の中のどこを探しても出てこない。
俺が作れるのは、あくまで職人に相談するための比較表と、要求条件のリスト、そして荒い仮説までだ。
これを本物の合金として成立させるには、実際に鉄に触れ、金属と対話できる専門の技術者の力が不可欠だった。
どこに頼むべきか。
三葉物産のような大企業や、大手メーカーの研究所に持ち込むか。
いや、それは悪手だ。
彼らは実績のない個人の仮説など、まともに取り合わないだろう。
仮に検討のテーブルに乗ったとしても、稟議、法務チェック、リスク評価と、大企業特有の重い手続きに膨大な時間を取られる。試作に至るまでに年単位の時間がかかることは目に見えている。
必要なのは、もっと小回りが利き、未知の設計条件に対してもフットワーク軽くリスクを取れる場所。
大企業の歯車としてではなく、自らの腕一つで鉄と向き合っている町工場だ。
過去の記憶をさらに深く探る。
商社時代、新規プロジェクトの調達先として全国の工場をリストアップしたことがあった。
最終的には規模やコストの問題で大手の下請けに流れてしまったが、技術力だけなら群を抜いていると評価した企業がいくつかあった。
その中の一つ。
岡山県倉敷市にある、西原鋼業。
昔ながらの職人気質を残し、下請けの構造に苦しみながらも、特殊鋼の加工において確かな腕を持っていた小さな町工場。
あそこの職人なら、俺の持ち込んだ荒唐無稽な要求条件を、金属の側からどうアプローチするか、一緒に考えてくれるかもしれない。
ブラウザを立ち上げ、記憶に残っていた社名を検索する。
簡素なホームページには、工場の外観と、無骨な設備の一部が映し出されていた。
行くしかない。
頭の中でどれだけ完璧な仮説を組み立てても、それを形にしてくれる人間がいなければ、ただの机上の空論だ。
とはいえ、今の俺には三葉物産という巨大な看板はない。
あるのは、失職者という肩書と、わずかな貯金の残りだけだ。
資金力も信用もない男が、いきなり仮説だけを持って押しかけたところで、門前払いされる可能性の方が圧倒的に高い。
相手にとっては何のメリットもない話だ。怪しい詐欺師だと思われても文句は言えない。
不安が胸の奥で渦を巻く。
だが、その不安を塗りつぶすように、俺の中の商社マンとしての思考が静かに熱を帯びていた。
市場の巨大な穴を見つけた。
その穴を埋めるための仮説も立った。
あとは、それを実行に移すだけだ。
失うものなど、今の俺には何もないのだから。
窓の外が、白々と明るくなり始めていた。
夜明けの冷たい空気が、換気扇の隙間から部屋に流れ込んでくる。
俺はパソコンを閉じ、岡山へ向かうための荷造りを始めた。




