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第37話 品質か、価格か

三葉物産の『M-GUARD』が実戦中に破断し、前衛の探索者が負傷した。


 事故品がKUJO-Gではないことは、製品番号、購入記録、ロット表示から確認できている。


 だが、破損原因はまだ分からない。


 その間にも、「赤線装備が折れた」という短い言葉だけが広がり、九条補給店には説明を求める連絡と、KUJO-G0の利用希望を取り下げるメールが届き続けていた。



     *



「九条さん。このままじゃ、製品を出す前に工場が持たんぞ」


 西原鋼業の会議室で、精密加工を担当する工場の社長が言った。


 集まったのは、西原鋼業と、規格協議に参加する五つの独立工場の代表者たちだ。


「三葉は安い。そこへ事故の風評まで重なって、問い合わせは減る一方じゃ。一時的に利益を削ってでも、価格を近づけるべきじゃないか」


「検査や記録を少し簡略化できんのか。理屈は分かるが、売れなければ職人の賃金も電気代も払えん」


 彼らは品質を軽視しているわけではない。


 従業員と家族の生活を守る経営者として、当然の不安を口にしているだけだ。


「……九条さん」


 西原も厳しい目で俺を見た。


「理想だけでは、炉も職人も維持できん。現場へ耐えろと言うだけなら、わしも賛成はできんぞ」


 俺は全員の顔を見回した。


「まず、皆さんの工場は九条補給店の子会社ではありません。新規製造枠を縮小することも、条件を再協議することも、参加を離れることも、各社の権利です」


 既存契約の支払いは守る。


 赤字操業や、無償の協力を強要するつもりもない。


 それを伝えたうえで、俺は続けた。


「ですが、三葉の価格に合わせることはできません」


 今の俺たちに、差額を広告費として負担し続けるだけの資本はない。


 価格を合わせるには、工場に赤字を飲ませるか、工賃、検査、ロット追跡、回収対応のどれかを削るしかない。


「どちらを選んでも、この枠組みは長く持ちません。安全性を掲げる根拠まで失えば、KUJO-Gは三葉製品より高いだけの無名品になります」


「なら、どうやって戦う」


 別の社長が問うた。


「品質を、第三者が確認できる形にします」


 俺は資料をテーブルへ置いた。


 KUJO-G試験体の製造ロットと各工程の記録。公開比較試験で得られた負荷数値。赤い警告線が現れた条件と、その後に限界へ至るまでの計測値。回収、点検、交換を前提とした追跡設計。


 そして、相馬が提案した、照明、撮影距離、角度を揃え、色差を数値化する暫定試験手順案。


「待ってください」


 相馬が口を挟んだ。


「その手順は、まだ試験計画の段階です。現時点のデータだけで、KUJO-Gの絶対的な安全を証明することもできません」


「分かっています」


 俺は頷いた。


「確認できた事実と、未確認の範囲を分けます。絶対に壊れないとも、必ず助かるとも言わない。その線引き自体を、品質証明にするんです」


 M-GUARD事故品の識別記録は、KUJO-Gの性能資料とは混ぜない。


 事故調査の参考資料として別に整理し、破損原因は未確定と明記する。


「安くするために安全工程を削るくらいなら、売らない方がいい」


 俺は言った。


「俺たちは、価格ではなく品質で戦います」


 会議室は静かなままだった。


 誰も拍手などしない。方針が正しくても、工場の資金繰りが改善するわけではないからだ。


 それでも、検証資料をまとめる期間と、各社が割ける設備や人員を改めて協議することだけは決まった。


 会議後、芽衣は協会と所有者から承認された範囲で、短い告知を出した。


 事故映像に映っていた製品は、KUJO-Gに基づくものではない。


 ただし、事故原因は調査中であり、他社製品の安全性について九条補給店から断定はしない。


 それだけの文章だった。


 誤認は多少減ったが、疑念は消えなかった。


 同じ赤色表示を持つ装備そのものが危険なのではないか。そんな問い合わせは残り、利用希望の数字も戻らない。



     *



 夕刻、俺のスマートフォンが鳴った。


 表示された名前は、経済産業省・新資源政策室の星野環だった。


『九条さん。市場に流通している輸入装備について、行政として確認すべき事項が生じました』


 電話越しの声は、相変わらず平坦だった。


『検査証明、事故報告、ロット管理、安全表示の根拠。市場の噂ではなく、確認できる記録を提出してください』


「KUJO-Gの資料も、ですか」


『当然です』


 星野は即答した。


『あなたの規格案も例外ではありません。同じ項目、同じ手続きで確認します。行政は、どちらかの企業の味方をする場所ではありません』


 通関を止めるとも、販売を制限するとも言わなかった。


 ただ、事故によって問題が企業同士の価格競争だけでは済まなくなり、行政による事実確認の対象になったことだけは分かった。


「提出できる記録はあります。未確定の部分は、未確定と明記します」


『それで結構です。行政には、行政として確認できる項目と手続きがあります』


 通話が切れた。


 俺は机の上に積まれた資料を見た。


 これまで、事故が起きた時に原因と責任を追えるよう、面倒な記録を残し続けてきた。


 その積み重ねが、ようやく市場の外にある物差しへ届こうとしている。


 勝利ではない。


 星野が何を確認し、どんな結論を出すのかも分からない。


 俺は相馬と芽衣へ連絡し、提出資料の整理を始めた。

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