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第36話 粗悪な輸入品が市場を焼く

三葉物産の『M-GUARD』が発売されてから、九条補給店への問い合わせは目に見えて減った。


 三葉が公開した資料には、限定条件下での初期試験、輸入ロットの確認、抜き取り負荷試験、保証と回収窓口が記載されている。


 少なくとも、何の検証もなく市場へ流された製品ではない。


 一方で、長期間の反復使用や、不規則な実戦負荷、複数ロット間の差をどこまで確認したのかは、公開資料だけでは分からなかった。


 それでも、価格は俺たちの試験販売品を大幅に下回る。


 資金に余裕のない探索者にとって、三葉物産の名前で売られる安価な装備は、現実的な選択肢だった。


「他の工場からも連絡が来とる」


 西原鋼業の事務所で、西原が言った。


「このまま注文が減ったら、規格の話どころか、割り当てた設備と人員を維持できんとな」


 彼らは、従業員と家族の生活を背負っている。


 品質を守りたいという理想だけで、毎月の賃金や電気代が払えるわけではない。


「値下げはしません」


 俺は答えた。


「ですが、今のまま耐えてくれとも言えません。価格以外で違いを証明する方法を、早急に作る必要があります」


 そう口にしても、具体的な答えはまだなかった。


 消費者金融の残債と、短期融資の個人保証。その重みを抱えたまま、俺は市場の動きを見続けるしかなかった。


 事故が起きたのは、M-GUARDの発売から数日後だった。



     *



「九条さん、これを見て!」


 芽衣が見せてきたのは、《Cross》で急速に拡散している一本の動画だった。


 中堅探索者のヘルメットカメラ映像。


 薄暗いダンジョン内で、前衛の男がゴブリンの変異種と打ち合っている。


 少なくとも映像で確認できる範囲では、異常な魔力の流し込みや、明白な無茶は見当たらない。


 魔物の棍棒を剣で受け流し、男が踏み込んだ、その瞬間だった。


 刀身の根元に赤い光が走る。


 だが、警告を認識して退く時間はなかった。


 次の一撃とほぼ同時に、剣が甲高い音を立てて折れた。


「ぐあっ!」


 体勢を崩した男の腕を、魔物の爪が切り裂く。


 映像が激しく揺れ、仲間の援護魔法が視界を白く染めた。負傷した男を引きずりながら、パーティーが通路の奥へ撤退していくところで動画は終わっていた。


 死亡者はいない。


 だが、警告が退避のために機能しなかったように見える映像は、それだけで十分な衝撃を持っていた。


 問題は、映像の解像度では刀身の刻印も製品名も読めないことだった。



《Cross》


 中層の盾役 @shield_mid · 5分

 赤い警告が出る剣、普通に折れてるじゃねえか!


 装備厨の帰還民 @gear_return · 4分

 九条補給店の装備か?

 公開試験では折れる前に分かるって話だっただろ。


 冷静な魔法使い @cool_mage · 2分

 映像だけじゃメーカーは特定できない。

 赤い表示があるのはKUJO-Gだけじゃない。三葉のM-GUARDも発売されてる。


 ネタ探しのアライグマ @meme_raccoon · 1分

 どっちにしろ「赤線=命綱」は信じられなくなったわ。



 一部の投稿では、KUJO-GとM-GUARDが混同されていた。


 九条補給店の窓口にも、説明を求める連絡と、KUJO-G0の利用希望を取り下げたいというメールが届き始める。


「今すぐ、うちの製品じゃないって出そう」


 芽衣が言った。


「まだ断定できない」


 俺は動画のURL、投稿時刻、映像内の特徴を保存した。


「証拠のない反論は、責任逃れに見える。まず現物と購入記録を確認する」


 ダンジョン協会の事故受付窓口へ連絡し、事故品を廃棄、返送、補修せず、そのまま保存してもらえるよう依頼した。


 投稿者本人への接触も、公開アカウントと協会の窓口を通す。個人情報を勝手に探るような真似はしない。


 治療中の所有者から協力の同意が得られたのは、その日の夜だった。



     *



 翌日。


 協会支部の証拠保管室で、事故品の確認が行われた。


 所有者の代理人と協会職員が立ち会い、俺たちは切断や研磨をせず、外観と記録だけを調べていく。


「KUJO-Gの試験体とは、破壊の仕方が違います」


 相馬が携帯型の顕微鏡で破断面を確認した。


「大きく変形せず、脆性的に割れている。ただし、内部欠陥なのか、熱処理なのか、使用中の負荷なのか。外観だけでは切り分けられません」


 西原も刀身へ目を走らせた。


「表面処理も鍔元の作りも、うちの工程とは違う。じゃが、見ただけで出来が悪いとは言えんな」


 原因は断定できない。


 だが、製品の識別はできた。


 柄の内側に刻まれた製品番号。購入店の領収記録。箱に残されたロット表示。


 どれも、三葉物産の正規販売ルートで購入されたM-GUARDと一致していた。


 KUJO-Gのロット番号も、西原鋼業を含む製造工場の刻印もない。


「事故品は、俺たちの製品ではありません」


 俺は協会職員へ確認結果を渡した。


 相馬が尋ねる。


「公表しますか」


「協会と所有者に、確認内容の公表範囲を決めてもらいます。こちらだけで原因まで騒げば、正式な調査を壊しかねない」


 製品の違いは確認できた。


 破損原因を調べるための証拠も、集まり始めている。


 だが、公式な確認が世間へ届くまでには時間がかかる。


 事務所へ戻る途中も、俺の端末には通知が入り続けていた。


 拡散されている言葉は、ただ一つ。


 ――赤線装備が折れた。


 真相より短く、真相より速いその言葉が、九条補給店の信用まで焼き続けていた。

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