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第27話 新人探索者スターターキット

協会岡山支部での聞き取りを終え、俺は西原鋼業へ戻った。


 事務所のホワイトボードを二つに区切る。


「中堅層と新人層では、恐れているものが違いました」


 左側へ、中堅層と書く。


「中堅層が恐れているのは、慣れた装備から未知の装備へ乗り換えることです。失敗すれば仲間を巻き込むため、最初の検証役にはなれない」


 右側には、新人層。


「新人が恐れているのは、何を選び、どう使えば生還できるのか分からないことです」


 待機広場で聞いた言葉が、まだ耳に残っていた。


 一番強い剣ではなく、何を買えば最初の探索で死なずに帰れるのか知りたい。


「彼らが欲しいのは、最強の装備ではありません。最初に死なないための入口です」


「新人向けに安い剣を作るんか」


 西原の声が低くなった。


「先に言うが、材料や検査を削るなら、わしはやらんぞ」


「安全基準は下げません」


 俺は、想定条件を書き加えた。


「使用範囲を浅層に限定し、形状を一種類へ統一します。装飾と個別調整をなくし、加工工程を標準化する。安物ではなく、用途を絞った標準品です」


 西原はすぐには頷かなかった。


「理屈は通る。じゃが、負荷条件を変えるなら、配合と形状が同じでええとは限らん。試験からやり直しじゃ」


「製造条件の判断は、お任せします」


 俺が決めるのは、顧客が必要とする条件だ。


 その条件を金属として実現できるかは、西原たちの領域だった。


「今ある在庫はどうするの?」


 芽衣が、部屋の隅の木箱を見た。


「刃を削り直して、初心者用にするの?」


「それはせん」


 西原が即答した。


「検査を通った製品を、売れんから別物に落とすような真似は認めん」


「俺も同意見です」


 品質に問題がある在庫ではない。


 問題は、最初に売る相手と提供方法だった。


「重量とバランスが新人向けの条件に収まるものだけを選別し、再検査します。その一部を、購入ではなく月額レンタルの候補にする」


「店が持ったまま貸すってこと?」


「そうです。一括購入より初期負担を下げられます。ただし、貸出条件と使用前講習を整えるまでは渡しません」


 レンタルなら、在庫を市場へ動かせる。


 だが、代金を一度に回収できない。


 五日後の支払いを埋める手段にはならなかった。


「新しく作る入門仕様と、この入口全体の名称は、KUJO-G0にします」


「ジーゼロ?」


 芽衣が首を傾げた。


「ゼロって、弱そうに聞こえない?」


「性能がゼロという意味ではありません。探索者が最初に立つ地点です。何も知らない状態から、生還するための基準を持つ入口にする」


 俺は、構成案を並べた。


 浅層向けの標準片手剣。


 製造ロットと検査項目を示す証明書。


 出発前の点検表。


 予備装備と回復品へ、どう予算を配分するかの案内。


 赤線を確認した時の使用中止と撤退手順。


 利用前に受ける、初心者向けの短い安全講習。


 指定条件で初期不良や異常に早い警告が確認された場合だけの、限定交換保証。


 一括購入に加え、月額レンタルから始められる選択肢も設ける。


「剣を一本売るんじゃない。選び方と使い方までまとめて、最初の生還手順として渡すんです」


「それなら、説明する順番が大事だね」


 芽衣がノートパソコンを開いた。


「金属組織の話から始めたら、新人はページを閉じるよ。何を持つか、どこを見るか、赤線が出たら何をするか。その順番で見せる」


「『絶対に死なない』『赤線までは安全』という表現は使わないでください。協会審査中であることも明記します」


「分かってる」


 西原が、構成案を指で叩いた。


「新仕様の試験も、在庫の選別と再検査も、現場の仕事は増えるぞ」


「追加工数を記録し、事前に承認を取ってください。無償対応にはしません」


 支払う金が足りない中で、支払項目を増やす約束だった。


 それでも、現場の負担を見えないことにはできない。


     *


 翌日。


 芽衣が、KUJO-G0の構想説明と利用希望を受け付ける仮ページを公開した。


 製造開始日も、貸出開始日も未定。


 説明動画も、完成品の宣伝ではない。


 持ち物、点検場所、撤退判断を、初心者向けの図で示すものだった。


『何から準備すればいいのか分かる』


『使う前に教えてもらえるなら検討したい』


『一括購入は難しいけど、月額なら候補に入る』


 新人や家族からの反応とともに、利用希望フォームの数字が少しずつ増え始めた。


 中堅向け販売の時とは、反応する層が違う。


 だが、俺はその数字を売上表へ移さなかった。


 利用希望は、契約ではない。


 申込者が講習を受け、条件を確認し、実際に支払って初めて需要になる。


 方向が合っている可能性を示す、新しい仮説にすぎない。


 俺は利用希望の集計と、支払い予定表を並べた。


 客との接点は戻り始めた。


 しかし、月額レンタルも低価格の入門仕様も、最初に入る現金は小さい。


 在庫の再検査、新仕様の試験、講習準備には、さらに費用がかかる。


 画面の不足額は、ほとんど減っていなかった。


 支払い期限まで、あと五日。


 客は戻り始めた。


 だが、現金は間に合わない。

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