第21話 稟議三ヶ月 vs 製品化三週間
三葉物産、本社ビル。
新規事業部の防音会議室で、巨大なスクリーンに同じ映像が繰り返し流れていた。
ダンジョン協会が実施した、KUJO-G規格案の公開比較試験。
鈍色の刀剣に赤い線が浮かび、その後、大きく曲がりながらも破片を飛散させなかった場面だ。
「以上が、昨日行われた公開比較試験の概要です」
報告担当者が映像を止めた。
「協会が発表したのは、追加検証へ進めるという判断までです。公認されたわけではありません。しかし探索者の間では、重大な破損前に危険を可視化する機能への関心が急速に高まっています」
御堂龍之介は、配られた資料を黙ってめくった。
九条補給店。
代表、九条誠。
その名前で、指が止まった。
南米リチウム鉱山案件の元責任者。
案件そのものが消滅した時、会社の判断として切った元部下だ。
御堂は次のページへ進んだ。
そこには西原鋼業、百件の無償仮予約、協会へ提出された規格案、規格協議に参加している五社の町工場について、公開情報から調べられた範囲がまとめられていた。
九条は金属の専門家ではない。
だが、南米では採掘権、重機、海運、為替、現地労組という別々の要素を、一つの供給計画へまとめていた。
今回も、同じことをしている。
「町工場が、偶然うまくいった試作品を一本作っただけでしょう」
課長の一人が言った。
「協会公認でもなければ、量産実績もない。弊社が同様の安全装備を開発すれば、資本力と信用で十分に追い越せます」
「製品だけを見れば、そうだろうな」
御堂が答えた。
「だが、九条が作ったのは、あの剣だけではない」
御堂は資料を机へ置いた。
「製造技術を持つ西原鋼業。一般探索者へ価値を伝え、仮予約を集める窓口。そして、別々の技術を持つ町工場が品質と責任を協議するための規格案だ」
「五社は、まだ製造契約を結んでいません」
「分かっている。だから今なら間に合う」
現時点では、工場群は完成した製造連合ではない。
KUJO-Gも、九条補給店が起草した民間の規格案にすぎない。
だが、品質、検査、責任分界、販売窓口が一つにつながれば、後から参入する企業は、その基準を無視しにくくなる。
御堂が見ているのは、現在の規模ではなかった。
このまま進んだ場合に、何ができ上がるかだ。
「社内調査では、対魔鋼の試作着手から昨日の公開試験まで、約三週間です」
御堂は会議室を見回した。
「同種の装備事業を、三葉が今から正式に立ち上げる場合、どれだけかかる?」
技術企画の担当者が、用意していた工程表を開いた。
「材料の基礎評価、試作品の安全試験、調達先審査、法務とリスク管理、ブランド審査、事故時の責任範囲、それから役員稟議が必要です」
「期間は?」
「最短でも、三ヶ月です」
会議室が静まり返った。
九条が三週間で完成させたのは、量産品ではない。
試験モデルと仮の販売窓口、規格案、そして審査の入口だ。
それでも、三葉が最初の稟議を終える前に、九条は市場から必要な数字を集め始めている。
「しかし、製品化と呼ぶには早すぎませんか」
別の担当者が言った。
「価格も納期も決まっていない。安定生産もできていないのでしょう」
「社内の定義なら、その通りだ」
御堂は認めた。
「だが探索者は、もう『どこで買える』と尋ねている。九条は未完成の段階で需要を測り、実戦と公開試験から次の改良データまで取った」
完成してから市場へ出す三葉と、市場へ問いながら完成へ近づける九条。
三週間と三ヶ月の差は、単なる作業速度の差ではない。
意思決定の回数そのものが違うのだ。
「審査を並行させろ。三ヶ月を圧縮する」
「一部は可能です。しかし、安全試験前に法務が製造物責任を確定することはできません。調達先も、要求仕様が決まらなければ審査できません」
担当者の反論は正しい。
三葉物産には、九条補給店とは比較にならない資本がある。
研究設備も、世界中の調達先も、販売網も、長年積み重ねた信用もある。
その信用を守るために、検証と承認を飛ばすことはできない。
巨大な組織の強さと遅さは、同じ仕組みから生まれている。
御堂は、スクリーンに残る赤い線を見た。
九条が偶然、一つの発明を当てただけなら問題はない。
より多くの資金と人材を投じれば、追いつける。
だが、九条は商品より先に、作る側と使う側をつなぐルールを置こうとしている。
KUJO-Gが正式規格になる保証はない。
市場に受け入れられる保証もない。
それでも、三ヶ月後に探索者や工場がKUJO-Gを基準に話すようになっていれば、三葉は九条が作った土俵へ後から上がることになる。
「九条補給店を、個人商店として扱うのはやめろ」
御堂が告げた。
「九条は、こちらが動くまで待ってはくれない」
自分が切った相手だからではない。
三葉が市場の主導権を失う可能性がある以上、対処すべき競争相手だった。
「対魔鋼事業を、最優先の検討案件へ引き上げる」
御堂は全員を見渡した。
「九条に、規格形成の主導権を渡すな。市場の中心から押し出すための案を出せ」
具体的な手段は、まだ決まっていない。
だが、この瞬間。
三葉物産は、九条誠を市場から排除すべき競争相手として認識した。




