第20話 ダンジョン協会、公認テスト
ダンジョン協会本部の地下試験場。
分厚い防護壁に囲まれた観覧区画には、協会の試験担当者、装備メーカーの技術者、探索者、取材を許可されたメディアが集まっていた。
俺と西原、芽衣は、試験ブース脇の待機場所に立っている。
防弾ガラスの向こうにあるのは、物理的な曲げ荷重と、調整された魔力負荷を同時に与えられる大型試験機だ。
「本日の公開比較試験は、提出されたKUJO-G規格案を審査するための資料を取得するものです」
主任試験官が、最初に釘を刺した。
「良好な結果が出た場合でも、それだけで協会公認となるわけではありません。また、本日使用するのは試験体一振りです。将来製造される全ロットの性能を保証するものでもありません」
当然の説明だった。
一度の成功を、量産品すべての安全証明にはできない。
比較に使うのは、既存大手メーカーが製造した高強度の刀剣型装備と、西原鋼業で打ったKUJO-G試験モデル。
形状、寸法、固定位置、負荷を加える速度は揃えられている。試験体には協会の管理番号が付され、開始前の傷や硬度も記録された。
「第一試験。既存メーカー製モデルを開始します」
試験機が低く唸った。
固定された刀身へ、物理荷重と魔力負荷が段階的に加えられていく。
大手の製品は優秀だった。
数値が上がっても、刀身はほとんど形を崩さない。長年の研究と設備投資によって、高い硬度と剛性を安定して実現している。
「さすがだな」
「あの負荷でも曲がらないぞ」
探索者たちから感嘆の声が漏れた。
やがて、負荷計の数値が限界域へ入った。
その直後だった。
パァンッ!
乾いた破裂音とともに、刀身が複数の破片へ分かれた。
飛散した破片が防弾ガラスへ当たり、硬い音を立てて落ちる。
「破断を確認。最大負荷、破断時挙動ともに記録しました」
主任試験官の声は冷静だった。
これは粗悪品が壊れたのではない。
既存の評価基準に沿って、高い負荷まで形状を保った。その一方で、限界を超えた時の変化を使用者が見分けにくい。
俺たちが変えたいのは、最大強度の数字だけではなく、その限界の伝わり方だった。
「第二試験。KUJO-G試験モデルを開始します」
清掃と再点検の後、鈍色の刀身が同じ固定具に収められた。
「九条さん。今さらじゃが、胃が痛くなってきたぞ」
西原が防弾ガラスを睨んだまま言った。
「俺もです」
期待する挙動は、書類にした。
だが、それを同じ試験体で再現できなければ、規格案はまだ願望にすぎない。
試験機が動き出した。
数値が上がるにつれ、KUJO-G試験モデルは大手品より早く、わずかな湾曲を見せ始めた。
「もう曲がってないか?」
「最大強度なら大手の方が上だろ」
観覧区画から声が上がる。
否定はできない。
曲がらないことだけを競う試験なら、不利に見える結果だった。
だが、俺が見ていたのは負荷計ではない。
刀身の表面だった。
さらに負荷が加わる。
重大な変形へ至る前に、鈍色の表面へ細い赤色がにじんだ。
一本の線となり、肉眼でも分かる濃さへ変わっていく。
「赤線を確認。試験を一時停止します」
事前に定めた手順に従い、主任試験官が装置を止めた。
会場が静まり返った。
協会のカメラが刀身を拡大し、赤線の発生位置、負荷値、変形量、表面温度を記録する。
赤線が負荷を逃がしている、と証明されたわけではない。
だが少なくとも、重大な破損より先に、危険を示す視覚的変化が再現された。
「本来の使用試験であれば、ここで直ちに使用中止です」
主任試験官が告げた。
「以降は、遮蔽された設備内で破壊時挙動を確認する第二段階へ移ります」
遠隔操作で負荷が再開された。
赤線は濃くなり、刀身の湾曲も大きくなる。
やがて鈍い音が響き、試験モデルはくの字に変形して止まった。
刃としては、完全に使用不能だ。
それでも、先ほどのような破片の飛散はなかった。
「試験終了。警告表示後、塑性変形により使用限界へ到達。顕著な飛散は確認されませんでした」
静かだった観覧区画が、一気にざわめいた。
「赤線が出た時点で退けばいいのか」
「少なくとも、何の前触れもなく砕けるより判断できる」
探索者たちは、最大負荷の数字より先に、撤退の猶予へ反応していた。
主任試験官は、観覧区画を静めてから続けた。
「本日の一例では、重大な破損前の視覚的警告と、飛散を抑えた変形挙動が確認されました。規格案には、追加検証へ進める価値があると判断します」
公認ではない。
量産可能という証明でもない。
同じ結果が別ロットでも、異なる形状でも、実戦の不規則な負荷でも再現されるか。確認すべきことは、まだ山ほど残っている。
「やったよ、九条さん!」
芽衣が声を弾ませた。
西原も、長く息を吐いた。
俺は二人に頷きながら、赤線発生時の負荷、変形量、停止から限界到達までの数値を書き留めた。
今日取れたのは、勲章ではない。
規格と製造条件を修正するための、第三者のデータだ。
次のロットでも同じ挙動を出せなければ、百件の仮予約へ一本も届けられない現実は変わらない。
ふと、視線を感じた。
観覧区画の最後列に、数人のスーツ姿が立っている。
その胸元で光る社章を、俺が見間違えるはずはなかった。
三葉物産。
中央にいた男と、一瞬だけ目が合った。
彼らが何を考えているのかは分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
俺の古巣は、九条補給店の存在に気づいた。




