表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/46

第19話 経産省の女は、数字しか信じない

KUJO-G規格案をダンジョン協会へ提出してから、数日後。


 俺のスマートフォンに、経済産業省を名乗るメールが届いた。


 部署名は、新資源政策室。


 九条補給店の代表者と面会したい、という短い文面だった。


 差出人の表示だけを信用するつもりはない。


 俺はドメインと電子署名を確認し、経産省の代表番号から新資源政策室へ照会した。


 正式な依頼で間違いなかった。


 協会へ提出した規格案と、公開されている救難映像を見て連絡したらしい。


 陽菜の救護ログや、専用供給契約へ触れる記述はなかった。


     *


 数日後。


 俺は霞が関にある経済産業省の会議室へ通された。


「新資源政策室の星野環です」


 対面の女性が、名刺を差し出した。


 肩書は室長補佐。


 隙のないスーツ姿と、感情をほとんど見せない切れ長の目。


 陽菜を救ったという話への称賛も、町工場への侮りもない。


 星野は俺の名刺を机へ置くと、すぐにタブレットを開いた。


「九条さん。あなたの供給網が明日停止した場合、国内の魔石採掘量はどれだけ減りますか?」


 最初の質問は、売上でも技術でもなかった。


「現時点での直接的な影響は、ゼロです」


 星野の指が止まった。


「理由を伺えますか」


「安定供給を始めていないからです。市場へ納品した量産品は一本もありません。九条補給店が今止まっても、現在の魔石採掘量は変わりません」


 百件あるのは、無償の仮予約だ。


 供給契約を結んだ陽菜にも、量産品を継続納品した実績はない。


「では、将来も影響はないと?」


「装備破損によって探索を断念している人数と、KUJO-Gで減らせる事故率が分からなければ算定できません」


「随分と慎重ですね」


「分からない数字を埋めても、供給計画には使えませんから」


 星野は表情を変えず、次の資料を表示した。


 魔石発電への依存率。


 物流車両や工場設備での利用量。


 魔石価格と探索者の稼働人数の推移。


「当室が見ているのは、現在の売上ではありません」


 星野が言った。


「装備破損が探索回数を減らせば、魔石供給へ影響する。魔石供給が落ちれば、電力、物流、製造業へ波及します」


「その連鎖を止める可能性がある、と?」


「可能性だけです。性能も供給能力も、まだ認定されていません」


 対魔鋼を褒めているのではない。


 国の産業へ影響し得る、不確定な変数として見ている。


「当室は、対魔鋼を戦略物資の候補として調査しています」


「買い被りです。俺たちは、まだ小さな町工場の集まりにすぎません」


「それを数字で確認します」


 星野の質問が始まった。


「安定生産能力は?」


「月産ゼロです。実用品型の試作品は、ピッケルと刀剣の二点。実戦確認は刀剣の一件だけです」


「製造へ参加する工場数は?」


「西原鋼業を含めれば六社です。ただし、他の五社が合意したのは規格協議への参加までで、量産契約は結んでいません」


「一社が停止した場合の遅延は?」


「現時点では算定不能です。代替工程の認定手順がなく、特定工程を担う工場が止まれば、製造全体が止まります」


「二週間、三週間という見込みも出せない?」


「代替先が決まっていない以上、根拠のある日数にはなりません」


 星野は回答をタブレットへ記録した。


「原料調達は?」


「タングステンと一部の希土類は、輸入依存が高い。候補商社はありますが、複数経路の確保には至っていません」


「魔石粉末も輸入ですか?」


「国内ダンジョン由来です。ただし、産地ごとの品質差があり、規格に合う粉末の選別方法と継続調達は未確立です」


「価格上昇の許容範囲は?」


「まだ決められません。最終歩留まりも販売価格も確定していないためです。現段階では、複数の価格条件で試算しているだけです」


「事故低減率は?」


「統計を出せる段階ではありません。実戦例は一件です」


「百件の仮予約のうち、購入へ進む人数は?」


「不明です。価格も納期も示しておらず、申込金も受け取っていません。関心の数を、購入率へ置き換えることはできません」


 自分たちを大きく見せる材料なら、いくらでも作れただろう。


 だが、根拠のない数字を足せば、供給計画の弱点が見えなくなる。


 需要不足より先に解決すべきなのは、製造の再現性、原料調達、検査能力、単一工程への依存だ。


 星野は質問を終えると、しばらく回答記録を見ていた。


「ゼロを、ゼロと答える方なのですね」


「ゼロを一本と数えても、現場には届きません」


 星野の口元が、わずかに緩んだ。


 好意というより、確認が一つ終わった顔だった。


「少なくとも、自社の弱点を数字で把握していることは分かりました」


 星野はタブレットを閉じた。


「だからこそ、小さいうちに第三者の数字を取るべきです」


「協会の審査ですか」


「提出資料だけでは足りません。既存製品と同じ条件で、安全性と破損挙動を比較する公開試験があります」


 星野は制度の案内書を差し出した。


「経産省が認定を与えるわけではありません。補助金や採用を約束するものでもない。正式な試験制度を利用してください、という案内です」


「そこで結果を出せなければ?」


「それも数字です」


 冷たい言い方だった。


 だが、正しい。


「小さいうちに、第三者の数字を取ってください」


 星野は、まっすぐ俺を見た。


「公共への影響が大きくなってからでは、あなた一人の事業では済まなくなります」


     *


 面会後、俺は案内された窓口から、公開比較試験へ申請した。


 数日後。


 ダンジョン協会から、参加受付の通知が届いた。


 比較対象は、既存大手メーカーの装備。


 同じ形状、同じ負荷条件で、KUJO-G試験モデルの破損挙動を確認する。


 参加を認められただけで、公認されたわけではない。


 失敗すれば、それも公開記録として残る。


 俺は試験条件を最後まで確認し、参加承諾のボタンを押した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ