第19話 経産省の女は、数字しか信じない
KUJO-G規格案をダンジョン協会へ提出してから、数日後。
俺のスマートフォンに、経済産業省を名乗るメールが届いた。
部署名は、新資源政策室。
九条補給店の代表者と面会したい、という短い文面だった。
差出人の表示だけを信用するつもりはない。
俺はドメインと電子署名を確認し、経産省の代表番号から新資源政策室へ照会した。
正式な依頼で間違いなかった。
協会へ提出した規格案と、公開されている救難映像を見て連絡したらしい。
陽菜の救護ログや、専用供給契約へ触れる記述はなかった。
*
数日後。
俺は霞が関にある経済産業省の会議室へ通された。
「新資源政策室の星野環です」
対面の女性が、名刺を差し出した。
肩書は室長補佐。
隙のないスーツ姿と、感情をほとんど見せない切れ長の目。
陽菜を救ったという話への称賛も、町工場への侮りもない。
星野は俺の名刺を机へ置くと、すぐにタブレットを開いた。
「九条さん。あなたの供給網が明日停止した場合、国内の魔石採掘量はどれだけ減りますか?」
最初の質問は、売上でも技術でもなかった。
「現時点での直接的な影響は、ゼロです」
星野の指が止まった。
「理由を伺えますか」
「安定供給を始めていないからです。市場へ納品した量産品は一本もありません。九条補給店が今止まっても、現在の魔石採掘量は変わりません」
百件あるのは、無償の仮予約だ。
供給契約を結んだ陽菜にも、量産品を継続納品した実績はない。
「では、将来も影響はないと?」
「装備破損によって探索を断念している人数と、KUJO-Gで減らせる事故率が分からなければ算定できません」
「随分と慎重ですね」
「分からない数字を埋めても、供給計画には使えませんから」
星野は表情を変えず、次の資料を表示した。
魔石発電への依存率。
物流車両や工場設備での利用量。
魔石価格と探索者の稼働人数の推移。
「当室が見ているのは、現在の売上ではありません」
星野が言った。
「装備破損が探索回数を減らせば、魔石供給へ影響する。魔石供給が落ちれば、電力、物流、製造業へ波及します」
「その連鎖を止める可能性がある、と?」
「可能性だけです。性能も供給能力も、まだ認定されていません」
対魔鋼を褒めているのではない。
国の産業へ影響し得る、不確定な変数として見ている。
「当室は、対魔鋼を戦略物資の候補として調査しています」
「買い被りです。俺たちは、まだ小さな町工場の集まりにすぎません」
「それを数字で確認します」
星野の質問が始まった。
「安定生産能力は?」
「月産ゼロです。実用品型の試作品は、ピッケルと刀剣の二点。実戦確認は刀剣の一件だけです」
「製造へ参加する工場数は?」
「西原鋼業を含めれば六社です。ただし、他の五社が合意したのは規格協議への参加までで、量産契約は結んでいません」
「一社が停止した場合の遅延は?」
「現時点では算定不能です。代替工程の認定手順がなく、特定工程を担う工場が止まれば、製造全体が止まります」
「二週間、三週間という見込みも出せない?」
「代替先が決まっていない以上、根拠のある日数にはなりません」
星野は回答をタブレットへ記録した。
「原料調達は?」
「タングステンと一部の希土類は、輸入依存が高い。候補商社はありますが、複数経路の確保には至っていません」
「魔石粉末も輸入ですか?」
「国内ダンジョン由来です。ただし、産地ごとの品質差があり、規格に合う粉末の選別方法と継続調達は未確立です」
「価格上昇の許容範囲は?」
「まだ決められません。最終歩留まりも販売価格も確定していないためです。現段階では、複数の価格条件で試算しているだけです」
「事故低減率は?」
「統計を出せる段階ではありません。実戦例は一件です」
「百件の仮予約のうち、購入へ進む人数は?」
「不明です。価格も納期も示しておらず、申込金も受け取っていません。関心の数を、購入率へ置き換えることはできません」
自分たちを大きく見せる材料なら、いくらでも作れただろう。
だが、根拠のない数字を足せば、供給計画の弱点が見えなくなる。
需要不足より先に解決すべきなのは、製造の再現性、原料調達、検査能力、単一工程への依存だ。
星野は質問を終えると、しばらく回答記録を見ていた。
「ゼロを、ゼロと答える方なのですね」
「ゼロを一本と数えても、現場には届きません」
星野の口元が、わずかに緩んだ。
好意というより、確認が一つ終わった顔だった。
「少なくとも、自社の弱点を数字で把握していることは分かりました」
星野はタブレットを閉じた。
「だからこそ、小さいうちに第三者の数字を取るべきです」
「協会の審査ですか」
「提出資料だけでは足りません。既存製品と同じ条件で、安全性と破損挙動を比較する公開試験があります」
星野は制度の案内書を差し出した。
「経産省が認定を与えるわけではありません。補助金や採用を約束するものでもない。正式な試験制度を利用してください、という案内です」
「そこで結果を出せなければ?」
「それも数字です」
冷たい言い方だった。
だが、正しい。
「小さいうちに、第三者の数字を取ってください」
星野は、まっすぐ俺を見た。
「公共への影響が大きくなってからでは、あなた一人の事業では済まなくなります」
*
面会後、俺は案内された窓口から、公開比較試験へ申請した。
数日後。
ダンジョン協会から、参加受付の通知が届いた。
比較対象は、既存大手メーカーの装備。
同じ形状、同じ負荷条件で、KUJO-G試験モデルの破損挙動を確認する。
参加を認められただけで、公認されたわけではない。
失敗すれば、それも公開記録として残る。
俺は試験条件を最後まで確認し、参加承諾のボタンを押した。




