第16話 中小工場サミット
西原鋼業の食堂から、昼休み用の長机が運び出されていた。
代わりに置かれたのは、向かい合うように並べた折りたたみ机と、人数分のパイプ椅子。
そこへ、五人の町工場経営者が集まっていた。
特殊金属の切削加工。
小ロットの熱処理。
精密プレス。
非破壊検査。
金属素材の前処理。
得意分野は違うが、全員が現場で油にまみれながら、会社と従業員を守ってきた人間たちだ。
彼らがここへ来たのは、俺の提案に賛同したからではない。
西原の頼みだから、一度だけ話を聞く。
それだけだった。
「西原さんが妙な若造に入れ込んどると聞いたが、あんたか」
精密加工会社の社長が、腕を組んだまま俺を見た。
「元商社マンらしいな。うちらを安い下請けとして集めて、大きな商売をするつもりか?」
「そのつもりはありません」
俺は立ち上がり、頭を下げた。
「九条誠です。本日は、製造を引き受けていただくためではなく、引き受けられる条件が存在するかを話し合うために集まっていただきました」
「言い方を変えただけじゃないのか?」
「そう思われても当然です。ですから、まず数字を見てください」
各人の前へ資料を配る。
ダンジョン協会が公開している探索者数。
武器破損事故の推移。
協会が公開した、桐生陽菜の救難映像。
九条補給店に入った、百件の無償仮予約。
陽菜の救護記録や、非公開の医療データは含めていない。
「この刀剣型試験モデルは、西原鋼業で作りました。宣伝費を一円も使っていませんが、仮予約の上限百件は一晩で埋まりました」
「代金は?」
「受け取っていません。価格、仕様、納期も未確定です」
「それじゃ、売れたことにはならんだろう」
「はい。確認できたのは、詳しい情報を求める人間が百人いるということだけです」
予約と購入は違う。
俺は、その数字を都合よく売上へ置き換えなかった。
「しかも、西原鋼業一社では供給できません。品質を落とさずに百本を作る方法も、まだ存在しません」
会議室に、低いざわめきが広がった。
「要するに、作れんから、うちらへ押しつけたいわけか」
「押しつけられるような仕事ではありません」
俺は、対魔鋼の工程を大まかに分けた図を示した。
素材の前処理。
配合と鍛造。
切削。
熱処理。
検査。
具体的な配合比率は伏せ、各工程で求められる技術と、現在判明している危険だけを記載している。
「この全部を、一つの工場で行う必要はありません。ただし、分ければ解決するほど単純でもない」
熱処理会社の社長が、すぐに反応した。
「当たり前じゃ。前の工程が雑なら、熱処理だけ正しくても割れる。事故が起きたら、どこの責任になる?」
「そこを、これから決める必要があります」
「決まってないのか」
「今、俺が一人で決めれば、皆さんへ責任を押しつける規則になります」
俺は社長たちを見回した。
「どの状態で次の工程へ渡すのか。誰が検査し、どの記録を残すのか。不良が出た場合、どこまで遡るのか。それを、実際に作る皆さんと共同で決めたい」
「設備が壊れた場合は?」
精密プレス会社の社長が尋ねる。
「魔石を含む得体の知れん材料を入れて、金型や機械が壊れたらどうする」
「その負担方法も未決定です。試験費用、設備損傷、失敗材料を誰がどこまで負担するかを、参加条件として文書化します」
「事故が起きたら?」
「工程と検査の記録を残し、原因を追える状態にする。そのうえで、責任範囲を契約で決めます」
俺の回答に、社長たちの顔がさらに険しくなる。
当然だった。
責任の切り分け方を考えるということは、事故の可能性を認めることでもある。
「大手が同じものを作り始めたら終わりじゃないか」
加工会社の社長が言った。
「うちらが金と時間をかけても、向こうは資本力で安く売れる。既存の取引まで切られたら、会社が持たん」
「一社だけなら、価格も条件も相手に決められるでしょう」
俺はホワイトボードに、五つの工場を並べて描いた。
「ですが、同じ品質基準を共有し、一つの窓口で原価と必要工数を示せれば、個別に買い叩かれる危険は減らせます」
「価格まで、あんたが決めるのか?」
「いいえ。各工程に必要な工賃を、作る側で出してもらいます。それで販売価格が成立しないなら、この事業は始めるべきではありません」
利益の出ない仕事を、夢や人助けで引き受けさせるつもりはなかった。
「現時点でお願いしたいのは、製造契約ではありません」
俺は資料の最後のページを開いた。
「品質、検査、費用、責任の基準を作る協議へ、参加していただきたい。それだけです」
説明を終えても、誰も頷かなかった。
数字は需要を示せる。
だが、会社を危険へさらす決断まで、数字だけで動かすことはできない。
「……わしからも言わせてくれ」
西原が、ゆっくりと立ち上がった。
「わしも最初は、こいつを怪しいブローカーだと思うとった」
「今も十分怪しいぞ」
「それは否定せん」
小さな笑いが起きたが、西原の表情はすぐに戻った。
「九条は、自分の金で失敗の危険を引き受けた。成功を保証しろとも、失敗した材料費を返せとも言わんかった」
西原の分厚い手が、机の上の資料へ置かれる。
「何より、数が足りんと分かっても、検査を減らせとも、品質を落とせとも言わんかった。粗悪品を出すくらいなら、百件全部断る方を選んだ」
社長たちは黙って聞いていた。
「こいつは、わしの工場を安い下請けとして扱わんかった。今ここにいるあんたらも、同じように扱うつもりなんじゃろう」
「そのつもりです」
俺は答えた。
「なら、わしは基準を作るところまでは付き合う」
西原は言い切った。
「作れるかどうかは、その後で決めればええ」
沈黙の後、加工会社の社長が腕をほどいた。
「……製造を引き受ける約束はせんぞ」
「承知しています」
「設備負担と事故責任。それが文書で納得できる形になるなら、協議には加わる」
熱処理会社の社長も、資料を閉じた。
「うちも、話し合いまでじゃ。実際に炉へ入れるかは別だ」
「検査条件を決める席なら、うちも必要じゃろうな」
残る社長たちも、それぞれ条件を口にした。
全面協力ではない。
製造契約でもない。
それでも五社は、共通の基準を作る協議へ参加する意思を示した。
俺は一人ずつ条件を確認し、議事録へ記録した。
彼らを従わせたわけではない。
ただ、これまで別々に大手の下請けをしてきた工場が、初めて対等な立場で同じテーブルへ着いた。




