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第10話 白銀の陽炎は武器を壊す

桐生陽菜は、特別メンテナンスブースの前で足を止めると、鞘に収めた剣を作業台へ置いた。


 銀色の髪に、漆黒の軽装鎧。


 日本ランキング三位のS級探索者を前に、周囲の探索者たちが自然と距離を空けていく。


 陽菜はその視線を気にする様子もなく、必要最低限の動作で剣から手を離した。


「またですか……」


 担当技師が剣を抜き、深いため息をついた。


「桐生さん。これを納品したのは三日前ですよ」


「ええ」


「同じ仕様なら、普通は少なくとも一週間は持ちます。それが、探索一回でここまで傷むなんて」


 技師が刀身へ検査器を当てる。


 作業台脇のモニターに、警告を示す赤い表示が並んだ。


「表面だけじゃない。内部まで劣化が進んでいます。研ぎ直しでは済みません。廃棄です」


「分かりました」


 陽菜の声には、驚きも怒りもなかった。


 何度も同じ宣告を受け、すでに反応することへ疲れているように見えた。


 俺は少し離れた搬入者用の待機場所から、そのやり取りを見ていた。


 西原が同じ条件でもう一本打った、刀剣型の追加試作品。


 俺はそれを協会の試験場へ持ち込み、機械試験と試用手続きを受けるためにここへ来ていた。


 まだ、工場のプレス試験で赤い線が一度出ただけの代物だ。


 ダンジョン内で使える保証など、どこにもない。


 その試作品を収めたケースが、俺の足元に置かれていた。


「予備は、あと何本ありますか」


 陽菜が尋ねた。


「二本です。メーカーには追加を急がせていますが、この消耗速度では間に合わないかもしれません」


「次の探索には?」


「持っていくなら二本ともです。ただし、出力は抑えてください。これ以上は装備側が耐えられません」


「それでは、必要な火力が出ません」


「ですが、また壊れたら――」


「分かっています」


 陽菜はそこで会話を切った。


 技師も、それ以上は何も言えなかった。


 俺は廃棄用トレーへ移された剣を観察した。


 表面には、魔物と打ち合った際についたと思われる傷がある。


 だが、それだけではない。


 刃先から離れた部分にも細い亀裂が走り、柄に近い箇所には焼けたような変色が残っていた。


 通常の衝撃だけで壊れたのなら、負荷は刃先や打撃を受けた場所へ偏るはずだ。


 この剣は違う。


 使用者の手元から刀身全体へ、何かが流れ込んだような傷み方をしている。


 俺はこれまでに集めた破損事例を頭の中で並べた。


 一般探索者の武器にも、似た傾向はある。


 だが、陽菜の剣は劣化の速度も範囲も明らかに異常だった。


 魔力の総量なのか。


 一度に流し込む強さなのか。


 あるいは、彼女固有の戦い方が装備へ特殊な負荷を与えているのか。


 今ある情報だけでは断定できない。


 それでも、一つだけ確かなことがあった。


 陽菜が弱いから武器が壊れるのではない。


 彼女の力に、装備の側が追いついていない。


 陽菜が担当者たちと離れた後、俺はメンテナンス責任者へ声をかけた。


「先ほどの剣について、少しだけお話を伺えませんか」


「あなたは?」


「西原鋼業の試作品を、協会試験場へ搬入した九条です」


 名刺の代わりに、搬入許可証を示す。


「魔力による装備劣化を想定した合金を試作しています。まだ未検証ですが、先ほどの剣と比較できれば――」


「申し訳ありませんが、お断りします」


 責任者は、俺が言い終える前に首を横へ振った。


「桐生さんの装備は、契約メーカーと専門チームが管理しています。外部へ検査データや廃棄品を渡すことはできません」


「では、試作品を予備装備の候補として確認していただくことは?」


「それも無理です」


 返答は即座だった。


「製造実績も、公的な安全試験の結果もないのでしょう。ましてや工場内で一度試しただけの素材を、S級探索者へ使わせるわけにはいきません」


 当然の判断だった。


 俺が管理する側でも、同じ理由で拒否する。


「承知しました。失礼しました」


 無理に食い下がることはしなかった。


 今必要なのは、陽菜へ売り込むことではない。


 対魔鋼が本当に警告を出せるのか。通常の装備と比べて、どのように壊れるのか。


 まずは自分たちの試作品について、検証可能なデータを作ることだ。


 それでも、廃棄された剣の傷み方は頭から離れなかった。


 通常なら一週間は使える特注品を、一回の探索で限界近くまで消耗させる。


 もし同じ負荷を対魔鋼へ加えたら、何が起きるのか。


     *


 数時間後。


 俺は協会職員による搬入確認を終え、併設された試験用ダンジョン区画の入口近くで待機していた。


 足元には、封印済みの試作品ケースがある。


 使用許可はまだ下りていない。


 その時、施設内へ鋭い警報音が響いた。


『緊急事態発生。第七区画、深層手前で交戦中のパーティーより救難要請』


 通路にいた探索者たちが、一斉に足を止めた。


 壁面モニターの表示が、通常案内から緊急情報へ切り替わる。


『対象は、桐生陽菜所属パーティー』


 施設内のざわめきが、驚愕の声へ変わった。


 日本ランキング三位のS級探索者が、救難を要請した。


 俺はモニターへ目を凝らした。


 更新された状況欄に、短い一文が表示される。


『主要装備破損。戦線維持困難』

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