造られた生命
ネカトルの襲撃を受けた王都ミラージュだが、魔導兵たちの奮戦や魔法戦闘用魔導具の働きにより、被害は殆ど出さずに済んだ。
それを受け、解放軍幹部は今後の方針を決めるべく臨時会議を開くことになった。
「私もね、お父さんって何となく人間離れしてるところがあるとは思っていたの」
会議室へ向かう道すがら、アンネリーゼがロデリックに囁きかけた。
「そうなのか?」
「ラウハの集落からコティへ向かっている時、お父さんは、昼も夜も休みなく移動し続けていたでしょ。夜中に目を覚ますと、お父さんは私を抱えたまま凄い速さで夜道を走り続けていて……思い返すと、私は、お父さんが眠っているところを見たことがなかったし」
「ああ……俺は眠る必要がないから、その時間を移動に使った方がいいと思ったんだ」
「あの時のことは夢かもしれないとも思ったけど、やっぱり、夢じゃなかったのね。でも、却って、すっきりしたわ」
「小さな子供だから分からないだろうと思っていたが、侮れないものだな」
くすりと笑うアンネリーゼを前に、ロデリックは少し決まりの悪い気持ちになって、頭を掻いた。
会議室に着いたロデリックとアンネリーゼは、他の出席者たちと共に円卓へ着いた。
「皆さんも、ネカトルの『声』はお聞きになったかと思いますが」
話を切り出したフィリップに、出席者たちの視線が集まった。
「奴は、現皇帝オディウムに従属している訳ではなく、更に帝都を離れて勝手に動き回っている模様です。やはり、この機会に帝都まで進軍するのは如何でしょうか」
「ネカトルの目的が分からないのは不安材料ではあるが、いずれは進まなければならない道だ。私はエティエンヌ殿に賛成する」
真っ先に、ホルストがフィリップの提案に同意した。
「オディウムが帝位を離れれば、ネカトルが彼を見限るのは確実でしょうね」
「帝国内でも、ステラ姫を推す声が大きくなっているらしいからね。これを逃す手はないと思う」
ソフィアとイーヴァリも、異議はない様子だ。
――とうとう、この時が来たか。ネカトルさえいなければ、オディウムに抵抗されても、俺が持つ『竜』の力で征圧してしまう手もあるが……アンネリーゼは、そんなことを望まないだろうな。
ロデリックが、そのようなことを考えていると、これまで皆の話を黙って聞いていたアンネリーゼが口を開いた。
「いよいよですね。ただ、個人的に気になることがあるのですが」
「気になることとは?」
アンネリーゼの言葉に、フィリップが首を傾げた。
「私は、オディウムという人のことを、よく知りません。話し合いをするなら、相手のことを、もっと知っておきたいと思うのです」
「なるほど……それについては、元帝国所属の方々にお聞きしたほうがよろしいかと」
フィリップが、同席している元帝国騎士バルドや、ミラージュの管理者だったダヴィドに目を向けた。
「私の知る限りでは、何も知らない者が見たなら無害そうな男です。普段は物腰も柔らかく、むしろ野心家とは遠い印象かもしれません。しかし、個人的には、どこか虫が好かない嫌な感じがありました」
そう言ったのは、バルドだった。
「あくまで伝聞ですが……」
前置きしてから、ダヴィドも口を開いた。
「オディウムは貧しい階層の出身だったものの、その才能を認めた裕福な貴族の養子になり、名門と言われる学院で魔法を学んだという話です。養父である貴族には実子もいましたが、事故で亡くなった為、養子のオディウムが家督を継ぎました。そこから中央への伝手ができたようです」
「養父の実子が亡くなった原因が事故というのも怪しい話です。オディウムは出世の邪魔になる者を様々な方法で排除したという噂が絶えませんでした。最終的には先帝陛下や皇太子夫妻も手にかけ、未遂とはいえステラ様まで……」
バルドが、忌々しいといった顔で付け加えた。
「噂があっても、オディウムに取り入って利益を得ている者たちは、嫉妬からの言いがかりと擁護していました。しかし、奴は皇帝の座に就いてから変わりました」
「変わった?」
ダヴィドの言葉に、アンネリーゼが目を見開いた。
「猜疑心を隠そうともしなくなり、事実かどうかには関わらず、自分に反抗すると感じた相手は容赦なく粛清するようになりました。あのネカトルを使って……その為、オディウムを諫める者もいなくなり、奴は国民たちから欲しいままに搾取していたのです」
そう言うと、ダヴィドは苦しげに目を伏せた。
「我が身可愛さからオディウムに何もできなかった我々にも、責はあります……遅きに失すると言われるかもしれませんが、ステラ様の存在は、我々にも勇気を与えてくださったのです」
「オディウムは自分が邪魔者を排除してきたから、他人も同じことをしてくると思っているのかもね」
イーヴァリが肩を竦めた。
「フォルトゥナ帝国の皇帝という地位に昇りつめながらも、それが彼から安らぎを奪うことになってしまったのは皮肉と言えますね」
憂いを帯びた表情で、ソフィアが言った。
彼女の言葉を聞いて、ロデリックはアンネリーゼが即位した後のことに思いを馳せた。
――大の男でさえ押し潰される重責を、アンネリーゼが背負うことになるのか。だが、この子には他者を受け入れる素直さがある。オディウムという男とは違うだろう……
会議は一旦終了し、ロデリックもアンネリーゼと共に会議室から出ようとした。
「ロデリック殿、少しお話したいことがあるのですが、私の執務室へ来ていただけますか」
そう声をかけてきたのは、フィリップだった。
「アンネリーゼではなく、俺に? それは構いませんが」
「私もいっしょでは、いけませんか」
ロデリックが承諾すると同時に、アンネリーゼが言った。
「もちろん、構いませんよ」
フィリップが微笑むと、アンネリーゼは安堵する表情を見せた。
「それなら、僕も行きます。僕も、アンネリーゼの護衛ですから」
「やれやれ、賑やかなことだな。まぁ、いいだろう」
いつの間にか傍に来ていたシャルルに声をかけられ、フィリップが苦笑いした。
四人は連れ立って、フィリップの執務室へと入った。
「ロデリック殿は古代魔法文明時代に生み出された『魔導生物』ということで、いろいろとお聞きしたいことがあります」
ロデリックに椅子を勧めながら、フィリップが言った。
「もしかして、父に対して研究者として興味があって……ということですか?」
「ええ、君も魔術師として興味ありませんか?」
いつになく生き生きしているフィリップを見て、アンネリーゼも驚きを隠せないようだ。
普段の感情を見せまいとする態度とは異なる、フィリップの様子に、これが彼の素顔なのかもしれないと、ロデリックは思った。
「……なるほど、ロデリック殿は物理攻撃を受けて損傷しても、すぐに身体の組織を再生して元に戻れると。そして、相手のほぼ全身を『捕食』しなければ、その相手の姿に変身できない……自分が知る生物の常識からは考えらませんね。やはり、古代魔法文明時代の技術は凄い……」
ロデリックから聞き出したことを、びっしりと帳面に書きつけながら、フィリップは何度も頷いている。
「生憎と、自分がどうやって作られたのかまでは分からないんだ。それが分かれば、当時の技術を再現できるかもしれないが。……そういえば、ネカトルと戦っている時に感じたことがある」
「ネカトルと?」
ロデリックの言葉に、フィリップの表情が少し強張った。
「上手くは言えないが、奴を前にして……人間の感覚で言えば『懐かしさ』のようなものを感じた」
「それって、あのネカトルも、お父さんのように古代魔法文明時代の存在かもしれないということ?」
アンネリーゼが、緊張した様子で口を挟んだ。
「確証はないが、その可能性はあると思う」
「たしかに、ネカトルは二十年経っても姿が変わってないという話でしたよね」
シャルルも、思い出したように呟いた。
「ネカトルがロデリック殿のような……失われた高度な技術で生み出された存在だとすれば、無詠唱で魔法を使えることにも、ある程度は納得できる気がします。たとえば、奴自身が魔導具のようなものだとか……まぁ、想像の域は出ませんが」
フィリップは自分の言葉が信じられないとでも言うように、小さく息を吐いた。
「正直言えば、奴には二度と会いたくはないがな」
ロデリックは、ネカトルと戦った際のことを思い出して、微かに身震いした。




