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自分を作るもの

 人目を(はばか)るように、ロデリックは事情聴取の名目で王城内の一室へと連れて行かれた。

 同席しているのはアンネリーゼの他、フィリップとシャルル兄弟にホルスト、イーヴァリ、ソフィアら四か国の代表だ。

 彼らの側近や、元帝国騎士バルドなど、ロデリックの本性を目撃した者も含まれている。


「……拘束もなしとは、俺が恐ろしくはないのか」


 椅子に座らされたロデリックは、自身を囲んでいる者たちを見回して言った。


「ロデリック殿がその気になれば、我々が何をしても抑えられないのは、さっきの戦いを見れば明白だからな」


 ホルストが、肩を竦めて言った。


「父は、そんなことしません! もし、父が皆さんに危害を加えるようなことがあれば……」


 ロデリックに寄り添っているアンネリーゼが、いつになく厳しい表情を見せた。


「……父を殺して、私も死にます」

「アンネリーゼ……」


 ロデリックは娘の言葉に目を見開いたが、同時に、自分に対する彼女の信頼と覚悟を感じ、胸が締めつけられた。


「もちろん、私は、お父さんのことを信じてるからね」


 アンネリーゼに微笑みかけられ、強張っていたロデリックの身体から少し力が抜けた。


「では、ロデリック殿に質問させてもらえますか。あなたは、一体何者なのです」


 言って、フィリップがロデリックの目を見据えた。


「……何と言えばいいのか……俺は目覚めた時、古代魔法文明の遺跡と思われる場所にいた。今思うと、あれは何かの研究施設だと思う。俺は、そこにあった硝子(ガラス)容器の中で……おそらく、かなり長い時間を休眠状態で過ごしていた」


 ロデリックは、改めて遺跡で目覚めた時のことを思い出しつつ、ぽつぽつと語りだした。


硝子(ガラス)容器?」

「お前も見ただろう。俺の本当の姿は……あの粘液のようなものだ。あの姿で、大きな瓶に入れられていた」


 首を傾げるアンネリーゼに、ロデリックは口籠りながら説明した。人間として暮らす中で、半ば忘れかけていた自分の本当の姿を思い返し、彼は今更ながら娘に拒絶されないかという不安を覚えた。


「目覚めたばかりの俺は思考も感情も持たず、ただ『生き延びなければ』という本能のようなものに従っていたような気がする。そして、もう一つ、俺は『捕食』した生き物……相手の生死には関係なく、その姿や能力、記憶を利用できる力を持っている。容器から出たあとは、森の中を彷徨いながら、様々な生き物を『捕食』し、俺は幾つもの能力を獲得していった」


「……つまり、『竜』も『捕食』したということ?」


 イーヴァリが、信じられないと言った顔で、ロデリックを見つめた。


「俺が『捕食』したのは、既に死骸になったものだった。その時は、大きなトカゲだと思っていたが……」


「待て、今の姿は、やはり『捕食』した人間のものということになるのか?」


 ホルストも、ロデリックに訝しむような目を向けた。


「そうだ。ただし、これも既に遺体になっていたもので、俺が殺害した訳ではない。彼が心臓発作で死亡した直後に、俺が行き会ったんだ」


 ロデリックは、思わず首を何度も横に振って答えた。


「この姿の元になった人間は、『コンラート』という名の傭兵だ。彼の遺体を捕食した俺は、その記憶や知識を得て、人間と同じように思考することができるようになった」 


「……半分が粘液生物の姿をしたロデリック殿を見ていなかったら、にわかには信じがたい話ですね」


 フィリップが言って、小さく息をついた。


「結局、以前フィリップ……エティエンヌ殿が話していた、俺の正体についての仮説は、おおよそ当たっていたということになるな」


 ロデリックは、当時の冷や冷やした気持ちを思い出し、苦笑いした。


「あの、お父さんは、どうして私を拾ったの?」


 それまで黙って話を聞いていたアンネリーゼが、ロデリックに問いかけた。


「『コンラート』の遺体の傍に、赤ん坊のお前が転がって泣いていたから、放っておけなかった。俺に流れ込んできた『コンラート』の記憶によれば、彼はアンネリーゼの殺害を命じられていたらしい。ただ、お前の素性は知らされていなかった。だから、俺も、まさかアンネリーゼが皇族だなどとは夢にも思わなかった」


 そう言ってから、ロデリックは、一旦口を(つぐ)み、再び口を開いた。


「今の俺は、娘の……アンネリーゼの無事と幸せだけが望みだ。俺の行動の全ては、その為のものだ。あんたたちにとって『化け物』でしかない俺の言葉など、信じてもらえないかもしれないが」


 俯くロデリックの背中に、アンネリーゼが、そっと手を当てた。

 言葉はなくとも、その華奢な手の温もりから、彼女の気持ちが伝わってくるように、ロデリックには思えた。


「ふむ、これは、情報の統制が大変ですね」


 少しの間を置いて、フィリップが言った。


「とりあえず、ロデリック殿の半身が粘液生物になっているところを見た者には箝口令を敷いて、『竜』の正体は不明であり現在調査中、ということにしておくのは如何でしょうか」


 フィリップが一同の顔を見回すと、居並ぶ者たちは異議なしとでもいうように頷いた。


「俺の処分は、どうなるんだ?」


 彼らの思いがけぬ淡泊な反応に戸惑いを覚えつつ、ロデリックは問うた。


「処分も何も、これまでどおりということでしょう。そうですよね、エティエンヌ様」


 ソフィアの言葉に、フィリップが頷いた。


「ロデリック殿の力は、いざという時の切り札になるだろうしね。本気で暴れられたら、街の一つや二つは消し飛びそうだから、使わずに済めば、それに越したことはないけど」


 そう言って、イーヴァリが片方の口角を上げた。


「という訳で、ロデリック殿、これからも頼らせてもらいます」

「そ、それは、もちろん構わない」


 フィリップの言葉に答えるロデリックを、アンネリーゼが微笑みながら見つめた。


 話し合いが終わり、一同が三々五々と退室する中、ロデリックとアンネリーゼにホルストが近づいてきた。


「厳しいことを言って、申し訳なかった」


 ホルストの思わぬ言葉に、ロデリックとアンネリーゼは首を傾げた。


「いや……ホルスト殿も人々を守る役目がある訳だし、当然のことだったと受け止めている」

「そう言ってもらえると、こちらもありがたい」


 ロデリックの言葉に、ホルストは安堵の表情を見せた。


「一人くらいは、ああいうことを言う者がいないと、後々かえって面倒なことになるかもしれないと思ってのことだった。ステラ姫も、さぞ気分を害しただろう」

「たしかに、ホルスト殿が強硬な態度を見せた反動で、他の方たちの言動が柔らかくなった感があった。そこまで考えてのことだったとは」


 ロデリックが言うと、アンネリーゼも、はっとした顔を見せた。


「そうなのですね。頭に血が昇ってしまって、そこまで考えられませんでした。私こそ、ひどいことを言って、申し訳ありません」

「いや、ステラ殿は、まだまだお若い。人の言葉の裏まで読むのは難しいでしょう」

「はい……でも、これから勉強させていただきます」


 アンネリーゼの言葉に微笑むと、ホルストも部屋から出て行った。

 室内に残るのは、ロデリックとアンネリーゼのみになった。


「ありがとう、アンネリーゼ」


 ロデリックは、アンネリーゼの肩に手を置いた。


「え? 何が?」

「俺を拒絶せず、それどころか守ろうとしてくれて……俺は、お前に嫌われ見捨てられることだけが恐ろしかったんだ」

 

 きょとんとしているアンネリーゼを見つめながら、ロデリックは言った。 


「私がお父さんを嫌ったり見捨てたりなんて、する訳ないでしょ!」


 そう言うと、アンネリーゼはロデリックの胸に顔を埋めた。


「お父さんが私を拾ってくれなければ、確実に死んでいた……今の私があるのは、お父さんのお陰なんだよ」

「それは……俺が『捕食』した『コンラート』の思考や感情を模倣したに過ぎないのかもしれない……お前を保護しなければと思ったのも……」

「そんなこと……」


 ロデリックの言葉を聞いて、アンネリーゼが彼の顔を見上げた。


「考えてみれば、俺のこの姿も、まがい物だ。人間として暮らす為に『コンラート』の記憶や知識は役立ったが、どこからどこまでが『自分』なのか、俺自身にも分からないんだ」


 常に心の隅から消えることのなかった不安を、いつしかロデリックは吐露していた。


「私は……今の自分があるのは、お父さんが沢山愛してくれた結果だと思ってるの。人間は、それまでに触れてきたものによって作られるって、本で読んだわ。お父さんだって、それは同じじゃないの?」

「そうだろうか……」

「お父さんが自我を持った時、既に『コンラート』という人の記憶があったかもしれないけど、そこから先は、お父さんが経験したことでしょ? それは、お父さんだけのものだよ」


 ロデリックを慰め、また教え諭すように語るアンネリーゼの姿が、彼には頼もしく見えた。


「……お前に、そう言ってもらえて、少し落ち着いたよ。いつの間にか、しっかりした子になっていたんだなぁ」

「それも、お父さんのお陰なんだよ」


 ロデリックに頭を撫でられながら、アンネリーゼは微笑んだ。

 彼の不安は簡単に拭えるものではなかったものの、娘の気持ちは、なにものにも代えがたいと思えた。

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