帝都ポラリス
「ステラ姫」ことアンネリーゼを旗印にした解放軍は、オーロール王国の王都ミラージュを発った。
フォルトゥナ帝国の正当な皇位継承者として、現皇帝のオディウムへ「ステラ姫」に対し統治権の返還を求めるのが目的だ。
「ステラ姫」に従う意思を示した帝国兵たちに加え、これまでに解放したオーロール、ラウハ、ルーエ、ヴァッレから集まった義勇兵、そしてリベルタ自治都市連合を始めとする周辺国からの援軍により、解放軍の兵力は一万を超えるまでに膨れ上がっている。
もはや彼らの進路を妨げる者はなく、解放軍はオーロールとフォルトゥナ帝国との国境へと差し掛かった。
国境に設けられた城壁の上には帝国兵たちがずらりと並んでいる。
しかし、ロデリックは彼らから敵意を感じられなかった。
彼の馬に同乗しているアンネリーゼも同様らしい。
「『ステラ姫様』のご帰還を歓迎いたします! どうぞ、お通りください」
拡声魔導具を通した男の声と同時に、閉ざされていた城門が重たい音を立てて開かれていく。
「行こうか」
ロデリックが声をかけると、アンネリーゼは力強く頷いた。
馬の腹に軽く蹴りを入れ、ロデリックは、ゆっくりと進んだ。彼とアンネリーゼを先頭に、解放軍の兵士たちも粛々と行軍を再開する。
アンネリーゼが兵士たちに手を振ると、大きな歓声が上がった。
帝都へ向かう街道の両脇には、国境警備隊と思われる兵士たちが並び、まるで凱旋してきた王を迎えるかのようだ。
「すごい……先帝の孫という血統が、ここまで物を言うとは」
護衛として騎馬でロデリックたちに付き添っているシャルルが、居並ぶ帝国兵たちを見回し、呟いた。
「それだけ、国民がオディウムの支配に否定的ということでしょう」
同じく護衛を務める元帝国騎士バルドの言葉に、アンネリーゼが緊張した表情を見せた。
「私が、期待に応えられるようにしないといけないということね」
「君なら大丈夫だよ。それに、兄上や、他の国の王族や代表たちも、きっと相談に乗ってくれるさ」
シャルルが言うと、緊張していたアンネリーゼの顔が再び和らいだ。
解放軍は無事に国境を越え、更に帝都へ向かって歩を進めた。
途中で通過した幾つかの集落や街でも、彼らは歓迎され、既に帝国民の間でも、「ステラ姫」に統治権が返還されるという認識が広がっているのが見て取れた。
やがて、ついに解放軍は帝都ポラリスの前に到着した。
帝都郊外の平原に陣を張った解放軍は、「ステラ姫」の名で現皇帝オディウムへ書状を送った。
内容は、統治権の返還についての話し合いの申し込みについてである。
「場所は、帝都中央にある広場を指定してあります」
帝国側の使者に書状を託してから、フィリップが言った。
「……まぁ、反体制組織の方たちや、ダヴィド殿やバルド殿といった帝国関係者の方たちの案でもありますけどね」
解放軍に同行していたダヴィドも、口を開いた。
「中央広場は、皇帝が重要な演説を行ったり、あらゆる式典が行われる場所ですが、同時に多くの国民が集まることもできます。衆人環視の中であれば、オディウムも、策を弄しづらくなるでしょう」
「話し合いの内容も、そのまま伝わる訳で、公平ということか」
なるほどと、ロデリックは頷いた。
「仮に、話し合いを拒否されたら……武力衝突の可能性もあるよね?」
「帝国の兵力を全て合わせれば解放軍の一万余など優に超えるだろうが、国境を越えてから見てきたように、彼らは我々――いや、『ステラ姫』と戦いたくないのだ。ネカトルの姿が見えない今、オディウムに従う者がどれほどいるかというところだな」
心配そうなイーヴァリを励ますように、ホルストが言った。
「私、ちゃんとお話できるでしょうか……今から、とても緊張してきました」
「話し合いの場には、私たち四か国の代表もご一緒します。だから、気持ちを楽にしてくださいね」
硬い表情を見せるアンネリーゼの背中を、労わるようにソフィアが擦っている。
「もちろん、俺も護衛として傍にいるからな。いざとなれば、『あの力』もある」
ロデリックが言うと、アンネリーゼは彼の顔を見上げた。
「そうね……でも、お父さんの『力』は大きいから、使わずに済むのが最善よね。そうなるように、頑張るね」
どのような時でも他の人間たちへの思いやりを忘れない――そんな娘の姿に、ロデリックは誇らしさと共にいじらしさを感じ、彼女の頭を撫でた。
中央広場における話し合いについて、オディウムが承諾したとの報が届いたのは、翌日のことだった。
思いの外すんなりと返答があったことに対し、解放軍幹部の中には、何かあるのではないかと訝しむ者もいた。
「ここまで来たら、進まない訳にはいかないでしょう? 私は大丈夫です。皆さんも、力を貸してください」
そう言って皆を鼓舞しながらも、アンネリーゼの手は隣にいるロデリックの服の端を、こっそりと掴んでいる。
自分の存在が彼女に勇気を与えているのだと、ロデリックは武者震いした。
指定された時間が近付き、アンネリーゼと四か国連合解放軍の幹部、そしてロデリックやシャルル、バルドその他の護衛役たちは、帝都中央広場へと移動した。
解放軍の本隊は帝都の入り口付近で待機させている。残っている王族の側近や援軍の代表者たちには通信用の魔導具を渡し、いざという時に備えてもらっていた。
古くからの大国と言われるだけあって、その首都であるポラリスは絢爛な建物が建ち並ぶ大都市だ。
ロデリックたちが案内された広場は、やはり立派なもので、その中央には舞台のように高台が設営されている。
一般民衆が立ち入りを許されている区域には、既に多くの国民がひしめいていた。
「まるで式典のときのようだ。オディウムは、この期に及んで自分の地位の正当性を主張するつもりかもしれないな」
「何か、勝算があるというのだろうか」
バルドの言葉に、ロデリックは体内がざわつく感覚を覚えた。
その時、広場の反対側から、護衛らしき兵士たちに囲まれた一団が姿を現した。
緻密な柄の織り込まれた上質な生地に金糸で縁取りが施されているローブをまとった五十がらみの男が、ゆったりと歩いてくる。その周囲には、官僚と思しき者たちが付き従っていた。
「来たか……あの豪華なローブを着た男がオディウムです」
忌々しそうに、ダヴィドが小声で言った。
「周りにいるのは宰相や各部門の大臣……心ある者は皆、中央から遠ざけられたり粛清されてしまった為に、残っているのは奴に盲従する取り巻きばかりになってしまいました」
――以前バルドから聞いた通り、オディウムという奴は中肉中背で見た目には平凡というか無害そうな男だ。だが、たしかに、俺にとって不快な「匂い」がする……
ダヴィドの言葉を聞きながら、ロデリックは初めて目にするオディウムを観察した。
所定の時間になり、「ステラ姫」ことアンネリーゼと連合解放軍幹部たち、そしてオディウムの一団は、それぞれに設けられた席へと着いた。
同時に、ロデリックは他の護衛たちとアンネリーゼを守るべく配置に就いた。
「ステラ・フォルトゥナでございます。話し合いの申し入れに応じていただき、感謝しております」
挨拶を済ませると、アンネリーゼが口を開いた。
「私は亡き先帝陛下の孫、つまり皇位継承権を持っています。様々な事情により故国を離れていましたが、多くの方たちの助けをいただき、帰還が叶いました。つきましては、オディウム様が先帝から譲られたという統治権の返還を要求したく存じます」
凛とした表情で、アンネリーゼは言った。言葉は柔らかいが、そこには何一つ譲れないという確固たる意志が感じられるものだった。
「大変なご苦労をなさったとのこと、心中お察しいたします。しかし、それにはまず、ステラ様が本当に先帝陛下の血を引いてらっしゃるという証明が必要です」
オディウムが、張り付いたような笑顔で答えた。
「あれを持て」
彼が言うと、一人の若い男が、宝石で美しく装飾された小箱を捧げるように持って現れた。
「ここに入っているのは、先帝陛下の遺髪です。こちらと、ステラ様の髪を使って、血縁を確認する魔法によって真偽を確かめたく……よろしいですね?」
オディウムの言葉に不快感を露わにしたのは、ホルストら解放軍幹部である王族たちだった。
「無礼な……」
「なに、あなたたちが他人の空似の小娘を引っ張り出して人々を謀っている可能性もあるでしょう? そうでないと証明するのに何の不都合が?」
「そうですね、私としては問題ありません。承知いたしました」
オディウムの言葉に、アンネリーゼが緊張した面持ちで答えた。
――ここで、アンネリーゼが先帝の血を引くことが確実になれば、オディウムにとって都合の悪い要素が増える筈だが……奴は何か……アンネリーゼを排除する策を考えているのではないか?
ロデリックは、固唾を呑んで成り行きを見守った。




