第52話 赤耳の名声
プラタノ原生林を後にしてしばらく――。
ガルーの背中に乗っているセフィラ、シャロ、オデット、ムニャーは一足先にバナンバ原種の味を堪能していた。
ゴールデントレントを退治しても、原生林に広く分布したソルジャー種を絶滅させたわけではない。
変わらず花粉は舞っているから、そのアレルギー対策としてバナンバ原種を……というのは建前で、本当はただただ美味しいバナナを早く食べたかっただけだ。
「はい! ムニャー、あ~んしてください」
「ムニャ~ン」
虹色の皮をむいたバナナを、ムニャーの口へ運ぶセフィラ。
バナンバ原種といえど、皮をむいたら中身は黄色い。
「むにゃむにゃむにゃ……ムニャッ!?」
バナナを噛み締めていたムニャーの毛が、ぞわわっと逆立つ。
大きなまん丸の目もぐわっと大きく見開かれる。
そしてバナナを飲み込んだムニャーは、すぐさま次の一口を求めて口を開くのだった。
「ふふふっ、そんなに美味しかったですか? ムニャーはよく頑張りましたから、遠慮せずにたくさん食べていいですからね~」
荷車に入り切らなかった分のバナンバ原種を、セフィラたちは持てるだけ持ってきた。
それは自分たちへのご褒美であり、ムニャーにとっては体を元気にする大事な栄養になる。
「……なぜだか、やたらと馬車を見かけるな。それも、バナンバタウンに近づくほど増えてきた」
荷車を引いて歩いているガルーが言う。
今現在、ガルーはバナンバタウンに通じている街道を進んでいる。
石畳で舗装されたようなシャレた道ではないが、人や馬の足によって踏み固められた歩きやすくて広い道だ。
そして馬車はセフィラたちの前にも後ろにもいて、わき道から街道に合流してくることもある。
目的地としてはバナンバタウンか、以前セフィラたちが越えてきたダムドー峠が考えられるが……。
「我のように満載の荷物を運んでいる馬車が多いな。峠を越えるには少々過剰な荷物に見える」
「となると、みんな目的地はバナンバタウンでしょうか? でも、今のバナンバタウンは花粉まみれで、アレルギーの対策になるバナンバ原種も手に入らず、人が寄り付かないという話でしたが……」
セフィラは腕を組み、首をかしげる。
花粉アレルギーの問題を解決するためにオデットは呼ばれ、セフィラたちとこうしてバナンバ原種を手に入れて、今まさに勝利の凱旋中だ。
まだセフィラたち以外に、この任務の成功を知る者はいない。
アレルギーの心配がなくなり、バナンバタウンに人が戻ってくるようになるのは、まだ先になるはずだった。
「何が理由で、みんなバナンバタウンに集まってきたんでしょうかね~?」
「まあ、街に帰ればわかるだろう」
他の馬車と共に歩みを進めるガルー。
やがてバナンバタウンまで帰ってきたのだが……街の入り口は無数の馬車でごった返していた!
「な、なぜ渋滞が起こるほどに人が集まってきているのだ!?」
流石のガルーも驚きを隠せない。
花粉アレルギーを恐れて街に人が来なくなった――という前提条件が完全に崩れている光景だ。
当然ガルーも混雑が解消されるまで待たされる。
その間にセフィラは、馬車に乗って街にやってきた人々の話を聞くことにした。
「すみません! そこのお方、少しお話聞かせてもらえませんか?」
鉱石が積まれた重そうな馬車を、二頭の巨大馬で引っ張っている御者に話しかける。
この御者の中年男性は、ガルーを見てもそこまで驚いた様子がない。
人によっては神獣の姿を直接見たことがなかったり、そもそも大して興味がない人も当然いる。
姿を見られても正体に気づかれないことだって、ままあるのだ。
「失礼ですが、どのような目的でバナンバタウンに来られましたか? あと、街には花粉が舞っているということをご存じですか?」
「ああ……目的は見ての通り、ただの石運びさ。この時期に花粉が舞ってることは当然知ってるよ。最近までアレルギー対策のバナナがなくなってたことも含めてな」
「えっ……!? そこまでご存じなら、どうしてこのタイミングでバナンバタウンに……?」
驚くセフィラに、その御者は明快に答えた。
「そりゃ、あの赤耳のオデットが解決に動いたと聞きつけたからな! 元勇者部隊のS級冒険者が動いたとあれば、その問題はもう解決したも同然! さっさとバナンバタウンに行って、売るべきものを売ろうと思っただけのことさ」
オデットが動けば、問題は解決する――。
今まで人々のために働き、積み重ねてきた信頼が大きなものだと、証明するような言葉だった。
「おそらく、今ここに駆け付けたような奴らは、みんな俺と同じ理由で来てるんだと思うぞ。街を転々とする商売人は、多かれ少なかれオデットに助けられてる。モンスターの退治や、壊れた道の修復とかでな。だから、それだけ信頼も厚いってわけよ」
話を聞いていた周りの人々も、その言葉に同意するようにうなずいていた。
セフィラは胸に熱いものを感じた。
まるで自分が褒められているように嬉しかったのだ。
「みなさんこう言ってくれてますよ、オデットさん!」
セフィラは振り返って、ガルーの背の上を見る。
しかし、オデットの姿はそこになかった。
視線を上下左右に振ってその姿を探すと……バナナの山の陰から赤い耳が飛び出しているのが見えた。
オデットは荷車の後ろに姿を隠していたのだ。
「ねえねえ、オデットさん!」
「き、聞こえてたよ……!」
ひょこっと顔を出したオデットの顔は、照れ臭さで真っ赤になっていた。
頭の上の猫の耳だけでなく、側頭部の人間の耳まで真っ赤になっている。
「驚いた……ご本人登場とは! というか、今まさにバナンバ原種を取って帰ってきたところかい! 流石は赤耳のオデットだ、俺の推測に間違いはなかった!」
御者は手を叩いて喜ぶ。
すると、周りの人々もオデットやバナンバ原種の存在に気づいていく。
オデットの周囲は称賛の声や拍手であふれ、それはどんどんと広がっていく――。
「えへへっ……どうも、どうも……! ありがとうございます……!」
赤い顔のままで、オデットは人々に手を振る。
ちょっと恥ずかしい……けど嬉しい。
自分のやってきたことは正当に評価されているのだと、実感するには十分な出来事だった。
そして、いつもならば大きな信頼をプレッシャーにも感じただろう。
だが今のオデットには、シャロが思い出させてくれたグラストロの言葉が胸にある。
一刻総世――この一瞬が、世界のすべて。
オデットは今、人々の言葉を素直に受け取り、純粋に感謝することができた。




