第51話 夢のバナナ
「ギシシ……ギギシシシシ……ッ!」
ゴールデントレントは幹の裂け目から乾いたような音を発する。
まるで人間の笑い声を真似ているようだ。
「こ、こんなモンスター……倒せるんですか……!?」
目に刺さる輝きと巨大さ、そしてこちらをあざ笑っているかのような不気味さに、シャロはすっかり怯え切ってしまう。
オデットはそんなシャロをひょいっとガルーの背中に乗せた後、一人でゴールデントレントへ近づいていく。
「オデットさん……! 一人で行かせていいんですか、ガルー様!?」
シャロの問いに、ガルーはうなずく。
「問題ない。これ以上は過剰戦力だ」
シャロには妙に落ち着いて見えるセフィラとガルー。
まるでゴールデントレントが、今まで倒してきたモンスターと大差ない敵だと思っているような……。
「見ててくださいよ、シャロさん。そう長くはありませんから」
同じくガルーの背中に座っているセフィラにそう言われ、胸騒ぎを覚えつつもシャロは見守ることにした。
オデットの、たった一人の戦闘を……。
「ギシシィィィィィィーーーッ!!」
一層大きな音を出し、ゴールデントレントは迫ってくるオデットに向かって黄金の葉を飛ばす。
その一枚一枚が鋭い刃で、名刀のような切断力を持っている。
さらに黄金の枝を触手のように伸ばし、オデットの体を刺し貫かんとする。
こちらも先端が鋭く、生半可な鎧なら簡単に貫いてしまうほどの貫通力を持っている。
並の冒険者なら、死を覚悟するであろう猛攻を前に、オデットがやったことは今までと変わらない。
両手の深紅の爪を勢いよく振り回すだけだ。
シャロの動体視力では赤い残像にしか見えないほどの早業で、すべての黄金の葉と枝を金粉のように細かく刻んでいく。
「ギ、ギシシ……?」
ゴールデントレントには、目の前で起こっていることが理解できない。
自分とオデットの実力の差、どれほど無謀な戦いだったのかを理解するには、時間が足りなかった。
すでにオデットは懐深くに入り込み、その爪で幹を削り始めていた。
ゴールデントレントの顔のように見えていた亀裂はすぐになくなり、巨大だった樹木がオデットを中心にペースト状になるまで刻まれていく……。
「……やっぱり、みんなの言う通り体に疲れが溜まってるのかも。想定よりちょっと時間がかかった」
三メートルほど土を掘り返し、根まで刻み終えたオデットは、そのクレーターのような穴の中心で言った。
周囲には土と金色のペーストが飛び散っている。
「シャロよ、これが『赤耳のオデット』だ。かつての王国軍最重要戦力の一人。魔人軍ではオデットの首を持ち帰った者は、無条件で大将になれるとまで言われた兵士なのだ」
シャロは絶句していた。
ガルーの言葉に返事もできない。
普通の人間なら、オデットに対する強烈な恐れを抱いて当然の数秒間だった。
だが、シャロは知っている。
彼女もその力ゆえに思い悩み、調子を狂わせることもある、ただの一人の人間だと言うことに。
「……よしっ!」
シャロはそうつぶやき、毛を掴みながらガルーの背中を降りる。
そしてオデットが作ったクレーターを覗き込み、意を決してその斜面を駆け降りていく。
「あっ、わっ、おわわわっ!?」
斜面で勢いがつきすぎて、危うく転がり落ちそうだったところをオデットに抱きとめられる。
「こらこら、せっかくシャロちゃんを安全なところに預けて戦ったのに、こんなことで怪我されたら困っちゃうよ」
「す、すみません……! ただ、近くでオデットさんはすごいってことを伝えたくって!」
「そう? すごいというより、怖かったんじゃない?」
ずっと世のため人のために戦い続けてきたオデットには、守った人に恐れられる経験など多々あった。
ちやほやされたくて戦っているわけではないとしても、命を張った戦いの後に冷たくされれば、傷つくのが人間だ。
今回もそうなのではないか……と、思わずオデットは尋ねてしまった。
だが、シャロの返事は違った。
「驚きはしますけど、怖くなんてありません。オデットさんはその力を誰かのために使うことしか考えない人って……知ってますから。そういう人が力を持っていることは、この世界にとって幸運なことだと思います。まあ、オデットさんの場合は、もう少し自分本位になってもいいかもしれませんけど!」
曇りなき瞳で、シャロはそう言った。
オデットの存在は、この世界にとって幸運なのだと……。
「ありがとう、シャロちゃん。君は私にとって幸運の女神様さ。ここで出会えて良かった……心からそう思う」
オデットとシャロ、二人の親密な様子をセフィラたちはクレーターの上から見守っていた。
「むふ~、二人は相性抜群ですね! お互いが、お互いにとっての心の支えになるような、そんな関係です!」
「ああ、まるで我とセフィラのようだ」
そんな会話をしているそばで、ムニャーだけは別の物に注目していた。
それはペースト状になっても黄金の輝きを失わない、ゴールデントレントの残骸だ。
「ムニャ~?」
ゴールデントレントは、モンスターとしては息絶えた。
時間をかけて同種が生まれることはあっても、今戦った個体が復活することはない。
だが、ムニャーには輝きを失わないペーストに、まだ力が残されているように思えた。
実際のところ、ムニャーの思考のほとんどは『綺麗な色で意外と食べたら美味しそう』という興味なのだが、わずかにペーストに対する違和感があって口にできない……という感じだ。
ムニャーの勘は、当たっていた。
飛び散っていた黄金のペーストが、混ざった土を振り落として空中で合流。
オデットたちの頭上に、大きな黄金の塊を形成する。
「ムッ、ムニャッ! ムニャー!」
毛を逆立てて警戒するムニャーだが、セフィラたちは黄金の塊を見つめるだけだった。
「ムニャー、あれはもうモンスターではない。純粋な生命エネルギー、自然の魔力と言ってもいい。それが集まって……新たな何かが生まれる」
特殊なモンスターを倒した時に、まれに起こる現象。
黄金の塊はどんどん圧縮され小さくなっていき……やがて虹色に輝く一本のバナナになった。
虹色バナナはゆっくりとオデットたちのもとへ降りてくる。
「うわっ、ケバケバしいバナナが生まれたもんだ……」
「光を反射してるんじゃなくて、もはや皮が発光してますよね、これ……」
オデットとシャロの虹色バナナに対する第一印象はあまり良くない。
しかし、案の定セフィラの反応は悪くないものだった。
「確かこういう物を『夢かわいい』って言うんですよ。王都にいた時、小耳に挟みました。まるで色使いが子どもの描くバナナのようですし、カラフルでビビッドな見た目は、あふれる生命力を表しているようにも見えます!」
「……セフィラは芸術の評論家にも向いていそうだな。我はもはやアレをバナナとすら認識できん」
ガルーの反応も微妙だが、そのままセフィラは虹色バナナに名前を授ける。
「ゆめかわだから『ドリーミー種』ですっ! バナンバ原種と一緒に、街に持ち帰りましょう。きっと何かの役に立つ……はずです!」
何はともあれ、バナンバ原種を持ち帰るための障害は消えた。
セフィラたちは荷車一杯にバナンバ原種を詰め込み、ドリーミー種は単体でセフィラが預かった。
こうして、バナナ狩りを終えたセフィラたちは、バナンバタウンへの帰路に就いた――。




