第48話 一刻総世《イッコクソウセイ》
伝説の剣といっても、あくまでもシーズ王家内部で受け継がれてきた伝説。
平民出身のグラストロやオデット、他の仲間たちはそんな剣のことを知らない。
いきなり当時の国王の側近に呼び出され、簡素な石の台座に突き刺された剣を引き抜けと言われたので、グラストロはひょいっと引き抜いただけだ。
伝説の剣は金色の柄、白銀の両刃、見た目は非常に美しい。
さらに切れ味は鋭く、魔力への耐性を持ち、魔法をも切り裂くことができる優秀な武器ではあった。
とはいえ、これだけで伝説の実在性を証明することにはならない。
仮に伝説がでっち上げだとすれば、優秀な武器一つで王国軍は『勇者』という象徴を作り出すことに成功したわけだから、なんともお得な話である――。
「葉野菜たちは切れましたよ。玉ねぎは……どれくらい微塵にします?」
「ああ、ペースト状にはしないでくれ。最低でも食感が残るくらいで頼む」
切る作業をオデットに任せたことで、料理は見違えるようにスムーズに進み始めた。
これなら、完成までそう時間はかからないだろう。
「やっぱり、タスクは一つずつ消化していくのが一番だね。それだけに集中しているから手も早いし、出来栄えもいい! マルチタスクはスマートでクールな印象があるけど、結局は限りある思考のリソースを分散しているにすぎないんだってわかったよ」
両手を上げて「もうこりごりだ~」と言わんばかりに手を振るグラストロ。
それに対して、オデットには反論があった。
「とはいえ、戦場ではあらゆることを同時に考えなけらばならない場面もありますから、マルチタスクの能力は高いに越したことはありません」
「そりゃそうだね。なんでも『できる』ことに越したことはない」
オデットの意見を笑顔で受け止めるグラストロ。
彼の言葉は続く。
「でも、私的に優れた人間というのは、同時に襲い掛かってくる脅威に対し、瞬時に処理すべき順序を決めて、その一つずつを順番通りに解決しているのではないか……と思うんだ」
「一つずつを素早くすれば、同時にやるのと見た目は変わらないというわけですか。それはそれで、別種の高い能力が要求されますね」
「ああ、私もなかなか上手くいかないんだ。複雑な戦場にいると、常に雑念が混じってくる。ただ、そんな中でも一つのことを、目の前のことだけに集中する瞬間を持てる人間は強いんだ」
そう言うグラストロの手は止まっていて、視線は目の前の鍋ではなくオデットに注がれていた。
「オデットもこういう考え方もあるって、頭の片隅にでも入れておいてほしいな」
「今一番優先すべきことを見極めて、その解決に圧倒的な集中力を発揮する……ですか」
「そうそう! オデットは話をまとめるの上手だ。私よりも頭の出来がいいし、体も頑丈だ。いずれ私なんて追い越して、もっともっと強くなるはずさ」
「ふふっ、ご謙遜を。勇者様ともあろう方が……あっ」
気がつくとオデットの切っていた玉ねぎはペースト状になっていた。
切ることより、グラストロの話を聞くのに集中していた証拠だ。
「ああ、すまない……。作業の邪魔をしてしまった。食感はなくなったけど、これはこれで玉ねぎのコクが出て美味しくなるよ」
「これも私の未熟さゆえ……。それと勇者様の話が正しい証拠でもあります。完全に意識を持っていかれました」
「それだけ真剣に話を聞いてくれて、私は嬉しいよ」
「実体験と共に、今回の話は覚えておきます……!」
オデットは頬を赤らめながら言った。
◆ ◆ ◆
思い出から現実へ、オデットの意識が戻る――。
(覚えておくと言ったのに……今まで忘れていた!)
だが、完全に忘れていたわけではなかったのだ。
シャロの言葉をきっかけに、頭の片隅に残っていた記憶は完全によみがえった。
「一刻総世だ」
「イ、イッコクソウセイ……?」
突然オデットがつぶやいた謎の単語『一刻総世』。
困惑するシャロにオデットは語る。
「今の一瞬が、世界のすべて――という意味なんだ。要するに余計なことを考えず、目の前のことに集中しろっていう勇者様の教えを、私なりに一言で表現した言葉なんだけど……」
オデットは少し頬を赤らめて、シャロから視線を逸らす。
「なんか自分で作った言葉を人に聞かせるのは恥ずかしくってさ……! 勇者様やセフィラはよく必殺技の名前を叫んでるけど、私にはとてもとても……。でも、口にすることにも意味があるってわかったよ。黙っていた私は、大切な教えを忘れてしまったわけだからね」
「大切な教え……。勇者様はオデットさんのことを、よく理解しておられたのですね」
「うん。ただ強いだけじゃなくて、優しくて穏やかな人だった。あと、人のことを信じすぎる人だったから、よく仲間に冗談を言われてからかわれていたっけなぁ~」
どこか遠い目をしていたオデットだったが、やがて目の前のシャロに向き直る。
「シャロちゃんのおかげで、大切な教えを思い出せたよ。ありがとう!」
「い、いえっ! 私なんかが偉そうなことを言ってしまって、申し訳ないです……!」
「シャロちゃんは正しい。今やるべきことはシャロちゃんを守ることさ」
真っすぐな目でそう言われると照れくさくて――今度はシャロが目を逸らしてしまう。
「あ、あはは……! まあ、オデットさんが安全な場所に運んでくれたので、私を守ることに関してはもう達成されている気もしますが……!」
その時、まるでシャロの言葉を否定するかのように、崖下から何かが飛んできた。
ボトッボトッと鈍い音を立て、巨岩の上を転がるそれは……。
「バ、バナナッ!?」
皮が毒々しい紫色をしたバナナだった!
数は十本以上、一本の長さは一メートルを超え、全体がブルブル震えている。
「驚いたな……。木の根っこだけじゃなくて、バナナ自体もモンスターになっているのか。根の届かないところには、こうやってバナナを飛ばして対応するというわけだ。まったく素晴らしい進化をしている」
紫バナナの皮はひとりでに剥け、割かれた皮がそのまま歩行用の足となる。
むき出しになった実の部分には、無数の目がぎょろぎょろとうごめいている……!
「ううぅ……なんて気持ち悪い……! 流石にアレは食べる気が起きません!」
「見るからに毒がありそうだもんねぇ」
紫バナナはふらふらと歩きながらオデットたちに迫る。
どういう攻撃をしてくるのかはわからないが、敵意を向けていることだけはハッキリわかった。
(今のオデットさんには武器がない……! 逃げないと……!)
しかし、シャロの背後にも紫バナナは飛んできて、退路を塞ぐ。
完全に囲まれてしまった……!
「シャロちゃん、今から『いい』って言うまで、絶対に動かないでね」
「え、あ……はいっ!」
シャロはピタッと固まる。
(理由を聞くのは後でいい。今はオデットさんの言う通りに……!)
その理由はすぐに示された。
オデットの両手の爪がギュンッと伸びたかと思うと、彼女の両腕はハッキリと視認できなくなるほどのスピードで振り回される。
ただ風を切る音だけが、シャロの耳に届く――そして数秒後。
「う~む、今の私はシャロちゃんのおかげで冴えわたってるね!」
周囲を取り囲んでいたすべての紫バナナが、微塵に切り刻まれていた。
明らかにオデットの爪が届かない距離の個体も含めて、例外なくバラバラになっている!
「もう動いていいよ、シャロちゃん」
「あの、これは一体……?」
「爪を振った風圧で、バナナを微塵切りにしたんだよ。言うなれば……風爪微塵かな?」
やはり命名の披露はまだ照れ臭いオデット。
シャロにとっては技の名前よりも、ただただオデットの実力に開いた口が塞がらない。
(あの戦争を生き抜いた人が……S級の冒険者が……剣一本失ったぐらいで戦えないわけなかったんだ……!)




