第47話 勇者と一番弟子
人間と魔人がお互いの国の領地、その境界線を巡って起こった戦争――。
その最前線に投入された勇者グラストロ率いる『勇者部隊』は、連戦に次ぐ連戦の疲れを癒すため、一時的に後方にある物資拠点の街へやってきた。
みんなヘトヘトで、なんのやる気も起きないとボヤく中……突然グラストロが料理を作ってみんなに振る舞うと言い出したのだ。
グラストロが料理を趣味としていることはみんな知っていた。
余った補給物資や、その場その場で狩猟採集した食材を使い、独創的な料理を作っては仲間に振る舞っていた。
しかし、今回は勇者部隊の面々だけでなく、物資拠点の街で働いている兵も食べられるようにと、たくさんの料理を作って見せると言い出したものだから、みんなグラストロが疲れておかしくなっているのではないかと思った。
そのため、勇者部隊の中でもタフで体力が残っているオデットが、グラストロの調理風景を見張ることになった――。
「さぁ、勇者流フルコースを作ってみせよう。高級レストランのような繊細な味と、大衆食堂のようなガッツリ大盛りを両立した、まったく新しい料理をね」
店主が疎開し、空き店舗となったレストランの厨房に、エプロン姿のグラストロが立つ。
両腕の袖をまくり、まずは形からと両腕を組んで、キリッとした表情で仁王立ちをしている。
これで気分は凄腕のシェフだ。
「流石は専門店なだけあって料理器具が揃ってるし、後方の物資拠点だから食材も新鮮だ。そこかしこから芽が出てるジャガイモも、カラカラに乾燥したレタスも、臭いがキツいモンスターの肉もない。これなら、みんなが少しの間でも戦いを忘れられるような料理が作れるだろう!」
「……兵たちのために腕を振るうのはいいですけど、勇者様に無理をして体を壊されては、結局兵たちも困りますよ」
ご機嫌なグラストロに対して、オデットの視線は冷ややかだ。
テンションの低さはもちろん彼女自身の疲労の影響もあるが、わざわざ勇者ともあろうものが料理係を買って出ることが理解できないというのもあった。
「私は別に無理していないさ、オデット。戦いに疲れてはいるが、そういう時こそ何かに集中した方が落ち着くんだ。寝っ転がってボーッとしてると、いらぬことまで考えてしまうからね」
「そういう……ものですか」
「そういうものさ、あくまでも私の場合はね。それとして、オデットはどうなんだい? 部隊の中で一番動き回っているのは君だ。いくらタフでも、みんなみたいに大の字になって地面に転がりたいくらい疲れてるんじゃないか?」
「いえ、私はまだまだ戦えます。……別に戦いを望んでいるわけではありませんが、常に何か目的をもって動いている方が安心するんです」
「そういうものかな?」
「そういうものです」
凡人から見れば、二人とも常識の限界など遥かに超えている戦士だ。
それを本人たちも自覚しているから、他人に自分と同レベルの働きは求めない。
自分が過度に働いていても、それを棚に上げて他人のことを心配する。
そういう意味では、この二人は大変似た者同士であった。
オデットは壁にもたれかかって、グラストロの調理風景を見守った。
たまに雑談を挟みながらもグラストロは手を動かし続け、数十分が経過した頃――。
「……あの、素人目にはあんまり調理が進んでないように見えるのですが」
たまらずオデットが指摘する。
グラストロは複数の料理を同時に作ろうと、広い厨房をウロウロしては、ちょっとずついろんな料理の工程を進めていた。
それ自体はプロのシェフも行うマルチタスクではあったが……グラストロの場合は工程同士の噛み合いが悪く、同時並行というより無駄に手間を細切れにして、タスクを増やしているようにしか見えなかった。
「うーん……一回やってみたかったんだ、マルチタスク。野菜を切ってる間にお湯を沸かすとか、使い終わった調理器具から洗っていく……とかね。その方が早くたくさんの料理を作れそうだったから……」
「今のままでは、どのタスクも満足に進みそうにありませんよ。私が食材を切りますから、勇者様は他のことに集中してください」
オデットがやれやれと、店内から拝借したエプロンを身に着ける。
「失礼だが、料理の腕に覚えは?」
「ありません。ですが、物を切る腕には覚えがあります。指定していただければ、その通りに切り刻みましょう」
「なるほど……それは大変助かる。すまないが、切る工程はよろしくお願いするよ」
グラストロはぺこりと頭を下げる。
勇者だからといって、グラストロに特権意識はない。
そもそも勇者という肩書きは、貴族や王族とはまったく性質が違う。
グラストロは平民の生まれで、元々はモンスターを狩って故郷の平和を守る田舎の狩人でしかなかった。
それが魔人国との戦争が決定的となり、大規模な徴兵が行われたことで、グラストロの才能が王国に知られることとなった。
自然の中で鍛えらえた身体能力、我流を積み上げた戦闘技術、どれも他の追随を許さない。
そして何より、勇者と呼ばれることになった一番の原因は――シーズ王家に伝わる伝説の剣に選ばれてしまったことだ。




