第42話 野を駆ける獣二頭
ディナーの翌朝、早朝――セフィラたちは冒険者ギルドの前に集まっていた。
オデットと出会って間もないシャロすらも、翌日が出発だろうと察していた。
ゆえにこの場に集まった全員が前日のうちに準備を整え、早寝早起きをしている。
朝食は軽めに、そのままのバナナを食べた。
手が加わっていなくても、バナンバのバナナは美味い――!
「私ってそんなにせっかちだと思われてるんだねぇ~」
そんなオデットのぼやきには、全員がうなずくしかなかった。
「ムニャ~! ムニャムニャムニャムゥゥゥゥゥゥ~!」
朝からムニャーはやたら機嫌がいい。
昨日のディナーの時も、料理が口に合ったようでご機嫌だった。
それこそ、食べ終わった後の皿に残ったソースまで舐めとっていたほどだが、今日はさらにご機嫌に見える。
体の動きも出会った時とは見違えるように軽快だ。
「なんか……妙に元気ですね、ムニャー。逆に心配になるほどです」
首をかしげるセフィラ。
ガルーもムニャーのことを気にしてはいるが、さほど心配はしていない。
「人攫いにつけられた傷もほとんど治っていたし、単純に体が元気になったことを喜んでいるのだろう。きっと、この状態がハクアオオヤマネコの……ムニャーの本領なのだ」
「それなら嬉しいんですけど……」
心配するセフィラの目の前で、ムニャーはセフィラの頭を越えるほどの高いジャンプを披露する。
本来猛獣であるムニャーからすれば、これくらいのことはできて当然なのかもしれない。
「そうだ、ムニャーよ。それだけ元気が有り余っているのならば、我と一緒にプラタノ原生林まで走ってみないか?」
「ムニャー!」
ガルーの提案に、ムニャーは即座に返事をする。
その会話に困惑したのはシャロだ。
「いくら元気になったといっても、ムニャーがガルー様と一緒に走るのは無理があるのでは……? 神獣様と大きなネコちゃんとでは、そもそも能力に差がありますし」
「心配することはない。当然ムニャーにペースを合わせるし、あまり遅いようなら我の背中に乗せる。それに我は荷車を壊さんように引っ張らねばならんから、本来のスピードは出せん」
ガルーの後ろには、ロープや革のベルトで体につながれた荷車がある。
プラタノ原生林で手に入れたバナンバ原種を運ぶための荷車だ。
本来は大型の馬二頭で引っ張る大容量の荷車だが、ガルー本来の巨体ならば問題なく引っ張れる。
むしろ、ガルーの本気のスピードには、木製の荷車が耐えられない。
ゆえにそもそも加減をして走る必要があるのだ。
「病み上がりだからこそ、ただただ広い野原を走るのがいいのだ。基礎的な動作だからこそ、体を鍛え直すのにも適している」
「ガルー様がそうおっしゃるのならば、そうなのですね!」
ガルーのことを信用しているシャロはすぐに納得した。
「うっし、荷車の取り付けは完璧や。無茶せんかったら外れへんはず!」
荷車の状態をチェックしていたラカタンが太鼓判を押す。
「こっちも装備は完璧だよ。日帰りだから、そんなに大荷物でもないしね」
武器や防具、食料など仕事に持っていく荷物をチェックしていたオデットからもGOサインが出る。
「では、プラタノ原生林へ出発しましょう!」
セフィラ、シャロ、オデットはガルーの背中に直接乗り、ムニャーは自分の足で並走する。
ラカタンはギルドマスターの仕事があるのでお留守番だ。
「オデットに神獣様もいるから、まあ心配はしてへんけど、油断せずに頼むで! どっさりバナナを期待してまってるからな!」
ラカタンに送り出され、セフィラたちはプラタノ原生林へ出発した――!
◆ ◆ ◆
ギルドからバナンバタウンの外までは、ゆっくり進行した。
街中から最高速で動くわけにはいかない。
途中、街の人々がガルーの巨体を見て驚くかと思いきや、どうやら神獣様がバナンバ原種を取りに行くという話は広まっているようで、口々に応援の言葉を贈られた。
「活気のある街は、ウワサが広まるのも早いな。まあ、我としては恐れられるよりマシだ」
応援されてまんざらでもないガルー。
そうして、街の外へたどり着いたガルーはいよいよ加速する。
最初は荷車の強度を確かめるようにゆっくりと……。
「ムニャアァァァァァァーーーーーーッ!!」
いきなりムニャーが最高速度で走り始めた。
まるで元気になった体を楽しむかのように。
しかし、ムニャーはプラタノ原生林の場所を理解していない!
「おい、どこへ行くつもりだ!」
ガルーが急いでムニャーを追いかけ、その先頭に立って正しい道へ誘導する。
ムニャーはのんきなもので、ガルーを視界に捉えると嬉しそうに後ろをついてくる。
「まったく、ひやひやさせる……」
「想像していたよりも、ずっと脚が速いですね! こんなに早く元気になるなんて、すさまじい生命力です……!」
驚きを隠せないセフィラ。
ムニャーの最高速度は、おおよそ荷車が耐えられる速度の上限に近い。
つまり、ガルーがムニャーのために速度を緩めてあげる必要はまったくなかったわけだ。
少し前まで傷だらけだったとは思えないほど、ムニャーの体は柔軟に動く。
バネのように縮んでは伸びる骨格と筋肉――ただ走っているというより、大地を跳び回っているようにも見えた。
前を見ているガルーの代わりに、その背中の上のオデットがムニャーを見守る。
「速い……! でも、本気を出したらまだ私の方が速いはず!」
謎の対抗意識を燃やすオデット。
体に流れる猫の獣人の血が騒ぐのだろう。
一方、セフィラとシャロはというと……。
「あわわわわわ……っ! 今日のガルーの走りはワイルドです……!」
「か、風が顔に……! 後、ガルー様の毛も……!」
ガルーとムニャーが気持ちよく走るほど速度は上がり、背の上に乗っているセフィラたちは風の抵抗と揺れを受ける。
結果、体幹に優れるオデット以外、ガルーの体にしがみついているのがやっとの状態だった。
それだけの速度が出ていたのだから、プラタノ原生林への到着も予定よりだいぶ早かった。
「よし! ランニングはここまでだ、ムニャー」
「ムニャ~!」
出発の時と違って、ムニャーは素直に指示に従う。
休憩もなく一気に走ってきたというのに、ムニャーは少し呼吸が荒くなる程度の疲労だ。
なお、ガルーの呼吸に乱れはない。
これぞ神獣――という姿をムニャーに見せつけるために、ちょっとだけ無理をしている。
(いきなりこんな速度を出すとは思わなかったから、少しばかり疲れたぞ……。だが、そんな素振りを見せる我ではない!)
そんなガルーの姿を見て、またムニャーは憧れを強めるのだった。




