第37話 見えない傷跡
一方、ギルドの外に出たセフィラたち、そしてオデットは――。
「おおぅ……! もう外は冷え込む時間ですか……!」
通りを吹き抜ける風を浴びて、セフィラは鳥肌が立つのを感じる。
ギルドに来るのが遅くなったので、外に出た時には日がすでに傾いていた。
「この風がバナンバ原種の花粉を運んできているのかと思うと、なんだか複雑ですね……」
シャロはハンカチで口元を抑えているが、花粉予防効果はあまり期待できないだろう。
やはりバナンバ原種のバナナを食し、花粉への耐性を手に入れるのが最も効果的だ。
「セフィラ……さっきはごめんね。私のこと、心配してくれてたのにさ」
バツの悪そうな顔をしたオデット。
セフィラと目を合わせるのも申し訳ないといった感じだ。
「でも、やっぱり考えちゃうんだ。何もしてないと、この時間で何かできるんじゃないか……って。むしろ休んでる方が、心も体も落ち着かなくってさ」
「気持ちはわかります。私も……特別な力を持った人間ですから。でも、特別だからって無敵ではありません。私も、オデコさんも、そして勇者様も」
「勇者様……か。誰よりも強かったのに、誰よりも長生きはしてくれなかった……。やっぱり、葬儀には出ておくべきだったかな……。最期を見送れなかったから、今でも亡くなった実感が湧かない。だから、私自身の末路も想像できないのかもね」
オデットも自分が休息を必要としない無敵の生物だとは思っていない。
だが、目の前にやるべきことがあると思うと、それを忘れてしまうのだ。
「……ディナーまでに少し頭を冷やすよ」
オデットはセフィラたちに背を向けて歩き出し……数歩進んで振り返った。
「ちょっと野暮用を思い出したから、ギルドに戻る!」
そう言って、そそくさとまたギルドの中に入っていってしまった。
「抜け駆けでプラタノ原生林に向かうための芝居だったら……どうする?」
ガルーがそう尋ねると、セフィラは首を横に振った。
「流石にそんなことはしないと思います。それをやったら、ディナーの約束をすっぽかすことになりますから。オデコさんは無茶しますけど、嘘つきではありません」
「なら、いいのだが……。とりあえず、我らは宿に戻ってディナーまでの時間を潰すとしよう。それなりに歩いたし、立ち話も長かったからな。ムニャーは少しばかり昼寝をするといい」
「むにゃ~……!」
大きなあくびをするムニャー。
早く宿に帰りたいのか、率先して前を歩き出す。
その後ろをセフィラたちはついていく。
「オデットさんは……ただ休ませるだけじゃ、ダメだと思います」
ふいにシャロが口を開く。
「あの人は常に働かないといけないという、強迫観念に囚われています。その考え方事態を変えないと、ただ休むだけの時間は、オデットさんにとって苦痛になるような……そんな気がしました」
「シャロさんは人を見る目がありますね。出会って間もないのに、よくオデコさんのことを理解できていると思います!」
「あっ、いえ、私ごときが知ったような口をきいてしまいました……!」
シャロはぶんぶんと手を振って、自分の発言を否定するような素振りを見せる。
だが、オデットとの付き合いが長いセフィラとガルーから見ても、シャロのオデット評は正確だと感じていた。
「オデットの切られた尾のように、これもまた戦争が残した傷跡だ。目に見えない心の傷跡……! 戦場ではオデットのような強者の一挙手一投足が、何人もの人間の生死を分ける。その感覚がまだ消えていないのだ。今でも自分の振る舞いに神経をすり減らさざるを得ない」
ガルーの声には悲しみと怒りが満ちていた。
「だから、戦争などやるものではないのだ。弱者は弱者ゆえに、強者は強者ゆえに、傷を負うだけなのだから……!」
ガルーの激しい感情を感じ取ったシャロは身を縮こまらせ、小さくつぶやく。
「や、やっぱり……私みたいのが知った風な口を挟める話じゃありませんでした……!」
「いや、むしろシャロにはオデットの心を癒せる可能性がある。我らではダメだ。我とセフィラではかつての戦場の記憶が強調されるだけだからな」
「そっ、そうなんですか!? 私が……? どうしてです?」
ガルーの言葉を聞いて、今度は反対に大きい声で叫ぶシャロ。
自分に人の心を癒せるような力があるとは、微塵も思っていないような反応だった。
だが、ガルーにとってはお世辞でも冗談でもなく、本心からの言葉だ。
(我らはかつてシャロを救ったかもしれんが、家族までは救うことができなかった……。それでも、シャロは我らに感謝し、探し求めてくれた。そして、優しい言葉を送ってくれた。そんなシャロだからこそ、オデットの深い傷を癒すこともできるかもしれん)
家族を失うという深い心の傷を、誰かを恨むのではなく感謝で埋めようとしたシャロ。
その優しさは誰かの心の傷も埋められるかもしれない――ガルーはそう考えたのだ。
ただ、この考えを詳しく話と、今度はシャロがオデットを癒さなければならないという使命感を負い、無理に気負ってしまう可能性がある。
それでは負のループなので、ガルーはふんわりとシャロの疑問に答えた。
「それはだな……。シャロが優しい子だからだ」
「私、子どもじゃありません。二十歳の大人ですから!」
「ああ、うん……。そうだったな、すまん……」
ここでまさかの地雷を踏み抜き、ガルーなりの真剣な話は終わった。
果たして、シャロにふんわりとでもガルーの気持ちは伝わったのだろうか……?




