#04
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人工大陸ムー。
正式名称、スピーダ生命科学研究所附属人工大陸は、その名のとおり人工的に造られた大陸で、太平洋のほぼ真ん中に浮かんでいた。
大きさはオーストラリア大陸の約半分で、中央にはさまざまな環境が再現できるよう人工の山脈が設置され、周囲には河川や森林が計画的に配置されているという話だが、残念ながら詳細な地形情報は公開されておらず、不明な点が多い。
財団が地形を公開しない理由は、地球上に存在するありとあらゆる生命種の管理・保管を目的とした「Re方舟計画(リ・ノア・プロジェクト)」のためだといわれている。つまり、地球上の先進的な生命研究を行う場所であるため、地形についてはトップシークレットであり、関係者以外に教えることはできない、というのが彼らの言い分だった。
結果、十年の歳月をかけ、スピーダ財団が建造した地球最大の人工物は、謎に包まれた不気味な場所として周囲から恐れられるようになった。そして、太平洋に浮かぶ、不気味な大陸は、いつしかムー大陸、または人工大陸ムーと呼ばれるようになっていた。
財団の秘密保持は、それだけ完璧だった。
もちろん、上陸者への対応についても、おこたりはない。
上陸が唯一、可能である北の港は事前に財団が発行する許可証が必要で、船便は一日たったの六便しかない。環境保全を理由にそれ以上の行き来を許さず、関係者以外の出入りはほぼ、認めないという徹底ぶりだった。
実際、グレート・スカラー賞祝賀会の場合をのぞいて、部外者が上陸することはない。
しかし、そんな状況であるにもかかわらず、財団は上陸した者の情報を細かく記録し、各施設には防犯カメラを多数設置しているという。
なんとも、不思議な話だ。
だが、もっと不思議なのは、そんな徹底した管理を行っているにもかかわらず、わずか五年の間に、五人もの受賞者が姿を消したということだ。
間違いなく財団はなにかを知っているだろう。
だが、何も語ろうとしない。
グレート・スカラー賞祝賀会の前日、私たちはニュー・ヨコハマ港の展望スペースに集まった。リム・ヨン・スーにウルテマル・ヤマダ・マーカム、ゼノン・クリノにぽち丸……そして、私の五人だ。
展望スペースに集まった我々は、これから乗船する特別客船「ラ・ムー号」を眺めながら、役割の確認を行った。といっても、もともと、ゲストとして招待されているウルテマルとスーについては、特別になにかをしてもらう必要はない。そのまま、ゲストとして、祝賀会に参加してもらうだけでよかった。ただ、そうはいっても、状況が状況なだけに、知らん顔で招待客を演じるのは難しいだろう。
その点は、ゼノンも気になったらしく、自然に振舞うよう事前のアドバイスと緊張しないおまじない(「人、人、人」の例のあれ)を二人に教え、最後に「祝賀会が終わるまでは、絶対になにも起こらないから、心配せずに楽しめばいい」とつけ加えた。その言葉がどこまで本当かはわからなかったが、二人の緊張はずいぶん和らいだようにみえた。
さて、問題は私とゼノンだ。
素性を隠すため、潜入捜査用のIDを用意した私は、それぞれに書きこまれた情報を確認した。私が使うIDには、ウルテマルの秘書としての情報が書きこまれ、ゼノンが使うIDには、小間使いとしての情報が書きこまれていた。
失踪事件の捜査とスーの身辺警護のために用意した偽装ID。
ただし、今回は捜査よりも身辺警護を優先することにした。手がかりのない捜査を優先するよりも、やはり、人命を優先するべきと考えたからだ。もちろん、ウルテマルの警護も行う。協力者になにかあっては申し訳ない。だから、スーと同レベルで警護を行うことにした。
ちなみに今回の偽装IDだが、肩書きのみの偽装で、偽名は使わない。
ヘタな偽名はボロがでるし、そもそも、そこまでする必要がないとゼノンもいうので、肩書きだけの変更にとどめておいた。
いかにムー大陸の管理が徹底しているといっても、警察が発行する偽装IDを見破るのは不可能だ。だから、このカードがあるかぎり、怪しまれず上陸することができる。ただ、心配なのは、いくらIDが完璧でも、肝心の人間が完璧ではないという点だ。
ボロを出せば、疑われるかもしれない。気をつけなくては。
最後にぽち丸。
ぽち丸は――、考えるのが面倒だから、そのまま、ウルテマルのペットとして連れて行くことにした。なんかの役には立つだろう。
ただ、目立つので、人前ではしゃべるなと、だけ言っておいた。
彼はひと言、
「あん?」
といって、私をにらみつけたが、なんとか、ゼノンが説得してくれた。
やれやれである。
私は周囲を見回し、もう一度、ID情報を確認してからカードを内ポケットにしまい、もう一枚のカードをゼノンに手渡した。
ゼノンはいくつかの情報をすばやくチェックすると、あとは興味なさそうにカードをポケットにつっこんだ。あまりに慣れた手つきだったので、ふだんから偽装IDを使っているんじゃないかと疑いたくなるほどだったが、たぶん気のせいだろう……。
確認が終わったところで、「ラ・ムー号」の乗船準備完了のアナウンスが流れた。
そろそろ時間だ。
私が目配せすると、みんなが、小さくうなずいた。




