#03
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「いーやーだ、断る!」
マーカム財団の御曹司、ウルテマル・ヤマダ・マーカムは即座に拒否し、依頼に訪れたゼノンと私をにらみつけた。出されたコーヒーを飲む暇もない。
「なぜ、そんなに嫌がるんですか? ウルテマルさん」
豪華な応接室のソファに腰かけたゼノンは、不思議そうに首をかしげた。単刀直入にことの経緯を説明し、真摯な態度で助勢を求めたにも関わらず、ウルテマルがまるで理解を示さなかったからだ。それどころか、アレルギー反応を起こしたように、彼は拒絶し続けた。
「いやなものは、いやだ。理由なんてない!」
「でも、祝賀会には参加するんでしょう? ケチケチしないで、一行に加えてくださいよ。あなたなら、秘書や小間使いが何人いても怪しまれないんですから」
「無茶いうな。そもそも、うちの財団から、あの祝賀会に参加する人間はいないんだ」
「参加する人間がいない? グレート・スカラー賞の協賛者であるマーカム財団が出席しないなんてこと、あるんですか?」
グレートスカラー賞は、予算の約60パーセントをモーリス財団が負担し、残りの約40パーセントをマーカム財団が負担している。いわば、地球と火星の二大財閥によって、管理運営されている賞なのだ。いくらなんでも、そのマーカム財団が参加しないというのは、おかしい。
ゼノンはうかがうような視線を向けて言った。
「なにか知ってるんですね?」
「知らない。知りたくもない」
再び即答したウルテマルは、強く首をふり、そして口を開いた。
「君子、危うきに近寄らず。きなくさいところに近づかないのが利口な人間のやり方だ。だから、なにも知らないし、知りたくもない。君たちも、よけいなちょっかいを出さないほうが身のためだぞ」
「なるほど……しかし、妙な話ですね。みんな、そこでなにか起きていると気づいているのに、公にせず、しかも、なにもしないなんて」
ゼノンはウルテマルに向かって肩をすくめた。たしかにもっともな話だ。だが、その回答は難しい。
隣で聞いていた私にも、ゼノンの言葉はチクチクと刺さった。そして、そんな私の内心を代弁するかのように、ウルテマルが口を開いた。
「あのなぁ、きみ。世の中には不用意に近づかないほうがいいものもあるんだよ」
「ほー」
「たとえていうなら、そう、モーリス・スピーダは触れたとたん爆発するような、危険な爆弾なんだ」
「なるほど、爆弾ですか。確かに不用意に近づかないほうがいいでしょうね。でも、ウルテマルさん。だからといってですよ。ほかの人がその爆弾に近づこうとしているのに黙っているというのは、いかがなものでしょう。声ぐらいかけてあげたらどうです?」
「どういう意味だ。まるで、ぼくが他人を見殺しにしているみたいな言い方だな」
「まあ、簡単にいうと、そういってるんです」
見る見るうちにウルテマルの顔が真っ赤になった。いまにも烈火のごとき勢いで怒り出しそうだったが、彼はその怒りを押し殺し、努めて冷静に言った。
「自分の身は自分で守るものだ。誰かを当てになんかしちゃいけない。それが世の中の常識ってもんだ。それにだ、他人のために、みすみす窮地に赴く人間がどこにいるっていうんだ?」
「お言葉ですが、少なくとも、あなたのお父上はそういう人ですよ」
ゼノンが反論した。
「なんだって?」
「困っている人がいれば、自ら進んで手を差し伸べ、必ず窮地から救ってくれる。イチタロウ・ヤマダ・マーカムは、そういう人です」
「きみは父を知っているのか?」
ゼノンはその問いかけに一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに応えた。
「まあ、以前にちょっとお会いしたことがありまして」
「以前に、ちょっと? 父はぼくが十歳のときにシリウス星系の惑星探査に出かけたままなんだぞ。一体、どこであったっていうんだ? っていうか、きみいくつだ?」
「……ぼくのことはどうでもいいです。いまはあなたのお父上についてお話しているんですから。あなたのお父上は、とても立派な方でしたよ。未来の子どもたちのために火星開発に力を入れ、それがある程度軌道に乗ると、すぐにシリウス星系の惑星探査に出かけられた。お父上は、いつも自分より、みんなのことを考えて行動する偉大な人でした。また、それができるだけの才覚があった。それなのに、ウルテマルさん、息子であるあなたは困っている人を見て見ぬふりするんですか?」
言いたい放題である。だが、ウルテマルは言い返さなかった。父親と比べられたことが、予想以上に効果を発揮したようだ。
ウルテマルは眉間にシワを寄せたまま唸り、しばらくしてから言った。
「ぼくだって、父のことは尊敬している。だから、できることなら、同じように協力したいさ……でも、モーリス・スピーダを相手にするのは危険だ。彼はムー大陸の王様だからな」
「王様?」
「そう、やりたい放題し放題、わがままな絶対君主って話だ。だから、あそこは治外法権になってる。だろ? シュナイダー警部補」
急に話題をふられた私は肩をすくめた。そんなこと、こっちに聞かないでほしい。ああ、胃が痛い。
「確証はありませんが、そんなうわさもでているようですね」
「そんなうわさもでてるって、きみたち、上からの圧力で捜査権を取り上げられているじゃないか」
ウルテマルは呆れ顔で私を見た。なるほど、そうした情報はすでにウルテマルの耳に入っているのだ。道理で祝賀会の参加を拒否したがるわけだ。
私は言葉を慎重に選びながら、応えた。
「マーカムさん、それは誤解です。この太陽系において、我々、太陽系警察の管轄が及ばない場所はありません。たとえ、それがムー大陸であっても、事件が起きれば、必ず出動し、我々が捜査します。また犯人の逮捕もします。ですが――」
そこで、あえて言葉を区切った。
「それは、あくまで事件が起きれば、という話です」
「ふうん。じゃあ、きみは現時点でなにも起きていないというんだな?」
はい、といえばウソになる。かといって、いいえ、といえば矛盾が生じる。私はしばらく考え、正直に答えた。
「わかりません」
「わからない?」
「はい。だから、私もムー大陸に行きたいんです」
私自身、太陽系警察の対応には納得がいっていなかった。だから、もし、ムー大陸にいけるというのなら、行ってみたいというのが本心だった。これはゼノンがどうこうという話ではなく、一人の警官として、本当にそう思っていた。いま、考えれば、立場を忘れた発言だと思う。まあ、後悔はしていないが……。
ウルテマル・ヤマダ・マーカムは、私とゼノンの顔を交互に眺め、そして、嘆息して言った。
「きみたちの意志が固いのはよくわかった。だが、一つ確認をさせてくれ」
「なんでしょう?」
「もし、スピーダ卿がなんらかの事件の犯人だったら、君はスピーダ卿を逮捕するんだな?」
いままで誰も口にしなかったモーリス・スピーダ卿犯人説を聞いた私は、戸惑いながらもうなずいた。
「もし、犯人ならば、そうなるでしょうね」
「そうか……」
ウルテマルはそうつぶやき、しばらく尖った顎に指を当てて考えこんだ。
「よし、わかった。ぼくもイチタロウ・ヤマダ・マーカムの息子だ。きみたちがそこまでいうのなら、祝賀会に参加しよう。ただし、一つ条件がある。ぼくは一切、捜査めいたことに協力はしない。あくまで部下として、きみたちを同行させるだけだ。上陸後は、きみたちが勝手に動け。それでいいな?」
「もちろん。むしろ、そのほうが好都合です」
ゼノンが満足そうにうなずいた。
「状況がまずくなりそうだったら、部下が勝手にやったことにして、逃げ切ってください。なんだったら、あんな部下は知らないとシラを切ってもらって結構です。上陸さえしてしまえば、こちらのものですから」
「そうか、よし。じゃあ、いざとなったらそうしよう」
ウルテマルはゼノンの申し出をあっさりと受け入れた。そういうところが、父親ような立派な人になれないところじゃないだろうかと思ったが、あえて、指摘するのはやめておいた。
かくして、我々一行は、スピーダ卿の待つムー大陸へと向かった。




