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未来探偵ゼノンと七つの事件  作者: 八海宵一
「05 スピーダの猟犬」
41/47

#02

     *


 時に星暦112年10月3日。

 とある超々々高層マンションの221階B号室に、私はいた。

 というのも、ゼノンが作成したVSG(バーチャル・シミュレーションゲーム)、「五〇円玉二〇枚の謎」について、いくつかの疑問と指摘すべき点を思いついたからだった。

 非番だった私は、手土産にネオ満願堂の「芋きん」を持参し、番犬、ぽち丸と軽い格闘をすませたあと、いつものようにソファに腰掛け、さっそく、気になる点について質問をしはじめた。

「――クリノさん、あの推理はなるほどと思いましたよ。でも、犯人にたどり着く方法が、いささか強引だと思うんです。……その、なんていうか、あの方法じゃなきゃ、ダメなんですか?」

 すると、ゼノンは箱から取り出した「芋きん」をさっそく頬張りながら、肩をすくめた。

「そりゃ、シュナイダーさん。方法はいくらでもありますよ。でも、無難な方法で解決してもつまらないじゃないですか。あれはゲームなんだし、少し、刺激的な方法で回答を導いたほうがおもしろいと思うんだ」

「少し、ね」

 私はHKR(ハウスキーパーロボ)のタカハシくんが淹れてくれたお茶を一口すすり、渋い顔をした。

 そのときだった。

 一人の青年が、すごい形相で部屋に駆けこんできた。

「た、助けてくれ! ゼノン。け、消される! ぼくは消されてしまうよ!」

 顔面蒼白の青年は部屋の中央まで来ると足をもつれさせ派手に転んだが、それでも、執念でゼノンのもとにたどり着き、懇願した。さすがのゼノンもこれにはしばらく困惑し、青年のようすを静かにじっと窺っていたが、相手が誰だかわかると、いつもの落ち着いた口調で言った。

「やあ、リム・ヨン・スーじゃないか。どうしたんだい随分あわてて。殺人犯にでも追いかけられているのかい? ――まあ、とりあえず、ソファに掛けなよ」

 すると、リム・ヨン・スーと呼ばれた青年は、ゼノンの声に安堵したのか、幾分落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がると、ゼノンのとなりに腰を下ろした。彼はいまにも泣き出しそうな顔をしていた。

「似たようなものさ。死神に目をつけられたんだから」

「死神?」

 ゼノンが首をかしげると、スーはすぐに胸ポケットから一通の封筒を取り出した。なかには、すっかり珍しくなった紙製の手紙が入っており、同じく紙製の招待状と案内が同封されていた。

「ほら、見てくれ。スピーダ財団の“グレート・スカラー賞”に選ばれてしまったんだ!」

「それはおめでとう。研究が認められたんだね。よかったじゃなかいか。親友のぼくとしても、鼻が高いよ」

 ゼノンの祝福の言葉に、スーは大きく首をふった。

「違う、そうじゃない! ぼくは生贄にされたんだ!」

「生贄? 一体、なんのことだい?」

 すると、スーは信じられないといった顔で、目を見開いた。

「君、知らないのか? あの賞は呪われているんだぞ!」

「呪われている? グレート・スカラー賞が?」

「そうさ。あの賞は毎年、五人の学者を表彰しているけど、選ばれた学者のうち、一人は決まって、行方がわからなくなるんだ」

「へー。……そうなんですか? シュナイダーさん」

 スーと話していたゼノンが不意に私のほうを見た。やはり、こちらに来たか。しばらく黙ってようすを見ていた私は、しかたなくうなずいた。

「まあ、そうみたいですね」

「ゼノン、この人は?」

 冷静さを取り戻しつつある青年は、どうやら、やっと目の前にいる人間に気づいたらしい。私は会釈をし、自己紹介をした。

「ステファン・シュナイダーといいます。今日は非番ですが、一応、警部補でして……」

「シュナイダーさんは、ぼくの親友にして信頼できる人物だから、遠慮せずに話してくれてかまわないよ」

 ゼノンはお茶をすすり、余計な補足を付け加えた。

 親友って、一体、いつのまに……。

「やあ、これはなんて幸運だ!」

 スーは再び興奮したようすで顔を紅潮させると、立ち上がって握手を求めてきた。華奢な体つきのわりに、力強い握手をしてくる。

「ぼくはスー。リム・ヨン・スーといいます。宇宙動物学の研究をしています。どうぞ、よろしく!」

「は、はあ……どうも」

 あまりの勢いに圧倒されながら頷くと、彼は手を握ったまま、話を続けた。

「ねえ、刑事さん。あれは一体、なんなんです? なぜ、毎年、決まって行方不明者が出るんです?」

「いや、そういわれましても……」

 私は言葉に詰まり、頭をかいた。この件はいろいろと微妙なのだ。そもそも、公式には連続失踪事件という扱いになっていない……。

「正直、警察としても、手の打ちようがない状態でして」

「手の打ちようがない? なに呑気なこと言ってるんですか! 五人もの人がいなくなってるんですよ!?」

 確かにスーの言うとおりだった。

“グレート・スカラー賞”に選ばれた五人のうち一人は、なぜか決まって神隠しにあい、この五年間で計五人の人間が消えてしまっている。しかも、全員、財団主催の授賞祝賀会終了後にいなくなっており、その後の消息は、みんな不明のままだ。

 なにかある、とは思う。だが証拠がない。

 いや、通常であれば、これだけ不自然な共通点があれば、十分、捜査は可能だ。だが、相手がスピーダ財団となると、そうはいかない。連続失踪事件として捜査するためには、もっと決定的な証拠が必要となる。

 なにせ相手は、人工大陸〈ムー〉を所有管理する地球最大規模の財団である。そう簡単に捜査させてくれるほど甘くはない。いろいろと理由をつけては、こちらの干渉を拒んでくるのが、財団のやりかただった。五人の消息が不明になったぐらいでは、ムー大陸の捜査許可は下りない(授賞式はムー大陸で行われるきまりになっていた)。

 財団理事長であるモーリス・スピーダ卿は星府(地球統合政府)高官にも顔が利き、すでに警察への圧力も、ぬかりなく、そして、これでもかというほどかけていた。

 だから、この件はタブーなのである。

 私が小さく嘆息すると、ゼノンが尋ねた。

「この連続失踪について、財団の見解は?」

「たまたま、偶然が重なっただけのことで、警察が大騒ぎするような事件は一切、存在しないと考えているようです。地球の年間失踪者数の統計を引き合いに出されましたよ」

「なるほど、ね」

 要は地球規模で見た場合、失踪者、家出人は何人もいるのだから、いちいちそんなことで騒ぎ立てるなということだ。理不尽なことこのうえない。

「それで世間からは、あまり騒がれることなく、〝グレート・スカラー賞〟は継続され、今回、めでたく、きみが受賞されることになったというわけだ」

「ちっとも、めでたくなんかない! 業界じゃあ、呪いの死神賞として有名なんだぞ。みんな、この時期、選ばれないよう祈ってるくらいだ! いや、祈ってるだけじゃない。ほかの研究者が授賞するように匿名で推薦文を書いて、財団に送りつける奴までいる! そのせいで、ぼくは、ぼくは!」

 どうやら、目の前にいる若き宇宙動物学者は、誰かに推薦されたらしい。

「しかし、そこまでわかっているなら、辞退すればいいじゃないか」

「いや、それはできない」

「なぜ?」

「断ったら、財団の圧力で研究ができなくなる。ぼくはまだまだ研究しなきゃいけないことが、いっぱいあるんだ。それに正直、この賞の賞金はとても魅力的だしね」

「ふうむ……でも、行方不明になるのは嫌なんだろ?」

「あたりまえだろ。誰がすき好んで行方不明になんかなりたがるもんか! なあ頼む、ゼノンなんとか助けてくれ!」

「助けてくれといわれてもねぇ……一体、なにから助ければいいのさ。もしかしたら、財団が言うようにたまたま、偶然、失踪者が重なっただけかもしれないじゃないか」

「そんなバカな! どんな確率だよ!」

「どんな確率であろうと、現実は、そうか、そうでないかの二択だ。どんなに不自然に見えても、それが真実のときだってある。だから、確率は問題じゃない。問題はなぜそうなるのか、ってことさ」

 ゼノンは招待状と案内に目をやりながら、話を続けた。

「まあ、いまの話から推理するかぎり、きみが、きみの意思とは無関係に失踪する可能性は大いにありうるね。もちろん、これはなんらかの事件であり、生命の危険をともなっているだろう」

「だったら、なおのこと助けてくれよ!」

「もちろん、助けてあげたいのはやまやまだが、つきっきりで身辺警護をしたくても、ムー大陸内では無理だろうね。まず、ぼくたちの上陸許可がおりないだろうから」

 たち、という言葉にひっかかりを覚えたが、あえて、話の腰を折るのをやめた。

「ぼくの付き添いとして、来ればいいじゃないか」

「財団が認めないさ。きみを狙っているなら、なおさらね」

「じゃあ、きみは友人を見殺しにするっていうのか!」

「そうはいってない。でも、なにかうまい方法を考えないと――ん?」

 財団の案内状を見ていたゼノンが、不意に顔を上げた。

「リム、なんとかなりそうだよ。ここに面白い名前が載っている。ほら、シュナイダーさんも見てください」

 ゼノンは案内状に添えられていた招待者リストを私たちに見せると、そこに書かれていた来賓者のひとりを指さした。

“ウルテマル・ヤマダ・マーカム”

 いつぞや盗難事件でお会いした、マーカム財団の御曹司だった。

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