物語を語る傷跡
傷跡は、必ずしも消えるものではない。
皮膚に残るものもあれば、 記憶に刻まれるものもある。
そして、 誰にも見えない心の奥底に残り続けるものもある。
多くの人はそれを隠そうとする。
弱さの証だと思い込んでいるからだ。
けれど、本当は違う。
傷跡とは、 生き延びた証。
乗り越えた戦いの記録。
自分の痛みと向き合う者がいる一方で、 今も失った誰かを想い続ける者もいる。
そして時には、 すべてを理解したと思ったその瞬間に気づくのだ。
自分の知らない痛みが、 誰かの中にも存在していたことを。
傷は語らない。
それでも、 そこには確かに物語が刻まれている。
「美羽!?シャツ脱げ!?」涼太郎は一歩後ずさりしながら言った。
「ああ!」秀隆は笑いながら言い返した。「大丈夫だよ、別に卑猥なことじゃない。ただ、もっと自然な感じになるだけさ。いつもスウェットを着ているのに、いい体してるじゃないか。」
涼太郎は自分の姿を見て、少し不安と恥ずかしさを感じた。実際、彼はあまり体を見せていなかった。腕さえも。特に腕は、自傷行為の傷跡があるからだ。「こんなことできない」と彼は思った。「秀隆に見られたら…どう思われるだろう?」
「大丈夫か、新入生?」先輩は心配そうな顔で尋ねた。「急に顔色が悪いぞ。」
「あ…大丈夫です」涼太郎は自信なさげに呟いた。「ただ…できないと思うんです。」
「どうして?」
「あの…僕…傷があるんです。見せたくないんです。」
秀隆は目を見開き、口を少し開けた。視線を落とし、カメラを胸元に置いた。
「見せてもいい?」と、彼は静かに尋ねた。
新入生はためらったが、頷いた。袖をまくり上げ、腕を見せた。秀隆は傷跡をじっと見つめた。彼の顔に、かすかで悲しげな笑みが浮かんだ。
「いつからあるの?」と、傷跡に触れながら尋ねた。
「13歳の時から…」と、彼は秀隆の顔を見るのが怖くて、囁いた。
秀隆はそれ以上詳しい話を聞きたくなかった。代わりに、椅子に歩み寄り、腰を下ろした。
「座りなさい、新入生。」
彼は従った。しばらくの間、誰も何も言わなかった。聞こえるのはランプの低い音だけで、二人は何度か視線を交わした。そして、秀隆はこう切り出した。
「新入生、君がどんな経験をしてきたのか、僕には想像もつかない。でも…君は、だからといって弱いわけじゃないんだ。」
「もちろん…」亮太郎はほとんど聞き取れないほどの、苦々しい声で呟いた。秀隆にはそれがはっきりと聞こえた。
「本当だよ!君はここに来るために全てを捨ててきた。友達も、家族も…恋人も。」
静かな少年はうつむいた。
「この傷跡…」秀隆は傷跡を指差した。「これは物語を語っている。君が乗り越えてきたことを誇りに思うべき物語だ。」
亮太郎は傷跡を見つめながら両腕を上げ、拳を握りしめた。拳が震え始めた。新入生は目を閉じ、弱々しく微笑んだ。秀隆はそれを見て、すぐに写真を撮った。
「そして、それは恥ずべきことではない」秀隆はそう言って、カメラの画面に映った写真を亮太郎に見せた。
写真を見た亮太郎は目を見開き、目に涙が溢れた。ベテランは、目を閉じ、両手を握りしめ、腕を少し上げた、まさに完璧な瞬間を捉えていた。
「ありがとう、秀隆」彼は涙を拭った。「本当に」
「どういたしまして、新入生」彼は優しく微笑んで答えた。「さて、今日はもう写真十分かな。編集したら送るよ。それから、新入生…」彼は肩に手を置いた。「何かあったら…電話してね」
亮太郎は頷き、秀隆を抱きしめた。ベテランはしばらく言葉を失ったが、すぐに抱き返した。その後、新入生は部屋を出て、大学を後にした。歩きながら、ある考えが頭をよぎった。長い間行っていない、街にある場所だ。そこで、家に帰る代わりにタクシーを呼んだ。車が到着すると、彼は乗り込んだ。
「どちらまで?」タクシー運転手が尋ねた。
「千早赤坂記念公園」亮太郎は答えた。 「友達を訪ねに行くんだ。」
タクシーが走り去ると、亮太郎はギャラリーを開いた。そこで彼は何度も画面をスクロールし、幼い頃の古いビデオにたどり着いた。そこには、もう一人、幼い男の子が映っていた。彼の親友で、今は亡き子だ。
20分ほど経つと、タクシーは墓地の前に止まった。亮太郎は料金を払い、運転手に礼を言って車を降りた。そこから、彼は墓地の門をくぐった。簡素な墓もあれば、美しく大きな墓もあった。あたりは静寂に包まれ、まるで世界が覆い隠されたかのようだった。やがて、彼は簡素な墓にたどり着いた。そこには、まだ灯りのついたばかりのろうそくと線香が供えられていた。墓の中央には、ビデオに映っていたのと同じ、茶色のツンツンした髪、微笑む茶色の瞳、そして世界を照らすような笑顔をした幼い男の子の写真が飾られていた。墓石にはこう刻まれていた。「渡辺弥彦
2008年5月3日 - 2018年10月7日
若くして亡くなったが、とても愛され、大切にされた人だった。彼の笑顔はいつまでも私たちの心を照らし続けるだろう。」
亮太郎は袖をまくり上げ、腕の傷跡を見つめた。手と前腕が震え始めた。弥彦に何と言えばいいのだろう?何を言うべきなのだろう?写真の中の笑顔は…あまりにもリアルすぎる。墓石に刻まれた言葉は、より重くのしかかる。彼は深呼吸をし、写真を見ないようにしながら、ようやく再び墓石に目を向けた。
「俺…今日、やっちゃったんだ」と亮太郎は呟いた。
亮太郎は墓石の前に跪き、両手を合わせて目を閉じた。しばらくの間、静寂だけが響き、物思いにふけっていた。しばらくして、静かな少年は目を開け、友人の写真を見て胸が締め付けられるのを感じながら、こう言った。「やあ、弥彦。久しぶりだな。本当に久しぶりだ。さあ、近況を話そうか?」
亮太郎は膝をついて座り、弥彦が去ってから自分の人生がどのように変わったかを語り始めた。彼は主に、高校時代に「黒の幽霊」になった経緯や、愛子が友人になり、後に恋人になった経緯について語った。
「ここで新しい友達ができたんだ」と涼太郎は続けた。「由美、麻衣、春樹、誠、それに秀隆。みんなちょっと変わってるけど、いい奴らだよ。秀隆は写真家なんだ。今日も俺の写真を撮ってくれた。それから…土曜日に東京にいる愛子に会いに行くんだ。あいつ、俺のことをすごく恋しがってる。かわいそうに。行って抱きしめてキスしてあげたいんだ。」
しばらく沈黙が続いた。それから涼太郎は、植木鉢と花がいくつか置かれた地面を見つめ、こう言った。「あのね…今でも君に会いたい。すごく。俺がどれだけ幸せになったか、どれだけ成長したか、殻に閉じこもっていたあの頃の引きこもり少年じゃなくなったか、君に見てほしかったんだ。俺は…あの…」――彼の声は震え、目に涙があふれた。彼の唇は震え、彼は囁いた。「ああ…あの病気が…君を…奪わなければよかったのに。君が…生きていればよかったのに。」
それから涼太郎はとめどなく涙を流した。あまりの激痛に時間の感覚を失い、地面に頭を伏せ、地面を二度殴った。
ようやく落ち着きを取り戻すと、涼太郎は友人の写真を見つめ、指先でそっと触れた。
「前に進むって約束したんだ」涼太郎は声を張り上げ、囁いた。「喪失の痛みに囚われないって。誓うよ、そうするんだ」――彼は目を閉じ、ごくりと唾を飲み込んだ。「いつか君は僕より絵が上手くなるって言ってたよね?一緒に漫画を描くって言ってたよね?」
彼は目を閉じ、目の前に友人の姿が浮かんだ。生前と同じように、笑顔を浮かべ、頭を左に傾けている。彼は小さな笑みを浮かべながら目を開けた。
「…そろそろ…」
良太郎は手を離し、とめどなく流れ落ちる涙を拭った。かすかな笑みを浮かべ、弥彦を訪ねる時にいつもするように、敬礼をしてウインクした。二人の少年が別れを告げる時の習慣だった。
「またね、弥彦」良太郎は囁いた。「明日また来るよ。約束する」
そう言って、良太郎は墓地の出口へと続く道を歩き出した。しかし、歩いていると、ある音が聞こえた。女性の泣き声、大人の女性の泣き声、そして理解できない言語で囁く言葉。しかし、それが何であるかは分かった。ドイツ語だ。
「待って…」良太郎は囁いた。「まさか…?」
彼はさらに数歩進み、右手の墓地の回廊を見渡すと、薄茶色の髪をした23歳の女性が、目を閉じ、苦痛に満ちた表情で胸を叩いているのが見えた。
「な、なんだ?」涼太郎は呟いた。「彼女はここで何をしているんだ?」涼太郎は体が凍りつくのを感じた。
それはエルケ・マイヤーだった。
今回は、涼太郎が長い間抱え続けてきた傷と向き合う物語となりました。
彼は強く見えるかもしれません。
頼れる存在に見えるかもしれません。
しかし、強さとは傷がないことではありません。
傷を抱えたまま前に進むことこそ、本当の強さなのかもしれません。
また、この章では弥彦の存在を改めて描きました。
彼はもうこの世界にはいません。
それでも、涼太郎の人生の中で生き続けています。
思い出の中で。
約束の中で。
そして未来の中で。
そして最後に現れたエルケ。
これまで彼女は問題を引き起こす存在として描かれてきました。
ですが、人は本当に一面だけで語れるのでしょうか。
彼女にもまた、 誰にも見せていない傷があるのかもしれません。
墓地での再会が何をもたらすのか。
その答えは、次の章で語られることになるでしょう。
それでは、また次回お会いしましょう。




