2-12.邂逅
…あたしには何もなかった。
勉強ができるわけでもない。
運動が得意なわけでもない。
容姿が優れているわけでもない。
特別なものなんて何も持ってない。
唯一あるものは家が裕福なこと。
けどあたしより上がいたし、そのことでイジメにあった。
だからあたしだけの【特別】が欲しかった。
学校に行ってもいじめられる毎日。友達なんて1人もいなかった。
家に帰っても、父は仕事で忙しくて誰もいない。裕福であっても幸福じゃなかった。
だからこそ突然変異のように、劇的な変化を望んだ。
そのためにも、誰もが羨むような【特別】な何かが欲しい。
…でもそんなものは簡単に見つからない。
けどその機会は突然現れた。
その日も、いつもと同じく下校中クラスメイトにいじめられていた。
酷い言葉を投げかけられ、叩かれ、突き飛ばされる。
こんなのはいつものこと。しばらくすれば飽きてどこかへ行く。
そう思って耐え続けていると、知らない女の子が声をかけてきた。
そこにいたのはあたしがずっと求めていた【特別】だった。
「大丈夫?怪我は?」
逆光で顔が見えない。でも倒れているあたしに手を差し伸べてくれる。
その子は見ず知らずのあたし助けてくれた。その姿はすごくかっこよくて、正義の味方のようだった。
お礼を言おうとしたけど、普段喋り慣れていないあたしは言葉が出てこない。
その間にその子は行ってしまう。お礼すら言えない自分が情けなくて少し泣いた。
でも別の日にその子に会うことができた。そして友達になった。
嬉しかった。【特別】を持った子と友達になれた。きっとこれであたしも【特別】になれる。
けど現実はそうじゃなかった。
その子にとってあたしは【特別】じゃない。
あたしの代わりはいる。あたしはどこにでもいる平凡な一般人。
だから時々思う、羨ましいと。そして…憎いと。
世界は【特別】を持っている人だけが上手くいくようにできている。
善人が持っているならまだ許せる。けど実際はそうじゃない。事実あたしをいじめていたやつも【特別】持っていた。
そんな不平等は許せない。だから子供の頃からずっと思ってきた。
【特別】持っている奴ら…いや、あたしが持っていないものを持っている奴らから、全てを奪ってやりたいと…
あたしにはその権利がある。貶められ続けてきたあたしこそが【特別】を持つべきだ。あんな奴らが持つべきじゃない。
それが許されているこの世界が……全てが憎い…
頭が重い、体に力が入らない。この辛い寝起きも何度目だろう。
どうしてそうなったのか、思い出そうとしても出てこない。
最後に覚えているのは怪物の首を切り落としたところ。…その後どうしたっけ。
ゆっくりと目を開けるとそこは見知らぬ場所。
辺りは薄暗くてよく見ない。ここはどこ?そもそもどうやってここに…
「ううん…すぅ…」
近くから可愛らしい寝息が聞こえる。
そこをGフォンを使って照らすと舞が眠っていた。
その姿を見て少し安心した。少し服が汚れていたが、目立った怪我もない。
立ち上がった時に舞の上着が落ちたのは、きっとあたしに掛けてくれたのだろう。
起こさないように上着を掛けてあげる。照明がなく薄暗い部屋をGフォンの灯りを頼りに調べる。
少しの家具が置いてある狭い部屋。どこか見覚えがあるこの感じ。
どうやらあたし達はどこかの店の従業員室にいるようだ。
舞が椅子を並べてベッド代わりに使っている。あたしはソファーで眠っていたようだ。
どうしてこんなところにいるんだろう?あたしはここに来た覚えはない。
もしかして舞が連れていってくれた?確認したいけど、気持ちよさそうに眠っている舞を起こすのは気が引ける。
それに、それよりも気になっていることがある。口の中にものすごい不快感を感じる。
あたしは部屋から静かに出て水道を探す。
幸い用具入れの近くにあった。…掃除とかで使ってないと祈りつつ、口を濯ぐ。
吐き出した水は赤色。おそらく血を吐くようなことがあったのだろうけどもう慣れたものだ。
覚えている限り吐血した覚えはない。つまりあたしが気を失っている間に何かあったのだろう。
…考えるのは後にしよう。ひとまずここが安全か調べておかないと。
Gフォンのわずかな光を頼りに歩き出す。
従業員室へ伸びる短い通路を抜け店内へ。…大きな棚のせいで奥が見えない。
警戒しながら探索を続ける。すると、店の外から何か聞こえる。
何かの声、会話…いや違う。
短く聞こえるそれは…断末魔。
あたしは銃を構えようと腰に手を伸ばすが、そこに銃はない。
それどころか武器がない。おそらく寝かすために舞が外したのだろう。
仕方ない。姿だけ確認してすぐに戻ろう。
そう決めて棚に隠れて様子を伺う。
…そこに待ち構えていた光景は予想外のものだった。
薄暗い店内。非常灯のわずかな光が映し出しているもの。
そこにあったのは、幾つもの首がない怪物の死体。今も血が流れ出ているのを見ると殺されたばかりだ。
しかも全部の死体が体に傷がなく、1撃で首を落としたのだとわかる。…すぐ先も見えないこの状況でこれができるのは素直に尊敬する。
でもこれをやったやつが友好的だとは限らない。もしかしたら怪物がやった可能性もある。
警戒しつつこれをやった奴を探す。…辺りを見渡しても誰もいない、もうどこかへ行ってしまったようだ。
ふぅと息を吐き戻ろうとしたときだ。
横から頭に固い何かを押し付けられた。
「動かないで。」
「!…誰?」
頭に押し付けられている固いもの…おそらく拳銃だろう。
それよりも、近づかれていることに全く気づかなかった。
薄暗いとはいえ、気づかれずに銃を突きつけられるなんて…警戒はしていたのに。
銃を突きつけている人は、声からしておそらく女性。それも同い年くらいだろう。
どうする…今までの経験上、名乗っても銃を下ろしてくれない。
その後に待っているのは脅されて奪われる未来。もし舞が見つかったら人質にされるかもしれない。
それならやることはひとつ。倒して銃を奪い、こいつを殺す。
「あたしは…っ!」
名乗るふりをして行動に移す。
あたしは突きつけられている銃を支点にして懐へと潜り込む。
そのまま体当たりの要領でぶつかる。上手くいけば、このまま押し倒して銃を奪い取れる。
…予定だったが、潜り込んだ先に相手の膝があり顔にめり込む。
意表をついたつもりだったが完全に読まれていた。
痛みで思わず目をつぶってしまい、追撃を避けることができない。
無防備の横腹を蹴飛ばされ、悶えている間に足を払われ地面に背中から叩きつけられた。
衝撃で肺の空気を吐き出す。なんとか体を起こそうとしたが眼前に銃を突きつけられ動けない。
…何もできなかった。間違いなく今まであった人の中で一番強い。
怪物のように力技ではなく、技量で負けた。何かの武術をやっているように感じた。
まさか人間相手にても足も出ないなんて、悔しさとかよりも驚きが優っている。
そんなことを考えているとライトで顔を照らされ何も見えなくなる。
「っ……人に尋ねる前に自分が名乗りなさい。」
一瞬驚いたような気がした。けどすぐに淡々とした声で聞いてきた。
さっきのやりとりで、これ以上抵抗しても無駄だとわかっている。仕方なしに名乗る。
「神代…結…」
あたしが名前を名乗ると、すぐに突きつけていた銃とライトを下ろした。
そして倒れているあたしに手を差し伸ばしてくる。
いきなり銃を突きつけられたとはいえ、襲いかかった罪悪感が少しある。
まあ近くも見えない暗さだ。警戒して当然だし、いきなり撃たれなかっただけマシな気がする。
後ろめたさでためらっていると、腕を掴まれ立たされた。
「神代…結……そう。私は……雨宮…雨宮 雫。」
「雨宮?…その名前に聞いた。確か初日に怪物を1人で倒したって…あなたがそう?」
「ええそうよ。といっても人が食われている間に殺しただけだから、難しいことはしてない。」
「…初日にそれができるなら十分すごいと思うけど。」
初日のそれも目覚めたばかりで数体の怪物を1人で殺した。
…到底できることじゃない。今だってこの数を倒せるのは異常だ。
雨宮さんは覚醒者だったはず…あたしのような能力を持っているのかもしれない。
あたしが怪しんでいると、何かを手渡してきた。拳銃と…小さな箱を渡された。
「この暗さで武器も持たないのは自殺行為よ。それ持ってなさい。」
「え…でもあなたは?それにこの箱は何?」
「まだ持っているからあげる。それと、その箱には注射器が入ってる。」
初対面でなんてものを渡してくるんだろう。
中身が何かわからないけど、流石に使わない。そう思っていたが、
「…もし幻覚が見えたり、異常な行動をしそうになったら打ちなさい。それで抑えられるから。」
「!」
その言葉で考えが変わった。
なんであたしがそうだって知っているの?今初めて会ったばかりなのに。
それにこんな薬をいったいどこで…そもそもなんであたしに?聞きたいことが次から次へと溢れてくる。
そのことに気づいたのか答えてくれる。
「薬局で見つけたものよ。効果については私で試したから保証できる。…あなたも覚醒者だから必要でしょう?」
「確かに必要だけど…なんであたしにくれるの?」
「…さあ、ただの気まぐれよ。信用できないなら適当に捨てなさい。」
「………もらう、ありがと。」
そう言って受け取った。効果が本物なら受け取って損はない。
それになんだろう。この人…雨宮さんからは不思議な感じがする。
受け取った注射器も罠とかじゃなくて、好意で渡してくれたように感じた。
…受け取った時に、雨宮さんが嬉しそうにしている気がするし。
「それじゃあもう行くわ。明るくなるまでは大人しくしてなさい。……また会いましょう。」
「あっ!ちょっと!」
「…そうだ。あなたの趣味は否定しないけど…その、服はちゃんと着たほうがいいわよ。」
「え?」
そう言ってどこかへ行ってしまった。
服をちゃんと着た方がいい?何を言っているんだろう…あたしはちゃんと着て…っ!
「!!??〜〜〜〜っなん…!」
大きな声をあげそうになるのを必死に抑えながら手で体を隠す。
覆った手が素肌に触れる。…そうあたしは上を着ていなかった。
それで思い出した。寝ているあたしには舞の上着がかけられていた。
多分あれは起きたらひとまずそれを着てという意味だったのだろう。
けれど周りが暗すぎて自分の状態が分かってなかった。
…つまりあたしは。見知らぬ場所を上半身裸でうろついて、初対面の人にそれを見られたと…完全に痴女じゃん…
あーーああーーーー!!!あああああああ!!!!!顔から火が出る!穴があったら入りたい!
というか気づこうよ、服着てないって…なんであたしはこう…はぁ…
受け取ったものを抱え、トボトボと従業員室に戻ることにした。
…そういえば襲ったこと謝ってない。次に会えたらちゃんと謝ろう。
舞の上着を借りて再び部屋の外に出る。…まだ顔が熱い。見られたのが雨宮さんだけ…いや舞にも見られてるじゃん…
自分の醜態を必死に忘れる努力をしながら、もらった箱を開く。
薄暗い中箱を開くと注射器が2本入っていた。Gフォンで照らして見てみる限り、同じものに見える。
…これを刺すのはかなり勇気がいる。やっぱりちゃんと調べてからの方がいいかもしれない。
でも幻覚とかが見えなくなるなら使っておきたい。
それに彼女…雨宮 雫…この名前には聞き覚えがある。口に出すと、何かが胸に引っかかる。…この感じは何?
すごく聞き慣れた名前な気がする。なんだか懐かしい感じはするけど…上手くいえない。
雨宮さんとあたしはどんな関係だったんだろう?でも確かめようにも、どこかに行ってしまった。
次にあったときはゆっくりと話をしてみたい。
っと今はそれよりも薬をどうするかだ。今だって、
「ねえねえ結さぁん〜そんな怪しい薬本当に使うんですかぁ〜?絶対毒ですよ〜ほら前にわたしがやった奴ですよ、きっと。」
こんなふうに幻覚が見え続けている。
ずっと見え続けて、話かけられ続けるのは苦痛だ。
この薬でそれが治るならここで試しておくべきだろう。多少投げやりになっているのは否定できないけど。
あたしは注射器を取り出して腕に刺す。
すると目の前の幻覚が慌て始める。まるで注射を打つことを嫌がっているように見える。
その姿を見て思わずニヤリと笑ってしまった。
わかりやすい答えをくれて助かった。…それが演技だという可能性は全く考えてなかったけど。
注射器を押し込み薬品を体内へ流し込んだ。すると、効果はすぐに現れた。
スゥーっと胸の内に渦巻いていた黒い感情が静まっていく。
殺したいという殺人衝動も、人を食べたいという食人衝動も治っていくのを感じる。
頭痛も消えて思考がクリアになっていく。
こんなに晴れやかな気分なのは久しぶりだ。
それに一番嬉しかったのは…目の前にいた、いや見えていた幻覚が消えたことだ。
こんなにも静かなのは久しぶりだ。
正直半信半疑だったけど、これ本物だ。
こんないいものを気まぐれで譲るなんてありえない。
やっぱりあたしと雨宮さんは、何かしら関係性があったのかもしれない。
次会えた時はお礼を言わないと。それと謝罪も。
そう思いながら、舞の元へと戻った。
…今日は久しぶりに気持ちよく眠れそうだ。
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