2-11.信じ続ける
side:雪原 舞
目の前で起っていることが理解できない。
わたしの友達で仲間である結さんが目の前で泣き叫んでいる。
そんな姿見たことがなかった。最近は何か悩んでいるようだったけれど、いつも頼りになる彼女が泣き叫んでいる。
それ以上に、彼女の体がどんどん無くなっていくことが理解できなかった。
違う…理解できないんじゃない、したくなかった。
体が溶けて、学校の教科書でしか見たことのない人間の中を見せられ、わたしは恐怖で悲鳴をあげることしかできなかった。
足がすくんで動けない。すぐにでも駆け寄って何かするべきなのかもしれない。
心では助けなきゃいけないと思っているのに、体が動いてくれない。
そうやっている間にも結さんは溶けて無くなっていく。
お腹から流れ出てはいけないものが地面にべちゃりと落ち、夥しい量の血が開いた穴や口、目や鼻からこぼれている。
そこまでなっているのにわたしは動けない。できたことは手を伸ばしただけで、何の役にも立たない。
…そうして結さんは地面に倒れた。
そのまま地面で動かなくなり、こぼれた血液がゆっくりと広がっていく。
そこでようやく体が動いた。でもすぐに駆け寄ることができない。
駆け寄って体に触れた時冷たかったら?
声をかけた時何も返事をしてくれなかったら?
開いたままで閉じない目が、わたしを映してくれなかったら?
そう考えるたびに足が重くなり歩く速度が遅くなる。
けれど近づくにつれ、その姿わかるにつれ疑問に思っていたことへの答えが返ってくる。
胸に大きく開いた穴、そこには何もなかった。
本来そこには筋肉や骨、肺や心臓などの臓器があるはずなのに空っぽ。
…嫌…嘘…こんなのは何かの間違い。
だってそうじゃないとおかしい。わたしの知っている結さんはいつも危ない目に遭っても、絶対に助けてくれる。
そうだきっとこれは夢。きっとベッドの上で寝ていて、夢を見ている。
そう…絶対にそう…そうであってほしい…こんなのはあんまりだ。
何度も目をつぶっては開き、横たわっているものが消えるように祈りながら瞬きをした。
でも消えてくれない。いつものように声をかけてくれない。
胸が苦しい。上手く呼吸できない。
何とか浅い呼吸はできているけど、空気を吸うたびに友人の体から流れ出た血の匂いを感じてしまう。
何かするたびに目の前の光景が現実だと思い知らされる。
決定的だったのはそばにたどり着いた時。顔中から血を流して真っ赤になっている目には生気を感じられない。
そう分かった時血溜まりの上に崩れ落ちた。
「う…ううあああああああああ!!!あああああぁぁぁ…!!」
冷たくなった手を握り、大声で泣くことしかできなかった。
…どうしてこうなってしまったんだろう。もっとわたしが頼りになればこんなことにならなかったのに…
結さんが何かに悩んでいるのは知っていた。わたしを見るたび申し訳なさそうな顔で避けられた。
倒れた後笑顔になっていたけど、演技をしているのはすぐに分かった。引き攣った顔で無理に笑顔を作ろうとする姿が痛々しくて見てられなかった。
それでも私たちを助けてくれた。わたしが返せるものなんてないのに、ずっと守ってくれた。
でももういない。残されたわたしにできた事は顔を伏せなき続けることだけだった…
…気のせいだろうか、掴んでいる手が動いた。
そんなわけない。きっとわたしがそう思いたいだけだ。
握っている手が上に引っ張られる。きっと誰かが結さんを運ぼうとしているのだろう。
「嫌!持っていかないで!」
そう叫びながら顔を上げた。そこには望んでいたけど、到底ありえない光景が待っていた。
…さっきまで冷たくなっていた友人が立ち上がっている。
あまりの出来事に全身の力がぬけ、動けない。
「え…あ…え…結…さん?…なん…え…どうし…て?」
目の前の光景と自分の感情がぐちゃぐちゃになってまとまらない。
お医者さんでもないわたしでもわかる。結さんはさっき間違いなく死んでいた。
肌は土気色をしていて目には光が灯っていない。左右の目がバラバラに動いてどこを見ているのかわからない。
そんな友人はわたしに背を向けると片方の首がなくなった怪物へと歩いていく。
後ろ姿を見て驚愕した。結さんの体には向こうの光景が見えるほどの穴が空いていた。
…歩くたび体の中から何かがこぼれ落ちている。
わたしは今何を見ているの?目の前の人は…いや人なのかもわからない。
目を背けたくても背けられない。友人が生きていて嬉しいはずなのに…あんなのが生きててよかったなんて本当に言えるのだろうか。
もしかしたら結さんはこのことで悩んでいたのかもしれない。もしそうなら相談して…いやできるわけない。
仮にこんなことを相談されてもどうすればいいかなんて分からない。大丈夫だなんて言えない、こんなの酷すぎる。
…どうにか整理をつけようとするが、結さんの次の行動で全て吹き飛んだ。
怪物の死体に近づいたと思ったらそのまま倒れ込んだ。
もしかしたらあの怪物が結さんの遺体を動かしていたのかと、そう思おうとした瞬間。
ミチミチ…っと何かを引きちぎるような音がした。音は結さんのところからしている。
わたしの中で今すぐ見ないふりをして逃げ出そうという声が聞こえる。…でもそれはしちゃいけない。
意を決して近づく。…結さんの頭が小刻みに動いている。後ろからだと見えない、横へと回る。
このくちゃくちゃっていう音は…何……
「っひ!ああ…あう……ゆ……いさ…ん?…うっ!おえええぇぇ…!けほ!けほ…うぅ…」
もう耐え切ることはできず、その場に胃の中のものを戻した。
脳が目の前の状況を受け入れるのを拒否する。目の前がチカチカして眩暈がする。
嫌だ…嫌だ嫌嫌嫌嫌……嘘だ…こんなのが現実なはずない。…結さんが……怪物を食べている。
手が動かないのか直接口を死体につけて噛みちぎっている。
その度に赤い血が滴り落ち、全身が赤くなっていく。
そして口に入れたものを噛んで飲み込んでいるが、お腹がないから喉から噛んだものが地面に落ちていく。
それに気づいていないのか食べることを続ける。
地面には結さんが噛んでぐちゃぐちゃになった怪物の肉がたまっていく。
…その光景があまりにも悍ましくて、気持ち悪くて…それと同時に友人をこんな状態にしておきたくなくて………銃を構えた。
静華さんが怪物になった時、結さんはこうした。きっと同じ思いだったはず…今はわたしがやらなくちゃいけない。
…引き金に指をかけた時、その先を想像した。わたしが結さんを殺したその先……
手が震えカタカタと音を立てている。手だけでなく足も震え、全身が震えている。
それでも銃を向ける。きっとこれが正しい。ここで死なせてあげるほうが、これ以上苦しまなくて済む…
自分に言い聞かせて引き金を引こうとする。…が引けない。
それがわかった時、手の力が抜け銃が地面にこぼれ落ちた。
無理だ、わたしにはできない。
正しいなんてわからない。死なせてあげる方がなんて決められない。これ以上苦しみたくないのは…わたしだ。
わたしにできるはずがなかった。生き物を殺すのでさえ怖いのに、友人を…それもずっと守ってくれた大切なひとを殺すなんて…できるわけない。
…そうか、わたしは今までこんなことを押し付けてきたんだ。
仮に殺す相手が友人じゃなくても、やってしまったら絶対に引きずる。
そんなことわかっていたはずなのにずっと気づかないふりをし続けた。
結さんが何も相談してくれないのは当然だ。だってこんな最低なことをし続けてきたんだ、信用なんてされない。
それどころか、わたしには仲間なんていう資格すらない。だってこの苦しみをずっと知らずに押し付け続けた。
そんなのは仲間じゃない。ただ嫌なことを代わりにやってもらっているだけ、利用しているだけだ。
こんな大切なことを今になってわかるなんて…わたしは最低だ。
…だから今私がするべきことは…これ以上怪物になる友人を止めること。
わたしは銃を拾いあげ、再び構える。…そこで気づいた。
「え……背中の怪我が…無くなってる。」
向こうが見えるほどの穴が塞がっていた。
それだけじゃない。肌の色も、血が通ったように血色が良くなっている。
食べる度にこぼれ落ちていた物も、再生した体の中へと治っていく。
あまりの状況に銃を構えたまま固まってしまった。
…そして体の傷が完全に治ると、振り向いてわたしを見た。その瞳はわたしを見ていない。
それは態度からも感じられる。惚けたように口を少し開いて、端から赤い唾液が落ちる。
「あ…う…ああ…」
「結…さん?」
声をかけても反応がない。
恐る恐る肩にふれ揺するが結果は変わらない。
恐怖と混乱でどうすればいいかわからない。どうしたら…
そう考えていた時、誰かに腕を引っ張られ結さんから引き剥がされた。
振り返って確認すると2階にいたはずの仙道さんだった。後ろに村松さんもいる。
2人とも怖い顔をして結さんを睨んでいる。
「雪原すぐにそいつから離れろ!」
「えっ…何言ってるんですか!怪我しているんですから手当てをして」
そこで気づいた。
そこにいたのは2人だけじゃない。他の怪物を倒しに行った人達が上の階から見下ろしていた。
全員が結さんに視線を向けている。その視線からは強い恐怖を感じる。
どうしてそんな感情を向けるのか…もしかして見られていた?結さんが怪物を食べるところを…
その考えを肯定するように誰かが言う。
「怪物だ…あいつは人間の姿をして俺らを食うつもりだったんだ…!」
その言葉が、静かな場に投げられた。
…その後に待っていたのは結さんへの暴言。
耳を覆いたくなるような悪意のみの言葉。その場にいる全員が、1人に対してそんな攻撃をし続けている。
「人のふりをするな!」「バケモノめ!」「そいつを許すな!」
「そいつを殺せ!」「人のふりをした怪物を許すな!」「近づくな!食われるぞ!」
「そうだ!こいつに仲間を殺されたんだ!そいつを殺せ!」「そいつの首を切り落とせ!」
「「「「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」」」」」
「やめてください!!」
そう叫ぶと暴言が止み静まり返る。
初めてだったと思う、こんなに怒ったのは。…違う、2回目だ。けどあの時と同等の怒りを感じている。
…この人達はなんでそんなことを言えるのだろう?
結さんのおかげで怪物を倒すことができた。
そもそも頼んだのはこの人達だ。なのにお礼を言うどころか、死んで欲しいだなんて…到底許せるものじゃない。
けれどそれはあくまでわたしの考え。ここに人達には伝わらない。
「…なあそいつもグルなんじゃないか?」
そんな考えなしの言葉を誰かが言った。
それはわたしを責めるための免罪符には十分だった。
すぐに暴言で溢れかえる。…心が痛い、胸が苦しくてお腹が締め付けられる。
後ろの2人もわたしに疑惑の感情を向けてくる。
気分が悪くなるのを感じながらも、結さんの元へ向かおうとした時だ。
「きゃ…!っ…いた……え…」
突然腕に痛みが走り転んでしまった。
焼けるような痛みを感じ腕を見ると、血が流れていた。
足元に小さな凹みが見える。ゆっくりと振り返って見ると2階にいる1人に視線が集まっている。
その人は銃をわたしに向けている。…その銃からわずかに煙が出ているように見えた。
…わたし…撃たれた?
その事実がわかると心が恐怖で塗りつぶされた。
「っ!はっ!はっ!はっ!うっ…ゲホッ!ゲホ!…うう…ぐす…ううぅぅ…」
上手く呼吸できない。心臓が張り裂けるかと思うほど激しく動いている。
感情を上手く処理できなくて、涙が溢れる。
怖い…どうしてみんなわたしや結さんに酷いことをするの?
嫌…助けて…助けてよぉ…結さん…
すがるように彼女を見る。
「うう…あう…あ……うあ…」
そこにいるのは虚な目で動かない結さん。
その姿は本当に痛々しくて、悲しくて……それなのになんでわたしは助けてあげないの?
今だってそう。少し怪我をしたくらいで、結さんに助けを求めた。
本当に最低だ…しなくちゃいけないのは助けを求めることじゃない、助けることだ。
わたしは結さんに駆け寄って、庇うように両手を広げて立ち塞がった。
「これ以上私たちに攻撃するのはやめてください…!」
そうはっきりと伝えた。わたしの堂々としている姿にその場にいる人はざわつくだけで、手を出してこない。
…本当は怖い。全身が震えて、今すぐその場から逃げ出したかった。
でもここで止めないと、それよりももっと怖いことが起こる。
だから逃げ出さない。絶対に友達を傷つけさせない!
「全員銃を下ろしなさい!」
私たちの後ろ、怪物の死体の後ろからそう聞こえた。
振り返って確認すると、蔓木さんと数人の男性が現れた。…龍之介さんもいた。
わたしの視線に気づいたのか、気まずそうに目を逸らした。…最低、本当に最低…
蔓木さんが1人こちらへと近づいてくる。
「ごめんなさい、私の仲間が…」
「…いえ…」
「もう大丈夫だから。とにかくあなたと、神代さんの治療を」
「触らないでください!」
思わず叫んだ。蔓木さんは驚いたようにわたしを見ている。
一見わたし達を心配してくれているように思える。
…でもこの人からは嫌な感じがする。周りにいる人たちと同じような悪意を感じる。
これはただの勘。でも、今ついて行ったら何かされる予感がする。
「…わたし達は皆さんと一緒にいきません。短い間でしたが、おせわになりました。」
「えっ!ちょっと待って!これから暗くなるし、2人じゃ危ないよ?せめて今日だけでも…」
「お断りします。…それでは失礼します。」
そう言って結さんに肩を貸してその場から離れた。
…これでよかったのか…わからない。自分で選択することがこれほど怖いと言うことを忘れていた。
きっと結さんはいつもこの不安を感じていた。頼れる人もいなくて、不安でもそれを顔に出さなかった。
でもそれじゃあ結さんが壊れてしまう。
だからこれからはわたしが力になる。…やっと覚悟が決められた。
「たとえ結さんが…あなたがわたしに嘘をついていても、わたしは最後まで信じますから。」
わたしは前を向いて、友達と歩き出した。
side:真壁 龍之介
…何かがおかしい。
最初俺は自分の無力さをどうにかするために、ここの人たちに協力を求めた。
武器や食料などが手に入れば結の負担が減る。
それに俺も変異して強くなれれば、あいつを助けられる。胸を張って隣に立てる。
それなのに俺は今何をやっている?
自分の失敗で怪我をさせ、失望させた。
あげくひどいことを言った。なんであの時そんなことを言ってしまったんだ。
…くそ、考えがまとまらない。
俺の横を肩を貸しながら歩く2人組が通り抜ける。
すれ違いざまに声をかけようとした時、
「…龍之介さん、あなた最低ですね。二度と結さんに近づかないでください。」
仲間だった舞に言われた。
…その言葉に何も言い返せなかった。
やっていることは全部裏目に出て、信頼も失った。
そんな俺の元へ蔓木さん…真白が近づいてくる。
「…大丈夫ですか?龍之介さん。ごめんなさい、2人を引き止められなくて…」
「いえ…蔓木さんのせいじゃ…」
「真白です。そう呼んでくださいって言ったじゃないですか。」
そう言って俺を抱きしめてくる。
彼女が近くにいると考えがまとまらず、何も考えられなくなる。
…でもすごく安心する。おかしいはずなのに抗えない…
「辛かったでしょう?もう大丈夫ですよ…私はずっとそばにいますからね…」
ああ…俺はさっきまで何を悩んでいたんだ。
俺はこの人を守るためにここに来たのだろう。そうのはずだ。
…そうここにいればもう不安なことなんて何もない。
「ずっと一緒ですよ?ふふ…ふふふふふふふ……」
彼女の声が頭の中に響き続けている。
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