2-6.人狼との戦い
人狼が地を蹴りこちらへと向かってくる。
たった1歩で数mの距離を移動してく様は人型を思い出す。
その速度のままあたしを引き裂こうと腕を振るう。
けれど、振り抜い先にあたしはいない。怪物が瞬きするのに合わせて脇を抜け背後に回ったからだ。
相手からすれば消えたように見えるかもしれない。実際あたしを見失っている。
無防備な背中にマチェットを振り下ろす。
…久々に感じる肉を割く感触。腕を切り落とすつもりだったが、刃が半分も通っていない。
怪物は鳴き声を上げながら刀身を強引に引き抜いた。手早くマチェットから手を離し距離をとる。
さっきまであたしがいた場所を鋭い爪が通り過ぎる。
引き抜かれたマチェットはペキンっと音を立て真っ二つに折られた。…武器はあと拳銃だけ。
切り裂いた怪物の腕は、神経が切れたのかだらりと垂れ下がり動かない。恨みを込めた視線をあたしに向けている。
…思ったよりも硬い。皮膚…いや毛のせいか、刃が途中で止まってしまう。
いや原因はそれだけじゃない。元々人型の時に酷使したせいか切れ味が落ちていたんだと思う。
それに銃弾を弾くのにも使ったせいか少し曲がっていた。あれじゃあ切れなくて当然だ。
さてどうやって倒す。
銃弾はおそらく効かない。前にあった狼もそうだったけど、体毛が銃弾を受け流す確率が高い。
切れないとはいえマチェットを折られたのは痛い。ここにくる前にもう1本持ってくるべきだった。
どうするべきか思案していると、何かが怪物めがけて飛んできた。
透明な筒に液体が入っている。…試験管?
それは怪物に当たると割れ、中に入っている液体が怪物にかかる。
…瞬間怪物が当たった箇所を押さえながら地面を転げ回る。それと同時に周囲に変な匂いがし始める。
よく見ると、顔が溶けている。何かの薬品を投げつけたようだ。しばらく苦しむと動かなくなった。
最終的には顔が半分以上なくなって、脳みそが溢れている。
「うわぁ…やっぱりこの光景は慣れないな〜。遅くなってごめんね…」
「あれなんです?」
「多分…硫酸?貰ったものなんだけど、ラベルが読めなくて。絶対に触るなって言われてるから怪物に使ってるの。」
「いつもこうやっているんですか?」
「そうだね。いつもは何人かが銃で撃って、動きを止めてる間に投げつけてる。」
「それはまた雑な…あれ片付けとかどうするんですか?」
「あ〜…まあいつも通り、くれた子に頼むかな…って神代さん!あそこの2人変異が始まってる!」
言われて視線の先に目をやると、そこにうずくまっていた2人の体が膨れ上がっている。
このままだとまた怪物と戦うことになる。その前に…
すぐに駆け寄る。苦しみながら助けを求めている男子、その体はすでに風船のように膨れている。
「た、頼むよ!たす…助け…た、たたたた…」
「わかった。今助けてあげる。」
「…これはもう助けるのは…って?!神代さん?!」
そう言って、うずくまっている彼の頭を蹴り飛ばした。
蹴られた頭はボールのように転がっていき、残った体が断面から血を吹き上げながら崩れ落ちた。
もう手遅れだった、仕方ない。あのまま怪物になるくらいなら、殺してあげたほうが彼のためだろう。
すぐそばで、幻覚の舞が楽しそうに笑っているのが少し不快だ…
残ったもう1人も同じ目に合わせようとしたが、姿がない。さっきまですぐそばにいたはず…一体どこに…
「神代さん!上よ!」
「!あぐ!ぐうぅ…!」
突然背中に痛みが走る。地面を転がり、もといた場所を見ると怪物がそこにいた。
爪が触れた瞬間に前に転がったおかげで致命傷にはならなかったが、流れ出る血が地面を染めていく。
さっきまでいなかったのは、飛んでいたからか…。おそらく変異中に飛び上がり、攻撃してきた。
まあ、近くで変異していた人間が殺されたのなら警戒するのは当然か…少し油断した。
怪物はあたしがもう動けないと思っているのか、血のついた爪をなめながらゆっくりと近づいてくる。
確かに普通の人間ならこの傷で動けない。…普通の人間なら。
「私がやるから神代さんは下がって!」
「…大丈夫です、あたしがやりますので。」
残念ながらあたしはそれに当てはまらない。すでに血は止まっている。
傷口も再生しているのが感覚でわかる。痛みはまだあるが、体は正常に動く。
ただ問題は武器がない。手元にあるのは効かない銃だけで、近くには何もない。ソファーとかは運び出したのだろう。
どうするか。蔓木の薬品で倒せるだろうが、足止めがいる。
蔓木に全部丸投げして逃げる?…それをすると、龍之介と舞が殺されそうだ。
吹き抜けの柵に手をかけ立ち上がる。…その時ふと思い出した。
以前人型がやっていたこと。距離が離れている時にあるものをこっちに投げつけてきた。
そのあるもの…今、あたしの掴んでいるもの。それを力一杯引き抜く。
木製の取手部分はすぐに折れて砕け散る。仕方がないので下の鉄でできている枠に持ち変え、引き抜く。
「ふっ…つあああ!!」
「神代さん?何して…え?うそ…」
ミシミシ…と地面が軋む音がしたと思ったら大理石が砕け、柵が引き抜かれる。
それを力一杯振り、連結部を壊す。くっついていたコンクリートが周りに飛んでいく。
…鉄の部分が手に食い込んだせいで、手から出血している。何度か手を振ると、傷がなくなる。
これで武器は手に入った。怪物の頭を叩き割る事ぐらいはできるだろう。
怪物は恐怖しているのか、後退りして距離を取ろうとしている。このままだと逃げ出すかもしれない。
それでもいいけど、2人が危険な目に遭う可能性は潰しておかないといけない。
ただ人に怪我させたのだから、こいつは簡単には殺さない…手足を砕いた後、ゆっくりと殺してやる…
歪んだ鉄の塊を引きずりながら怪物に近づく。
怪物を見ると足を震わせ、心なしか瞳が潤んでいる気がする。でもそんなのはあたしに関係ない。
容赦なく鉄の塊を振り下ろす。当たる直前でかろじて躱そうとしたのか、頭をではなく腕に当たる。
「グギャアアアァァァ!!!」
「うるさ…」
当たった箇所が弾け飛び、ミンチのようにぐちゃぐちゃになったものが飛び散る。
相当痛かったのか絶叫を上げ、口から赤い泡を吹いている。こちらを見る目が恐怖に染まっているのが分かる。
すぐにでも殺すべきなのは分かってる。…けど、黒い感情がそれを邪魔する。
残った手足を潰して、その後に頭を潰す。すぐには殺さず、痛めつけようとしていると、
「神代さん。」
「なんです?あたし怪我したんですよ?やり返してもいいですよね?」
「…だめ、早くトドメをさして。まだ動ける以上を何するか…」
「こいつが抵抗するように見えますか?」
「それでもやめた方がいい。…シェルターにいる人たちが見に来るかもしれないから、早く。」
確かにこれだけ騒いでいるのだから、誰か来るかもしれない。
怪物を痛めつけている姿なんて見られたら、いい印象は持たれないだろう。まあ現状でも印象は悪いだろうけど。
心を落ち着け怪物に向き直る。
トドメを刺すため、武器を振り上げる。
「結!大丈夫か!」
バリケードの前から呼ばれた。
声からして龍之介だろう。…一体何しに来て…そう思って怪物から一瞬目を離した。
その隙を突かれ、怪物があたしの横を走り抜ける。逃げる気…いや違う、怪物は龍之介に向かっている!
?!…何を考えているのか龍之介は銃すら持ってない!あれじゃあ殺されに来ただけだ。
武器を捨てすぐに後を追いかけるが、奴はすでに無防備な龍之介の前にいる。腕を振り上げ切り裂こうとしているのが見える。
怪物の後ろにたどり着いた時、怪物の爪が頭上に迫っている。怪物を突き飛ばしても爪を止められない。
…あたしは龍之介に体当たりをして彼をどかす。位置が入れ替わったあたしの腕に怪物の爪が突き刺さった。
鋭い痛みを感じ、すぐに体を捻る。けれど突き刺さった爪は抜けない。
突き立てられた爪を振りぬかれ、あたしの腕の肉が削ぎ落とされる。
鮮血ともに薄ピンク色の肉が地面に落ちる。
「ぐぅ…!あが…つぅ…つぁ…!ふー…!ふー…!大…丈夫?龍之介…」
「ゆ、結…腕…ああ…お、俺は…」
「ワォオオオオオ!!」
「うぅ!…ああ!!」
あたしの腕は上半分がなくなっていて骨が露出しており、細い血管から血が噴き出ている。
弱ったあたしを仕留めるために再び爪を突き出してくる。あたしはその腕を掴んだ。
そのまま空中に持ち上げる。身動きできない怪物を、勢いをつけて地面に叩きつけた。
子犬のように情けない声をあげ、地面に転がり痙攣して動かなくなった。それに蔓木が薬品をかけて溶かしている。
怪物が完全に動かなくなったのを確認すると、あたしに駆け寄って怪我の具合を確認してくる。
「神代さん大丈夫!?…っひどい怪我…とにかく消毒して、止血しないと!」
「…大丈夫です。しばらくすれば治りますから。」
「何言ってるの!治るわけ……え…傷が塞がって…」
「変異の影響でこうなったんです。蔓木さんは違うんですか?」
「ええ、私にはこんな能力ない。けど、そっか…便利な能力ね。羨ましいな〜。」
「…そうですね。」
そう思えるのはあたしの現状を知らないからだ。あげれるものなら、あげたい。
でも今は、そんなことよりも言わないといけないことがある。
あたしは低く冷たい声で尋ねる。
「何考えてるの…龍之介。ねえ、いつから自殺志願者になったの?」
「いや…そういうつもりじゃなくて…助けになればって…」
「だったらなんで丸腰で来たの?今まで何を見てきたのっ!!」
「…悪かった…考えが足りなかったのは認める。でも、何かできないかって思ったら行動してて…」
「はあ?できることも何も、邪魔しかしてないって分からないの?!邪魔するくらいなら!」
「そこまで!神代さんちょっと言いすぎだよ。けど真壁君も、もう少し考えて行動しょうね?」
「はい…すみません。」
「…ごめん。」
「いや結は謝らなくていい。悪いのは俺だ。…くそ、何やってんだ俺…」
…正直言って今回の龍之介には失望した。
確かに頼りないところはあるけど、ここまでひどいことをするとは思ってなかった。
別に頼りなくてもいい、自分にできる範囲でやってくれれば構わない。
けど、今回のはできもしないことを何も準備せずに首を突っ込んできた。
何を考えてるのか理解できない。
それにここにいるってことは舞を1人置き去りにしたってことだ。
もしバリケード内に怪物が入って行ったらどうするつもりだったのだろうか。
…龍之介を頼りにするのは間違いなのかもしれない。そう思っていると、横にいる舞が話しかけてくる。
「ねえ結さん。どうして龍之介さんが来たかわかりますか?」
「………」
「こう思ってるんですよ、結さんなら助けてくれる。そうだ、助けさせて怪我でもさせてやろう…ってね…ふふ。」
そんなことはないって分かってる。
…でもその可能性もあり得るって考えてしまう自分が情けなかった…
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