2-2.曖昧になる現実
暗い室内、しかし目を瞑っても眠れない。
眠気は感じているものの、それを遥かに上回る恐怖のせいで心と体が睡眠を拒否している。
友人の姿をした何かから延々と声をかけられ続ける。優しく囁くような声で、呪いのような言葉をあたしに浴びせてくる。
あたしは毛布を頭から被り、体を丸めて全てを聞き流し続けた。けれど全てを聞き流すことはできない。
心を抉るような言葉を投げかけられるたびあたしの体は震え、その様子を見て愉快そうに笑う声が聞こえる。
暗闇の中ただ耐え続けることしかできず、あたしの心は擦り切れていく…
手元に銃がなかったのはよかった。もしあったら、間違いなく頭を撃ち抜いていたと思う。
…そんなことを朝になるまで続けたからか、体調は最悪だった。
「…結さん?起きてますか…?」
いつも聞いている、どこか不安げでありながら優しさを感じる声…けど今はその声を聞きたくない。
誰かに体をゆすられている。
ベッドのそばで眠っていた舞があたしをゆすって起こそうとしているみたい。
あたしは今起きたように装って返事を返す。
「……まっ…舞…おはよ……ど、どうしたの?」
普通に話すつもりだったけど、夜通し言葉責めされ続けたせいか…少し動揺が混じった。
そんなあたしの様子に気づいていないのか、不安げな表情が笑顔に変わった。
「結さん!よかった…目が覚めたんですね。昨日のこと覚えてますか?」
「ごめん…なんだっけ…」
「昨日お風呂で倒れていたんですよ!それも口から血を流していて…すごく心配したんですよ?もう平気なんですか?」
「…そう…なんだ。うん、大丈夫。ごめんね心配かけ」
「ふふ…そうやってまた誤魔化すんですね?やっぱり、結さんはわたしのこと信じてないんですねぇ〜仲間なんて口ばっかり!」
目の前にいる舞の表情が歪む。幻覚の舞が本物の舞に重なっているのだろう。
けれど、それを判断する方法がない。目の前の何かは動揺するあたしを見て楽しんでいる…
愉快そうに、あたしを見下しているような表情でまたあたしの心を抉る。
「…ち、ちが」
「結さん?どうかして」
「っ!ごめんちょっと寝汗かいたから、シャワー浴びて来る。」
「えっあ…はい。これ、着替えです…」
これ以上会話していたらボロが出る。余計な心配をかけたくない。
心の整理をしておかないといけない。2人に迷惑はかけられない。
着替えを受け取り、浴室へと入る。
「う…おぇええ…ゲホ!ゲホ…うぅ…」
すぐにトイレに近づき吐いた。昨日吐いた後、何も食べていなかったからか胃液しか出てこない。
血が混じっているのか、胃液が赤色をしている。…胃潰瘍とかになってないといいけど…
口から流れ出るのは胃液と血が混じったものだけ、けれど気分の悪さが少しでも和らぐように吐き続けた。
世界が回っているように感じ、足元もおぼつかず、頭は寝不足のせいか熱っぽい。
シャワーから冷水を出し、被り続ける。そのおかげか少し落ち着いてきたが、それと同時に言いようのない焦燥感が襲ってくる。
仲間や自分の幻覚が見えて、それが現実と区別がつかない。
この状態が続けば、いずれあたしの心が持たない時が来る。そうなった時に一番危険なのは…2人だ。
それにこのまま放置していたらまた、別のあたしが出てきて…あたしの知らない間に何かしでかすかもしれない。
そうなったら、静華の時みたいなことがまた起きる。
それだけは嫌だ。また自分の手で仲間を殺すのは絶対に嫌だ…
…けどこれはあたしの問題だ。あたしがなんとかしないといけない。
そうあたしが、なんとかしないといけない。全部あたしがちゃんとしないといけない…ちゃんとしてなかったからこうなったんだ。
全部あたしのせいだ…そう、だからもっとしっかりしないと…責任を果たさないといけない。
…だから、
「あ〜かわいそ!せっかく舞が心配してくれてたのに、それを無碍にするなんて…あたしってホントひどいね!」
さっきまでいなかったはずの、自分の姿をした何かが突然現れても気にしてはいけない。
「………」
「あららまた聞こえないふり?はは!けどそれ無駄だったでしょ?面白かったよ〜毛布をかぶって無様に震えている姿!怖かったでちゅね〜?あはははは!!」
「っ!うるさい!あんたや、あの時の舞も静華も全部幻覚!実際にはいないし触れもしない!だから邪魔しないで!もう出て来ないで!」
「……へぇ…けどさぁ、それって本当なのかな?」
「何が!」
「あたしがここにいないって話と〜……触れないっては・な・し!」
その言葉であたしの思考は止まった。
今だって何もないはずの場所に突然現れて、普通に会話が成立している。
あたしの心をすりつぶす言葉を投げかけ、壊そうとしてくる。
けれど触れないからこそ、幻覚だと判断ができる。だからこそダメだ。
それはいけない。絶対にあってはならない。…だってそんなの……もう現実と変わらない。
すでに現実との境界は崩れて曖昧になり、まともな思考が出来なくなる。これ以上は持たない。
「な、な…に言って…そんなの当たり前…」
「じゃあ試してみてよ?ほら、お触りしてみて?その手を伸ばしてあたしに触れるだけ…簡単でしょ?」
「………い、いや…」
触れられるはずない。…けれど、もしかしたら触れるかもしれない。
その考えが頭をよぎるたび、目の前のあたしが現実を侵食していく。
絶対に認めてはいけない。…あたしの現実を壊してはいけない。
「え〜?そんな〜!…んーじゃあいいやあたしから触りにいくから。」
「!い、いや!やめて!」
「ふふ…弱ってる自分を痛ぶるのも楽し♪ほ〜ら…あたしの手が頬に触れるよ?」
「い、いや…来ないで…来ないで!!」
眼前に迫り来るものを払い除けようとした時、何かが手に触れ…叩いたような音がした。
そのせいか右手の甲が熱を持って少し痛い。まるで何かを叩いたように…
目の前のあたしが、赤くなっている頬を押さえながら下がっていく。
…今あたしは何をした?
頭が理解を拒んでいる。心が拒否している。…でも、体に結果が残っている。
また、あたしの現実が壊れていく…
「…うそ…でしょ…だって…だって!」
「あはははは!!…これでわかったでしょ?あたしは…あたし達はここにいる。あんたが幻覚だって言っても無駄!声が聞こえて、触れることができる…それはもう現実だよね?」
「あぁ…あああ…」
「ふふ…楽しみだなぁ…現実と幻覚がわからなくなったあたしが、どんな壊れ方をするのか…ずっと近くで見ててあげる♪」
「…ああああああ!!!」
洗面台へと駆け寄り、鏡を叩き割った。
殴りつけた手には破片が深々とささり、針山のようになっている。
あたしは足元に落ちた大きめの破片を手に取り……自分の喉を裂いた。
生暖かいものが喉を伝って、体を流れ落ちていく。
「かっ…あ……」
壁に残っている鏡には、喉から大量の血を流している自分の姿が見える。
…その後ろには、その様子をみて愉快そうに笑っている自分が見えた。
でもそんなのはどうでもいい。これで終わる、解放される。
もう無理だ。友人の姿をした何かが、友人の声であたしを責め続け。
自分の姿をした何かが狂った様子で、あたしが壊れるのを楽しんでいる。
そしてそれがもう夢なのか、現実なのか、幻覚なのか…わからない。…………もう嫌だ…
「ねえ。」
「あ…か……」
「ああ〜声が出ないか。まあいいけどさ〜…ふふ…それで解放されると思ってんの?」
その言葉を皮切りに、首の傷が時間を戻したかのように元通りになっていく。
数秒で傷が塞がり、痛みも消えた。血の跡がなかったら喉を切り裂いたなんてわからないだろう。
その事実が、あたしをさらに絶望へと追い込んでいく。
「…………っ!…ゲホ!ゲホ!ぐぅ…ああ…なん…で…死ねない…の?」
「なに、忘れちゃった?ほら〜美味しそうに食べてたじゃん。…怪物になった静華の肉。」
「そ…それになんの関係が…」
「あの時の静華は、人型の怪物を取り込んですごい再生能力を身につけてたでしょ?それと同じことが起こってるだーけ。」
「痛!」
痛みの箇所を見ると、手に刺さっていたガラスが抜け落ちていた。
傷口から肉が盛り出して破片を押し出している。喉と同じくすぐに傷口がなくなった。
その後も床の破片で腕を何度も何度も何度も何度も切りつけ続けた。けれどどれだけ傷つけようが、数秒で治ってしまう。
間違いない、あたしは完全に人型が持っていた再生能力を引き継いでいる。
こんな状況だ、普通の人なら喜ぶべきことなのかもしれない。
どれだけ傷を負ってもすぐに治る、そんなのは不死に近い。少しの怪我が致命的になる今なら、喉から手が出るほど欲しい能力だと思う。
けどあたしはむしろ逆だった。
…だってそんな能力が身についてしまったってことは、
「そ!もう逃げられないね?…ふふ…あははははははははは!!!!!!」
「…あ…ああ…」
「どれだけ絶望して、死にたい!殺して!って願っても…死ねない!ふふ!よかったねぇ!あははははははは!!!」
「……あ……あは……あはは…ふひひひ……」
「あらら壊れちゃった?…ほら、さっさと起きなさい!」
腹部に痛みが走る。
目の前のあたしが項垂れているあたしを蹴り起こそうとしたみたいだ。
それでもあたしは動かない。…今の状況が今後もずっと続く、そんな絶望しかない未来を受け止めることはもうできない。
…反応がないあたしの頭を、目の前のあたしが踏みつけて床に押さえつけている。
シャワーから流れ出る水が顔を濡らし、上手く呼吸できない。
…このまま息を止めていれば、死ねるかもしれない。
「…はぁ…ホントあたしってクズだね。まあいいや、あんたがダメなら他のやつで遊ぶから。」
目の前のやつのその言葉で正気を取りもどす。
頭の上に乗っている足を払いのけ、あたしを睨みつけながら聞いた。
「…………どう…いう…」
「どういうって、そのままの意味だよ。部屋の外にいるじゃん…いいおもちゃ♪」
「!…あの…2人に!手出しは、させない!」
「え?違う違う!出すのはあたしじゃなくて、あんたよ?」
「あたしはそんなことしない!…絶対に!」
「…ふーん?けどさ〜、心が壊れたら…あんたは人形と変わらないでしょ?」
「何を言って!」
「だから!そんなあんたを操って…ううん、乗っ取って!あたしが楽しんであげるってこと!」
その言葉で、あたしの中の何かが切れた。
どす黒い感情が湧き上がってくる…
「……………ふざけんな……絶対にさせない。」
奥歯が砕けるほど噛み締めながら言い放つ。
あたしがどうなろうとかまわない。けど、あの2人が傷つくようなことは絶対に許さない。
死にたくても死ねない。このまま自殺を続けても、あたしの心が先に壊れる。
そうなったら、目の前のこいつはあたしになり変わるだろう。
………やってやる。
今後、どれだけ心を割かれるようなことがあっても…絶対に折れない。
必ずあの2人は守ってみせる。
…そして、
「ねえ…あんた実在するんでしょ?…だったら…」
あたしは必ず…目の前のこいつを、
「あんたを殺してやる!八つ裂きにして、2度とその顔でしゃべれないようにバラバラにしてやる!」
「…ぷっ、あっははは!!いいじゃんそれ!あたしっておもろ!いいよ?見ててあげる、あんたが壊れるその時まで。けど壊れたら、どうなるかわかってるよね?あははは!!」
「殺してやる…絶対に……どんな姿になっても、必ず…コロシテヤル…ふふ…あははははは!!」
この時のあたしはすでに壊れていた。
目の前には誰もいない。ただ1人で何もない空間に殺人予告をする狂人…
見えているものは、あくまで自分から生まれた空想の産物でしかない。
触れることができたのも、触れると錯覚して、脳が誤った情報を送っているだけだ。
そのことに気づけないまま…水の流れる音しかしない部屋で独り、狂ったあたしは叫び続ける。
神代 結の心はすでに壊れている。
…そのことに気づくのは、まだ先のことだ…
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