四度目は、喜んで
謁見の翌日、私はグウェンを連れて、もう一度マダム・ロシェの店へ行った。
今度は家の古いほうの馬車ではなかった。ダンカン様が、宿から北の騎士団の黒い馬車を回してくれたのだ。座席はどこも傾かなかった。グウェンは乗り込むなり、座席を手で押してみて、「まっすぐですね」と感心していた。
ダンカン様は店の入口までついてきて、戸口の脇の椅子に腰を下ろした。仕立て屋の小さな椅子に北の辺境伯が座ると、椅子のほうが子ども用に見えた。
「婚礼の衣装を、お願いしたいのです」
私が言うと、マダムは巻き尺を首から外して、私の顔を見た。
「婚礼は、いつ、どちらで」
「夏至の後に、北で」
「では、仕上がり次第、北へお送りしましょう」
マダムは帳面を開いて、新しい頁に私の名前を書いた。それから、ペンを止めて言った。
「お嬢様のドレスを縫うのは、これで四度目になりますね」
二年前の白、菫、銀糸の白。そして、これが四度目。今度は、私も数え間違えなかった。
「四度目は、喜んで」
代金の話になると、戸口の椅子からダンカン様が立ち上がった。
「北の流儀だ。花嫁の衣装は、花婿の家が出す」
一回でそう言って、マダムに北の騎士団の印の付いた手形を渡した。私が財布を開く暇もなかった。中にはもう、いくらも残っていないので、助かったと言えば助かったのだけれど。
帰りぎわ、私はもう一つ頼みごとをした。
「二年前の白を、普段着に仕立て直していただけますか。北で着たいのです」
一度も袖を通さなかったドレスは、王都では二度と着る場所がない。北でなら、毎日着られる。
マダムは二年前の白を作業台の上に広げて、「肩には共布を足して、丈は裾に別の布を継ぎましょう。普段着なら、それで十分です。襟は詰めて、袖も細くします。北の風は袖口から入りますから」と言った。
直し代は、今度こそ私の財布から出した。仕上がったら、婚礼の衣装と一緒に北へ送ってもらう。
* * *
謁見から間もない午後、荷造りをしている私の部屋に、ジニーが紙を一枚持ってやってきた。
八人目の家庭教師が、もう辞めたのだという。ジニーが授業中にインク壺を投げて、先生の上着の袖が黒くなった。謝りの手紙が要る。
「お姉様、これで最後だから。ね?」
ジニーは紙を差し出して、首をかしげた。この首のかしげ方で、ジニーはこれまで、たいていのものを手に入れてきた。
私は、数えなかった。三回言わせるまでもない。私が欲しいものの話ではないからだ。
「ジニー。それは、あなたの手紙よ」
ジニーの首が、かしげた角度のまま止まった。
私は紙を受け取って、端に一行だけ書いた。先生、昨日は。
「続きは、あなたが書くの。何をしたのか、何が悪かったのか、これからどうするのか。三つ書けば、手紙になるわ」
紙を返すと、ジニーはそれを握りしめて、母を呼びながら廊下を走っていった。
しばらくして、戸口に母が来た。荷造りの部屋を見回して、それから私の荷物の少なさに目を留めた。行李と、本の箱だけだった。
「北は寒いでしょうけど、あなたは大丈夫でしょう」
「はい。寒ければ、北の方に一回で言います」
母は何か言いかけて、口を閉じた。廊下の向こうからジニーの泣き声が聞こえると、母はそちらへ戻っていった。
* * *
出立は、謁見から四日後の朝だった。
父は、書斎から出てこなかった。引き出した金を紋章院へ戻すために、王都の東の別邸を売る話を仲介の者と詰めているのだと、執事が教えてくれた。母は玄関まで出てきて、ジニーは二階の窓から一度だけ顔を出して、すぐに引っ込んだ。
ダンカン様の馬車には、私とグウェンが乗った。ダンカン様と従者のオズ、北の騎士たちが、馬で前後に付いた。北の館までは、十日かかる。
旅の途中、街道の脇に果樹園が続いた。林檎の木はどれも花を落として、小さな青い実をつけ始めていた。
「北の林檎は、もう花が終わったでしょうか」
窓から外を見ながら、私は何気なく一回だけ言った。
馬車の横で馬を進めていたダンカン様は、果樹園のほうを見て「北は遅い」とだけ答えた。
その日の宿で、夕食の後、ダンカン様が一回聞いた。
「疲れたか」
「大丈夫です」
口が先に答えていた。十八年、家で言い慣れた言葉だった。
「そうか」
ダンカン様はそれだけ言って、それ以上は聞かなかった。北では、一回で聞くのだ。
部屋に戻ると、グウェンが私の靴を脱がせて、踵の皮がむけているのを見つけた。新しい旅の靴が合っていなかったのだ。グウェンは布を巻きながら、一回だけ言った。
「お嬢様。北の方に『大丈夫』とお言いになったら、本当に大丈夫だとお聞きになりますよ」
北では、疲れたときに何と言うのだろう。私はまだ、その言い方を知らなかった。
それからも、宿に着くたびに、ダンカン様は一回だけ「疲れたか」と聞いた。私は毎晩、「大丈夫です」と答えた。
何日か進むと、街道の両側の畑が、牧草地と低い石垣に変わった。遠くの山の頂には、春の終わりだというのに、まだ白いものが残っている。
北の騎士たちは、宿でも食堂でも、注文を一回しか言わなかった。宿の主人が聞き返すと、同じことを同じ言葉で、もう一度言うだけだ。言い方を変えない。不思議に思ってオズに聞くと、オズは「言い方を変えると、別の話かと思われますから」と言った。
それで気づいた。私は一つのことを頼むのに、三通りの言い方を用意する癖がある。一回目は丁寧に、二回目は短く、三回目ははっきりと。北では、一回目しか要らないらしい。
* * *
旅の終わりの夕方、峠の手前の長い坂を上りきると、坂の上に石造りの館が見えた。窓に灯が入り始めている。
北の館だ。
門の前で、背の高い男の人が一人、こちらを見ていた。北の騎士団の外套を着て、私と同じ栗色の髪を短く刈っている。
兄だった。




