↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「妹が先よ。あなたは手がかからないから」と母が言うので、三回言って届かないものは自分で取りに行きます【連載版】  作者: みれいぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/19

八年ぶりの王都で、三回を数えた【ダンカン視点】

 王都の広間は、暖かすぎる。


 燭台と暖炉と、人の熱。北の峠の砦なら、この半分の火で冬を越す。吹雪の夜には、声が届くのは三歩先までだ。ここでは誰もが三歩以内にいるのに、私のまわりだけ、人が離れていく。


 八年ぶりの王都だった。


 若くして父を雪崩で亡くし、家督と北の騎士団を継いでから、春の舞踏会には一度も来ていない。今年は陛下に、顔を出せと言われた。峠を守った労いだと仰ったが、縁談を進めろという含みもあった。王都から来た縁談は、八年で四つ。どの相手も「北は嫌」と言うか、返事を先に延ばした。一回で頷けない人に、北の冬は越せない。私はそう言って、どれも断った。


 だから今夜は、壁の柱のそばで、お披露目の曲が終わるまで立っていればいいと思っていた。


 懐には、副官のジャーヴィスから預かった封書が一通ある。


 ジャーヴィスは六年前に北に来た。ペンローズ伯爵家の跡継ぎで、字がきれいで、刻限を一度も違えない男だ。あれの机には、毎月、王都から妹の手紙が届いた。ジャーヴィスはそれを、見回りから戻ると必ずその日のうちに読んだ。


 一度、手紙をたたみながら、あれがこぼしたことがある。


「団長。六年で、妹が俺に頼んだものは、一つもないんです」


 同じ机に、父親の伯爵からも、ときおり手紙が来た。中身はいつも同じだったらしい。ウィラは聞き分けがいいから、心配はいらない。


 聞き分けのいい娘というのを、私は見たことがない。北の娘は、寒ければ寒いと一回で言う。言わない娘がいるとしたら、それは手がかからないのではなく、誰も手をかけていないだけだ。


 王都へ発つ前の晩、ジャーヴィスは封書を私に預けて言った。


「妹を、一目見てきてください。それと、父がまた『聞き分けがいいから』と言ったら、これを妹に渡してください」


 中身は聞かなかった。ジャーヴィスのほうが、一言だけ言った。王宮の古い定めを写しました、王妃陛下の後見の定めです、と。それで足りた。一回で頼まれたことは、一回で引き受ける。


* * *


 お披露目で、名を呼ばれた娘たちが、壇の前で膝を折った。


 ペンローズ家は二人だった。先の娘は、裾の長すぎる菫のドレスで、戻るなり母親の胸に顔を埋めた。後の娘は、飾りのほとんどない白で、裾に銀の糸が一筋だけ通っていた。母親の体は、半分、先の娘のほうを向いていた。


 あれがジャーヴィスの妹だと、すぐに分かった。目元が似ている。それに、歩き方が北の人間に近かった。足元を見ずに、まっすぐ前を見て歩く。


 一曲目の前、銀糸の娘は父親のそばに立った。


 唇が動いた。一回。父親は下の娘の手をさすっていた。


 二回。父親は何か答えて、下の娘の手を取った。


 三回。父親の背中は、もう広間の真ん中へ向かっていた。振り向かなかった。


 私は、数えていた。北では、同じことを三回言う人間はいない。三回言わなければならないことがあるなら、それは吹雪の中だ。この暖かすぎる広間の、どこに吹雪が吹いているのかと思った。


 娘は泣かなかった。広間を一度見渡して、それから歩き出した。


 まっすぐ、こちらへ来る。


 自分のところへ来ると分かったとき、私の手元には断る言葉が一つもなかった。縁談を断ったときの言葉は、どれもこの娘には当てはまらなかった。


 娘は私の前で足を止めて、一曲目の相手を申し込んだ。一回で言った。


 だから私も、一回で答えた。娘が言い終わるのを待たずに、手が出ていた。


* * *


 踊り始めてすぐ、私は、誰かに聞かれたら兄上の代わりに踊ったと答えておこう、と言った。父親の手に取られなかった娘だと広間が噂を始める前に、言い訳を一つ持たせておきたかった。娘は、兄らしい、という顔をした。


 父親のそばで三回口を動かしていたな、と言うと、娘は足を止めかけた。数えていたのか、と聞いた。娘は、隠さなかった。


 踊りながら、娘は祖母の教えを話した。欲しいものは三回言う。三回言って届かなければ、自分の足で取りに行く。


 話がその朝のドレスに来て、仕立て屋に取りに行ったところまで来たとき、私は笑いを堪えきれなくなった。


 三回数えてから取りに行く娘が、取りに行く先に、私を選んだのだ。


 北の男なら、一回で言う。この娘は家に、一回で足りるはずの頼みを三回言って、三回分の機会をやっていた。家は三回とも、振り向かなかった。その結果、娘は一曲目の相手を、自分の足で、北の辺境伯のところへ取りに来た。


 笑いが止まらなかった。近くの組が振り向き、娘の父親も、初めてこちらを見た。


 すまない、笑うところではないな、と言うと、娘は、笑ってもらえて少し楽になった、と答えた。北の娘なら、楽になったと言うときは本当に楽になっている。王都の娘がどうかは知らない。だが、この娘の声は、取り繕う声ではなかった。


 曲が終わる前に、決めた。


 一回で頷けない人に、北の冬は越せない。私は八年、そう言って縁談を断ってきた。この娘は、三回言っても届かない家で、泣かずに数えて、自分の足で歩いてきた。一回で頷けるかどうかは、聞いてみればいい。


 明日、伯爵家を訪ねてもいいか、と聞いた。娘は、一回で答えた。


* * *


 王都の宿に戻ると、従者のオズが私の外套を腕に掛けて言った。


「団長、踊ったそうですね。王宮の控えで、御者たちがもう噂していました」


「明日、ペンローズ伯爵家へ行く」


「何をしに」


「結婚を申し込みに」


 オズは外套を持ったまま止まった。オズは北の男で、主人の言うことは一回で聞く。その男が、もう一度聞いた。


「……何をしに、ですか」


「結婚を申し込みに」


「今夜踊った、あのお嬢さんに」


「結婚を申し込みに」


 三回目を言ってから、私も気づいた。北の男が同じことを三回言ったのは、たぶんこの宿が初めてだ。オズは外套を掛けて、「承知しました」と一回で言った。


 夜明け前、私は宿の近くの菓子屋の戸を叩いた。店の主人は寝間着のまま出てきて、林檎のタルトを丸ごと一つ、と言う私を、三回見直した。


 娘は踊りながら言っていた。小さいころ、最後の一切れを妹の皿に回された。翌朝、祖母と一緒に、丸ごと一つを自分の足で買いに行った、と。


 一回聞いたことは、覚えている。


 焼き上がりを待つ間に、カードを一枚もらって、一行だけ書いた。


 午後二時に伺う。ダンカン


「オズ。これを箱に添えて、伯爵家へ届けろ。ウィラ嬢に、と念を押せ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
この娘の家は、一回目で届けていればよかったものを、三回分の機会をもらっていた。>この文章が何を言いたいのかよくわかりません。 ウィラ嬢は三回分の機会を貰っていたのではなく与えていた側だと思いますし一回…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。