疲れました
北街道を上る荷馬車は、遅かった。
坂が急になるたびに、馬が足を止める。そのたびに騎士たちが馬から降りて、荷台の後ろを押した。兄も押した。私は馬車の窓から、押される荷台の数を数えていた。十二台のうち、止まるのはいつも同じ三台だった。油の樽を一番多く積んだ三台だ。
毎朝、宿を出る前に、荷を数えた。
灯りの油、六十樽。薬、四十箱。毛布、百枚。
数え終えると、兄が帳面に印をつけた。一日目の朝も、二日目の朝も、同じ数だった。王都で積んで、宿場で降ろして、また積んだ数が、毎朝そのままそこにあった。それだけのことが、八年に一度もなかった。
ある日の昼、雪がちらついた。
大きな雪ではなかった。荷台の幌の上に白いものが落ちて、すぐに溶けた。けれど、騎士たちは空を見上げて、それから黙って馬の歩みを速めた。北の人が黙って急ぐときは、本当に急ぐときだと、私はもう知っていた。
ある夜の宿で、兄が言った。
「お前、宿場で一回も『大丈夫です』と言わなかったな」
「言う相手がいませんでしたから」
「ブロムに言えばよかったのに」
兄はそう言って笑った。私も少し笑った。ブロムに大丈夫ですと言ったら、ブロムは本当に大丈夫だと思って、樽をもう十四本抜いただろう。
* * *
帰りの旅の終わりの夕方、館の坂の下に、最初の荷馬車が着いた。
坂に、人が並んでいた。
館の町の人だった。騎士の妻たちと、その子どもたち。粉屋。靴屋。キルスティ。台所の前掛けのままのヘスター様。グウェン。誰が知らせたのか、坂の下から館の門まで、道の両側に人が立っていた。
荷馬車が一台ずつ坂を上ると、並んだ人の前を、油の樽が通っていった。
「今年は」
騎士の妻の一人が、通り過ぎる樽を数えながら言った。
「冬の終わりに、灯りを半分にしなくていいんですね」
隣の妻が、黙って頷いた。そのまた隣の妻は、子どもの肩に手を置いて、樽が通るたびに指を一本ずつ折っていた。
キルスティが、坂の途中で一台目の荷馬車に近づいた。荷台の一番後ろの樽に、そっと手のひらを当てた。北の冬に、夫を亡くした人だった。樽に手を当てたまま、荷馬車と一緒に少しだけ歩いて、それから手を離した。
私の馬車が坂の下に着いたのは、荷馬車の列の真ん中あたりだった。
馬車を降りると、子どもが一人、私の前に駆けてきた。騎士の妻の誰かの、下の子だった。
「うちの奥方様が、宿場まで取りに行ったんだって」
大きな声だった。後ろで母親が慌てて口を押さえようとしたが、子どもの声のほうが早かった。別の子が、同じことを言った。うちの奥方様が。また別の子が言った。子どもたちの声が、坂の上へ順に伝わっていった。
奥方様、ではなかった。うちの奥方様、だった。
ヘスター様が、坂の途中で腕を組んだまま、ふん、と鼻を鳴らした。
グウェンが人の列から出てきて、私の乗ってきた馬車の扉を開けた。座席の毛布を手に取って広げ、たたみ直した。出かける日に入れたときと、たたみ方が違っていた。
「お使いになったんですね」
「寒かったので」
グウェンは毛布を胸に抱えたまま、しばらく私を見つめていた。目尻を指で押さえて、黙って列へ戻った。
* * *
坂の上から、黒い外套の人が下りてきた。
ダンカン様だった。峠の見回りから、先に戻っていたと、後で聞いた。並んだ人の間を、まっすぐ下りてくる。町の人が、一人ずつ道を空けた。
ダンカン様は、私の前で止まった。
まず、私の足元を見た。新しい靴の泥、外套の裾、と順に目を上げて、最後に私の顔で止めた。人の手と足を先に見る人だと、前にヘスター様が言っていた。
「大丈夫か」
一回だけ、聞かれた。
坂の両側で、町の人がこちらを見ていた。騎士たちも、兄も、グウェンも見ていた。大丈夫です、と言えば、それで済む。誰も困らない。
私は、口を開いた。
「疲れました」
自分でも驚くほど、すぐに出た。
何日も、荷馬車の列の中で、馬車に揺られた。宿場で、ブロムの前に立った。夜の馬継ぎ所まで歩いた。毎朝、樽を六十数えた。全部、本当のことだった。
ダンカン様は、返事をしなかった。
外套の前を開いて、私を中に入れた。それから外套ごと私の肩を抱えて、そのまま坂を上り始めた。足が地面から半分浮いた。
「ダンカン様、歩けます」
「疲れたと言った」
「言いましたけれど」
「一回で聞いた」
後ろで、兄が声を上げて笑った。騎士たちが笑い、騎士の妻たちが笑った。誰かが口笛を吹いた。子どもたちが、うちの奥方様が団長に運ばれてる、と叫んだ。
私は外套の中で、顔を伏せた。外套は、峠の雪の匂いがした。
坂の上の門まで、ダンカン様は一度も私を降ろさなかった。
* * *
次の朝、奥方様の机の部屋に入ると、机の上に紙の山があった。
留守にしていた間に、町の人が持ってきた頼みごとの書き付けだった。エイモスとガーニーが、来た順に重ねておいてくれたらしい。
私は、山の端から数えた。
四十枚あった。




