↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「妹が先よ。あなたは手がかからないから」と母が言うので、三回言って届かないものは自分で取りに行きます【連載版】  作者: みれいぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/26

北の荷は、最後でいい

 宿場町ウェスカーに着いたのは、館を出て何日目かの夕方だった。


 北街道を下りきったところで、道が広くなる。王都から来る本街道と、北へ上る北街道が、町の真ん中の広場で分かれている。広場の東側に、大きな倉が並んでいた。問屋ブロムの倉だと、騎士の一人が言った。


 倉の前には、荷馬車がずらりと並んでいた。荷台には麻袋と木箱が積まれていて、どの荷にも、南行きの札が下がっている。


 北行きの札の付いた荷馬車は、一台もなかった。


* * *


 ブロムは、倉の戸口で帳面をつけていた。


 年配の、腹の出た男だった。騎士の外套を見て、すぐに北の者だと分かったらしい。帳面を閉じて、愛想よく笑った。


「これはこれは、北の方。こんな季節に、わざわざ」


「北の騎士団の、冬の物資を受け取りに来ました」


 私が言うと、ブロムは私の顔を見て、それから私の後ろの兄と騎士たちを見た。辺境伯夫人が自分で来るとは思っていなかった顔だった。


「北の荷なら、ちゃんと手前どもの倉にございますよ。南の荷が片付いたら、すぐに上げます」


「いつ片付くのですか」


「取り入れの荷が終わる頃には」


 ブロムは、手を揉みながら言った。


「北の荷は、雪の前に出れば上等でしょう。北の方は一回しか言ってこないし、文句も一回で終わる。毎年、手がかからなくて助かっております」


 後ろで、騎士の一人が息を吸う音がした。兄が、片手を上げてそれを止めた。


(手がかからない)


 私は書類入れを開けて、軍務院の院長の書状を出した。


「軍務院の院長から、北の荷を直ちに館へ届けるように、とあります」


 ブロムは書状をちらりと見て、笑みを崩さなかった。


「ええ、ええ、存じております。ですから、着いた分は、すぐに出しますとも。ただ、道中の損じばかりは、どうにもなりませんでね。樽というのは、揺られると割れるもんで」


「その損じは、どこで数えたのですか」


「どこで、とは」


「王都の荷馬車は、この宿場で荷を降ろします。王都からここまでに損じが出たなら、この倉の前で数えたはずです。ここから先で出たなら、館で数えたはずです」


 私は、八年分の送り状を一枚ずつ広げた。


「送り状には毎年、軍務院より受け、灯りの油六十樽、と書いてあります。あなたの署名で。六十樽を受け取ったなら、ここで損じは出ていません。館では、届いた樽を数えています。去年は、三十八樽でした。二十二樽は、この倉と館の間のどこかで割れたことになります」


 ブロムの笑みが、少しだけ固くなった。


「倉の荷受けの帳を、見せていただけますか」


「……帳は、手前の店のものでして。北の奥方様でも、お見せするわけには」


 ブロムは帳面を胸に抱えて、倉の中へ引っ込んだ。


* * *


 その夜、宿で兄が言った。


「どうする。騎士六人で、倉の戸を破るか」


「破りません」


 私は、院長の書状をもう一度読んでいた。最後のほうに、こう書いてある。宿場にて荷を降ろしたる際、当院の御者より損じの届けは、八年のうち一度もなし。


 当院の御者。


「お兄様。軍務院の荷馬車は、宿場で馬を替えるのでしょう」


「ああ。町の外れに、軍務院の馬継ぎ所がある」


「今夜、そこにいる御者の方に、会えますか」


 兄は少し考えて、それから外套を取った。


 馬継ぎ所には、荷馬車が何台か停まっていた。東の国境の砦へ、秋の物資を運ぶ途中だという。焚き火のそばに、髭の濃い大男が座っていた。御者頭だと、馬番が教えてくれた。


 私が名乗ると、御者頭は焚き火越しに私を見上げた。王都から来た荷を、長年、この宿場まで運んできた人だった。


 私は、王都で積んだ数の控えと、ブロムの送り状を並べて見せた。


 御者頭は、送り状の損じの行を指でたどった。指が、去年の行で止まった。


「二十二樽?」


 大きな声だった。焚き火の向こうの御者たちが、顔を上げた。


「うちは毎年、満杯で降ろしてる。割れた樽なんか、ここ何年も一つもねえ。ほかの荷にだって、損じなんか出たことはねえよ」


 御者頭は、送り状を握ったまま立ち上がった。


「うちの組が運んだ荷を、割ったことにされてたってのか。十年」


* * *


 次の朝、ブロムの倉の前に、宿場の役人が来た。


 御者頭が、夜明け前に役人の家の戸を叩いたのだ。軍務院の荷の扱いは、宿場の役人が預かっている。役人は痩せた初老の男で、御者頭の話と、私の並べた書類を、倉の前の台の上で一枚ずつ読んだ。


 読み終えると、ブロムに向かって言った。


「倉を開けなさい」


「役人様、それは」


「開けなさい」


 倉の戸が開いた。


 手前には、南行きの札の付いた荷が積まれていた。その奥に、北行きの札の付いた樽と箱が、壁際まで押し込まれていた。札の上に、埃が積もっていた。


 騎士たちが北行きの荷を数えた。薬と毛布は、数がそろっていた。けれど、薬の箱のいくつかと、毛布の束のいくつかには、紐が二重に掛けてあった。一本は北行きの札の紐で、もう一本の紐の先には、何も書いていない札が下がっていた。油の樽は、四十六。


 樽が、十四足りなかった。


 私は、手前の南行きの荷を見た。南行きの札の付いた樽が、十四並んでいた。


「その樽の、底を見せていただけますか」


 騎士の一人が、一番手前の樽を傾けた。樽の底に、焼き印が押してあった。


 御者頭が、樽の底へ顔を近づけた。


「その焼き印は、軍務院の印だ。うちの樽だよ」


 南行きの札を剥がすと、その下から、北行きの札が出てきた。


 広場に、人が集まり始めていた。南の商人たちが、自分の荷を見に来ていた。宿場の人たちが、倉の前の役人と騎士と、札を剥がされた樽を見ていた。


 ブロムが、声を上げた。


「北は、どうせ文句を言わないから――」


 そこで、ブロムは口を閉じた。遅かった。広場の誰もが、それを聞いていた。


 役人は、ブロムの手から帳面を取り上げた。


「私は毎年、王都の荷馬車が降ろす数を数えていた。損じは、問屋の届けとして受けていただけだ。届けの中身を確かめなかったのは、私の落ち度だ」


 役人はそれを一回で言って、ブロムに向き直った。


「軍務院の荷の扱いは、今日から私の預かりとする。今年の北の荷は、全部、すぐに館へ上げなさい。運び賃は軍務院の決めたとおりだ。去年までの損じの分は、帳を調べて、この倉の札の付け替えと一緒に軍務院に届ける。お前の扱いは、軍務院が決める」


 ブロムは何も言わなかった。帳面を取られた手を、所在なく前掛けで拭いていた。


(取りに来た)


 私は、心の中でそう数えた。三回言って、届かなかったものを、自分の足で取りに来た。


 兄が、騎士たちに一回で言った。


「油六十、薬四十、毛布百。一つずつ数えて、荷馬車に積め。札は北行きのまま、剥がすな」


 騎士たちが動き出した。ブロムの荷馬車の御者たちも、役人に言われて、黙って北行きの荷を積み始めた。


 御者頭が、私の前に来た。髭の中で、口が何度か動いた。それから、帽子を取った。


「北の奥方様。うちの組の名を、晴らしてくださって、ありがとうございます」


 焚き火のそばでは大声だった人が、小さな声で言った。


* * *


 その次の朝、北の荷を積んだ荷馬車が、北街道を上り始めた。


 十二台だった。先頭に兄の馬、最後に騎士たち。私の馬車は、真ん中に入った。


 広場を出るとき、振り返ると、ブロムが倉の戸口に立っていた。隣に役人が立っていて、ブロムの帳面を脇に抱えていた。


 前を向くと、北街道の先の空が白かった。峠のほうで、また雪が降っているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。