↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「妹が先よ。あなたは手がかからないから」と母が言うので、三回言って届かないものは自分で取りに行きます【連載版】  作者: みれいぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/32

手を貸してください

 荷が着くはずの日の夕方になっても、坂の下に荷馬車は来なかった。


 次の日も来なかった。その次の日の朝、峠の上が白くなった。最初の雪だった。館の町の人は空を見上げて、今年は少し早い、と一回ずつ言った。


 私は毎朝、東の窓から北街道の曲がり角を見た。数えるものがないので、日を数えた。


 それから何日も過ぎた朝、坂の下から薪売りが上がってきた。


* * *


 薪売りは、北街道を宿場と館の町の間で行き来している男だった。台所の裏口で薪を降ろしながら、ヘスター様に何か言っていた。ヘスター様はそれを聞くと、前掛けで手を拭いて、まっすぐ奥方様の机の部屋へ来た。


「ウィラ。宿場の話だ。本人から聞きな」


 薪売りは戸口で帽子を取った。北の人らしく、一回で言った。


「宿場のブロムの倉に、北行きの札の付いた荷が積んだままになってます。樽も箱も。半月ほど前に、王都の荷馬車が降ろしていったやつです。俺が宿場を出た日も、まだ積んだままでした」


「問屋の荷馬車は」


「南の商人の荷を運んでます。秋の取り入れの頃は、南へ下ろす荷のほうが運び賃がいいんで」


 薪売りは、声を落として続けた。


「ブロムは、北の荷は毎年最後でいいと言ってました。北の方は、雪の前に届けば文句を言わないからって」


 私は、礼を言って、薪売りに銀貨を一枚渡した。薪売りは要らないと言ったけれど、ヘスター様が、受け取っときな、と言うと受け取った。


* * *


 机の上に、全部を並べた。


 八年分の表。王都で積んだ数の控えの写し。院長の書状。ブロムの署名のある、八年分の送り状。


 王都では毎年、満杯で積んでいた。宿場で降ろしたときに、損じはなかった。損じは、ブロムが受け取った後で生まれる。荷が遅れるのも、ブロムの荷馬車が北を最後にするからだ。その荷が、今、宿場の倉に積まれたままになっている。


 街道が雪で閉じるまで、あと二十日ほど。


 書面で、もう三回言った。軍務院に二回、王妃宮に一回。三回目は届いて、王都の荷は出た。それでも、荷は館に来ない。今度届かないようにしているのは、王都の誰かではない。北街道の入口の、宿場の倉だ。


(自分の足で、取りに行きなさい)


 祖母の声だった。


 宿場町ウェスカーまで行って、倉で荷を積み、戻ってくる。急げば、二十日のうちに戻ってこられる。


 ブロムに手紙を書くことも考えた。けれど、ブロムは北の書面に一回で答えたことがない。早馬で往復しても返事は「追って」で、その間に雪が来る。それに、八年分の送り状と王都の控えを突き合わせてきたのは、私だった。倉の帳のどこを見れば損じが分かるのかを知っているのも、私だけだった。


* * *


 その日の昼、執務室へ行った。


 ダンカン様は、峠の砦へ上る支度をしていた。冬の前の最後の見回りで、雪が深くなる前に、砦で冬を越す騎士たちを入れなければならない。辺境伯が自分で行く見回りだと、兄から聞いていた。


 私は、宿場へ行きたいと一回で言った。薪売りの話と、倉に荷が積まれたままになっていることも。


 ダンカン様は、地図から顔を上げた。


 行くな、とは言わなかった。私が行く理由を、全部聞いた後だった。代わりに、私の顔を見て、一回だけ聞いた。


「大丈夫か」


 大丈夫です、と口が動きかけた。


 口が先に答える速さだった。王都の家で、北の宿で、叔母様の屋敷の机で、何度もその速さで答えてきた。今度も、そのまま言えば、この人は一回で信じる。三回聞くと誓った人だから、二回目を聞いてくれるかもしれない。けれど、それを待つのは違う気がした。


 私は、口を一度閉じた。


「手を貸してください」


 自分の声が、思ったより小さかった。


「騎士を何人か、兄と一緒に。荷を積むのに、人の手が要ります。帳を読むのは、私がします」


 ダンカン様が、止まった。


 地図の上に置いた手が、少しも動かなかった。灰色の目が、私の顔の上で一度だけ瞬いた。


「六人付ける」


 それから、短く続けた。


「ジャーヴィスを連れていけ。馬車は、私の馬車を使え」


「はい」


「宿場で、何かあったら」


 ダンカン様は、そこで言葉を切った。何を言うのか、私は待った。


「一回で、ジャーヴィスに言え」


 黒い髪の下で、耳の先が赤くなっていた。


* * *


 執務室を出ると、廊下にヘスター様が立っていた。台所へ戻る途中だったのか、わざと待っていたのか、私には見分けがつかなかった。


「聞こえたよ」


「……どこからですか」


「手を、のところから」


 ヘスター様は前掛けの紐を結び直して、言った。


「一回目で言えたね」


 紐を結び終えたときには、ヘスター様はもう廊下の角を曲がっていた。


 グウェンは館に残ることになった。北街道の冬の手前の旅は、年寄りの体には寒すぎると、ヘスター様が一回で決めた。グウェンは黙って頷いて、私の馬車の座席に、毛布を一枚余分に入れた。


「お嬢様は、寒いと言わない方ですから」


 グウェンはそれだけ言った。


* * *


 その日の昼、私の乗った馬車は、騎士たちと兄に付かれて坂を下りた。


 ダンカン様は、門の前で見送った。同じ日の午後、ダンカン様も峠へ上る。


 膝の上に、書類入れを置いた。中には、八年分の表と、王都で積んだ数の控えの写しと、軍務院の院長の書状が入っている。


 私は、その上に手を置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。