↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「妹が先よ。あなたは手がかからないから」と母が言うので、三回言って届かないものは自分で取りに行きます【連載版】  作者: みれいぬ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/33

お姉様が詰めてくれないから【ジニー視点】

 お姉様の返事が来たら、トランクは閉まるはずだった。


 だって、お姉様はいつもそうだったもの。私が困ったことを書いて渡せば、次の日には全部片付いていた。割れた壺のことも、辞めた先生のことも。北はちょっと遠いけれど、お姉様なら、どうにかするに決まっている。


 だから、北からの封筒が届いた日、私はトランクの前に座って開けた。入舎まで、まだひと月以上あった。


 便箋は一枚だった。


 詰め方は、どこにも書いていなかった。


 欲しいものは、はっきり三回言いなさい。三回言っても聞き届けられなければ、それは相手に聞き届ける気がないの。そのときは泣かずに、自分の足で取りに行きなさい。


 何これ、と思った。お祖母様の言葉だと、その終わりに書いてあった。私は、お祖母様にそんなことを言われた覚えがない。


 その下に、もう一行だけあった。


 トランクが閉まらないなら、三つのうち一つは要らないものです。


 私は便箋を床に落とした。


 お姉様は、私に意地悪をしている。北の辺境伯様と結婚して、王妃陛下に味方してもらって、それで私のことなんて、どうでもよくなったんだ。


 しばらく床の便箋を睨んでいたけれど、誰も拾ってくれなかった。前なら、誰かが拾ってくれた。お母様か、侍女か、お姉様が。


 私は自分で拾った。


* * *


 トランクは、その日から開けたまま放っておいた。お姉様が意地悪をやめて、詰め方を書いた二通目を寄越すかもしれない、と待っていたのだ。何も来なかった。入舎の前の日になっても、トランクは三つとも、口が閉まらないままだった。


 お母様は、トランクの前に椅子を置いて座っていた。私が泣くと、お母様はいつも、すぐ隣に来て背中を撫でてくれた。今も隣にいる。でも、撫でてはくれなかった。トランクを見て、困った顔のまま動かなかった。


「ウィラなら、すぐなのに」


 お母様が言った。私に言ったのか、トランクに言ったのか、分からなかった。


 執事を呼んでも、執事は衣装のことは分からないと言う。侍女たちは、私の部屋に来たがらない。グウェンはお姉様と北へ行ってしまった。


 私は一つ目のトランクを開けた。菫のドレスが一番上に入っていた。これは要る。寄宿舎にだって、夜会の日はあるはずだもの。二つ目には、髪飾りの箱と靴。これも要る。


 三つ目には、何が入っているのか、自分でもよく分からなかった。寝間着とか、肌着とか、インクとか、そういう、見えないところの物だった。


 三つのうち一つは要らないもの。


 私は三つ目を、部屋の隅へ押した。蓋が閉まらないまま、肌着の袖がはみ出していた。


 残りの二つは、上から私が座って、やっと閉まった。


「ほら、閉まったわ」


 お母様が、やっと笑った。私も笑った。お姉様がいなくたって、できるじゃない、と思った。


* * *


 王都の女学院の寄宿舎は、灰色の石の建物だった。


 門の前で、侍女は帰された。侍女は連れて入れない決まりなのだそうだ。トランク二つは、門番の男が台車で運んでくれた。


 舎監は、背の高い、白髪の女の人だった。新しく入った娘たちを玄関の広間に並べて、規則を言った。


「侍女はいません。身の回りのことは、自分でしなさい。頼みごとがあるときは、書面にして舎監室へ出しなさい。一度しか言いません」


 本当に一度しか言わなかった。


 部屋は何人かで一つだった。私の寝台は窓の反対側で、同じ部屋の子たちはもう荷物をほどき終えていた。私もトランクを開けた。


 菫のドレス。髪飾りの箱。靴。


 寝間着がなかった。


 肌着も、少ししか入っていなかった。インクも、ペンも、便箋もなかった。全部、三つ目のトランクに入っていたのだ。


 私は泣いた。


 泣けば、誰かが来る。今までずっとそうだった。でも、同じ部屋の子たちは、顔を見合わせただけだった。そのうちの一人が、隣の寝台の子に小さな声で言った。


「あの子、北の辺境伯夫人の妹さんでしょう」


「お姉様の書いた手紙を、王妃陛下がお取り上げになったって。うちの兄が言ってたわ。軍務院の偉い人が、呼びつけられたんですって」


「お姉様のほうは、ずいぶんしっかりしてるのね」


 私は泣くのをやめて、そちらを見た。誰も、もう私を見ていなかった。


* * *


 舎監室へ行って、寝間着がないと言った。


 泣きながら言った。一回目。舎監は机から顔を上げて、「書面で」と言った。


 もう一度言った。二回目。舎監は「書面で」と言った。


 三回目は、もっと大きな声で泣いた。舎監は、私が泣き終わるまで黙って待っていて、それから同じことを言った。


「書面で」


 三回言ったのに、届かなかった。


 お姉様の手紙に書いてあったとおりになった。三回言っても聞き届けられなければ、相手に聞き届ける気がないの。でも、そのあとどこへ取りに行けばいいのかは、書いていなかった。お姉様の手紙なんて、ちっとも役に立たない。


 その夜、私は隣の寝台の子に、便箋を一枚とペンを借りた。その子は、黙って貸してくれた。


 寝間着がありません、と書いた。字が曲がったので、書き直した。二枚目は、インクが滲んだ。三枚目で、やっと読める字になった。


 三枚目を、舎監室の机の上に置いた。


 お姉様が詰めてくれれば、こんなことにはならなかったのに。


* * *


 次の朝、舎監室の机の上に、私の紙が戻されていた。


 私の字の下に、舎監の字で一行、書き添えてあった。


 承知しました。家への手紙は、あなたが書きなさい。舎監室から出します。


 私は、その一行を三回読んだ。


 家への手紙を、私が書く。


 お姉様への手紙は、三日かかって、やっと一枚書いた。先生、昨日は、の続きは、まだ一行も書けていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。