お姉様が詰めてくれないから【ジニー視点】
お姉様の返事が来たら、トランクは閉まるはずだった。
だって、お姉様はいつもそうだったもの。私が困ったことを書いて渡せば、次の日には全部片付いていた。割れた壺のことも、辞めた先生のことも。北はちょっと遠いけれど、お姉様なら、どうにかするに決まっている。
だから、北からの封筒が届いた日、私はトランクの前に座って開けた。入舎まで、まだひと月以上あった。
便箋は一枚だった。
詰め方は、どこにも書いていなかった。
欲しいものは、はっきり三回言いなさい。三回言っても聞き届けられなければ、それは相手に聞き届ける気がないの。そのときは泣かずに、自分の足で取りに行きなさい。
何これ、と思った。お祖母様の言葉だと、その終わりに書いてあった。私は、お祖母様にそんなことを言われた覚えがない。
その下に、もう一行だけあった。
トランクが閉まらないなら、三つのうち一つは要らないものです。
私は便箋を床に落とした。
お姉様は、私に意地悪をしている。北の辺境伯様と結婚して、王妃陛下に味方してもらって、それで私のことなんて、どうでもよくなったんだ。
しばらく床の便箋を睨んでいたけれど、誰も拾ってくれなかった。前なら、誰かが拾ってくれた。お母様か、侍女か、お姉様が。
私は自分で拾った。
* * *
トランクは、その日から開けたまま放っておいた。お姉様が意地悪をやめて、詰め方を書いた二通目を寄越すかもしれない、と待っていたのだ。何も来なかった。入舎の前の日になっても、トランクは三つとも、口が閉まらないままだった。
お母様は、トランクの前に椅子を置いて座っていた。私が泣くと、お母様はいつも、すぐ隣に来て背中を撫でてくれた。今も隣にいる。でも、撫でてはくれなかった。トランクを見て、困った顔のまま動かなかった。
「ウィラなら、すぐなのに」
お母様が言った。私に言ったのか、トランクに言ったのか、分からなかった。
執事を呼んでも、執事は衣装のことは分からないと言う。侍女たちは、私の部屋に来たがらない。グウェンはお姉様と北へ行ってしまった。
私は一つ目のトランクを開けた。菫のドレスが一番上に入っていた。これは要る。寄宿舎にだって、夜会の日はあるはずだもの。二つ目には、髪飾りの箱と靴。これも要る。
三つ目には、何が入っているのか、自分でもよく分からなかった。寝間着とか、肌着とか、インクとか、そういう、見えないところの物だった。
三つのうち一つは要らないもの。
私は三つ目を、部屋の隅へ押した。蓋が閉まらないまま、肌着の袖がはみ出していた。
残りの二つは、上から私が座って、やっと閉まった。
「ほら、閉まったわ」
お母様が、やっと笑った。私も笑った。お姉様がいなくたって、できるじゃない、と思った。
* * *
王都の女学院の寄宿舎は、灰色の石の建物だった。
門の前で、侍女は帰された。侍女は連れて入れない決まりなのだそうだ。トランク二つは、門番の男が台車で運んでくれた。
舎監は、背の高い、白髪の女の人だった。新しく入った娘たちを玄関の広間に並べて、規則を言った。
「侍女はいません。身の回りのことは、自分でしなさい。頼みごとがあるときは、書面にして舎監室へ出しなさい。一度しか言いません」
本当に一度しか言わなかった。
部屋は何人かで一つだった。私の寝台は窓の反対側で、同じ部屋の子たちはもう荷物をほどき終えていた。私もトランクを開けた。
菫のドレス。髪飾りの箱。靴。
寝間着がなかった。
肌着も、少ししか入っていなかった。インクも、ペンも、便箋もなかった。全部、三つ目のトランクに入っていたのだ。
私は泣いた。
泣けば、誰かが来る。今までずっとそうだった。でも、同じ部屋の子たちは、顔を見合わせただけだった。そのうちの一人が、隣の寝台の子に小さな声で言った。
「あの子、北の辺境伯夫人の妹さんでしょう」
「お姉様の書いた手紙を、王妃陛下がお取り上げになったって。うちの兄が言ってたわ。軍務院の偉い人が、呼びつけられたんですって」
「お姉様のほうは、ずいぶんしっかりしてるのね」
私は泣くのをやめて、そちらを見た。誰も、もう私を見ていなかった。
* * *
舎監室へ行って、寝間着がないと言った。
泣きながら言った。一回目。舎監は机から顔を上げて、「書面で」と言った。
もう一度言った。二回目。舎監は「書面で」と言った。
三回目は、もっと大きな声で泣いた。舎監は、私が泣き終わるまで黙って待っていて、それから同じことを言った。
「書面で」
三回言ったのに、届かなかった。
お姉様の手紙に書いてあったとおりになった。三回言っても聞き届けられなければ、相手に聞き届ける気がないの。でも、そのあとどこへ取りに行けばいいのかは、書いていなかった。お姉様の手紙なんて、ちっとも役に立たない。
その夜、私は隣の寝台の子に、便箋を一枚とペンを借りた。その子は、黙って貸してくれた。
寝間着がありません、と書いた。字が曲がったので、書き直した。二枚目は、インクが滲んだ。三枚目で、やっと読める字になった。
三枚目を、舎監室の机の上に置いた。
お姉様が詰めてくれれば、こんなことにはならなかったのに。
* * *
次の朝、舎監室の机の上に、私の紙が戻されていた。
私の字の下に、舎監の字で一行、書き添えてあった。
承知しました。家への手紙は、あなたが書きなさい。舎監室から出します。
私は、その一行を三回読んだ。
家への手紙を、私が書く。
お姉様への手紙は、三日かかって、やっと一枚書いた。先生、昨日は、の続きは、まだ一行も書けていない。




