北は、例年どおりで足りてきた
軍務院の封は、ダンカン様が執務室で開けずに、奥方様の机まで持ってきた。
「君の書いた書面の返事だ。君が開けてくれ」
キルスティの恩給のときと同じ言い方だった。私はペーパーナイフを取った。机の向こうで、エイモスとガーニーがペンを止めた。兄は窓辺に寄りかかって、腕を組んだ。
便箋は一枚だった。三枚で出した書面の返事が、一枚で来た。
北の騎士団長閣下。冬季の補給の件、承った。北の辺境伯領の冬季補給は、例年どおり手配済みにつき、改めての注文には及ばず。損じは道中の常にして、北よりこれまで申し立ての書面なし。発送は例年どおり秋口とする。当掛の積み込みの帳は掛の外へ出さぬ定めにつき、写しは送らず。軍務院補給掛次席、ラムズデン。
その下に、同じ手の字で、追伸が一行あった。
北の辺境伯領は毎年、手がかからず、当掛も助かっております。
私は、追伸の一行で手が止まった。
(一回目)
届かなかった、と心の中で数えるより先に、指が便箋の端を握っていた。紙に皺が寄ったのに気づいて、私は指を開いた。
「読んでもいいか」
兄が窓辺から手を出した。渡すと、兄は一回で読んで、鼻で笑った。
「お袋の手紙かと思った」
エイモスとガーニーが顔を見合わせた。二人は、私の母の手紙を読んだことがない。兄もそれ以上は説明しなかった。
* * *
「申し立ての書面なし、とある」
ダンカン様が言った。返事の便箋を、兄の手から受け取って、もう一度読んでいた。
「去年の一行は、届いていたはずだ」
「届いていたのだと思います」
私は、ラムズデンという名前の上を指で押さえた。
「数の書いていない一行は、申し立てとして数えない。そういう意味だと思います」
王都の役所の言い回しは、大事なことほど下のほうに、遠回しに書いてある。北の一行は、王都では一行分にも数えられていなかった。数が書いていないから、急ぎではない。二回目が来ないから、困っていない。そうやって、八年分の一行が脇へ置かれてきた。
王都の家でも、同じだった。ドレスを返してと三回言っても、母は一回も聞き入れなかった。けれど、三回目の後に私が黙れば、母は、あの子は分かってくれたと思った。言わなくなった娘は、困っていない娘だった。泣かない娘は、手がかからない娘だった。
手配済み、という言葉も、よく読むと答えになっていなかった。私が書いたのは、手配してほしいということではない。いつまでに、いくつ届くかということだ。
ダンカン様は便箋を机に置いて、しばらく黙っていた。
「来年、私が自分で王都へ言いに行く。補給掛へ」
言い方は短かったが、声が少し低かった。八年、一行で済ませてきたのは自分だと、この人は分かっている。
「来年では、今年の冬に間に合いません」
私は言った。
「今年の冬は、今年のうちに取りに行きます」
ダンカン様が、私の顔を見た。
「どう取りに行く」
「まず、もう一回書きます。宛先を変えて」
* * *
二回目の宛先は、ラムズデン次席の上にした。軍務院補給掛の長だ。
一回目の写しと、ラムズデン次席の返事の写しを添えた。表には一行足した。損じは、八年のあいだ一度も減った年がありません。宿場を通るほかの荷の損じと、比べていただけますか。王都で積んだ数と、館に届いた数の差は、どこで生まれているのでしょうか、と。
届けてほしい日も、もう一度書いた。街道が雪で閉じる一月前まで。王都から宿場まで六日、宿場での積み替えに一日、宿場から館まで六日。館に届くまでに十三日かかるので、王都を出るのは、その十三日前まで。日付で書いた。秋口、と書き返されないように。
書いている間、机の部屋に騎士の妻たちが来て、追伸の便箋を回し読みした。
「手がかからず、ですって」
「これ、うちの人に見せたら、峠から石を担いで王都まで行くわよ」
もう一人が、怒るより先に呆れた声で言った。別の一人は便箋を返すとき、追伸の行を指で弾いた。北の人は、一回で言って、一回で怒るらしい。
夕方、ヘスター様が様子を見に来た。私の書いている二回目の紙をのぞいて、言った。
「ウィラ。あんた、夏至の前に王妃宮へ知らせを置いたって言ってたね」
「はい。取次の女官の方に、北に着いたことを」
「そこへは、書かないのかい」
「三回目に、取っておきます」
後見は夏至で終わった。けれど、私の縁組は王妃陛下の名で結ばれたものだ。北で何が起きているかを、その王妃宮に知らせるのは、失礼にはならない。頼むのではなく、知らせる。それなら、後見の枠の外でも届く。
ヘスター様は、ふん、と鼻を鳴らした。笑ったのだと分かった。
「そういうところは、北の女より勘定が細かいね」
* * *
日が傾く頃、ダンカン様が机の部屋へ来て、二回目を一枚ずつ読み、印を押した。今度は、黙ったままだった。
その日のうちに、二回目を持った早馬が、坂を下りていった。
(二回目)
私は東の窓からそれを見送ってから、机の引き出しを開けた。
中に、紙が一枚入っている。王妃宮の取次の女官に宛てた手紙の、下書きだ。一回目の返事を読んだ後で、ダンカン様が執務室へ戻ってから書いた。宛名と、書き出しの一行と、最後の一行だけを。
届かなければ、これを書き上げる。
引き出しを閉めて、窓の外の峠の道を見た。夏の盛りの空は、王都よりずっと高かった。
それでも届かなければ、そのときは。
私は机に戻って、ペンを取った。今日の頼みごとが、まだ何枚も残っていた。




