北の夏は、短い【ダンカン視点】
北の夏は、短い。
峠の雪が消えるのは夏至の頃で、次の雪が来るのは、それから百日もしないうちだ。その間に、峠の砦の石垣を直し、冬に砦へ入れる騎士の薪と食い物を運び上げる。毎年、日が足りない。
その翌朝、私は騎士たちとジャーヴィスを連れて、峠へ上った。
ウィラは門まで見送りに出た。八日で戻る、と一回で言うと、ウィラは「はい」と一回で答えた。それから、私の外套の襟が片側だけ折れているのを、黙って直した。
* * *
砦の東の石垣は、春の雪解けであちこちが膨らんでいた。
崩れる前に、積み直す。石を外し、裏の土を掻き出し、石を一つずつ戻す。騎士たちと交代で担いだ。一つの石が、大人一人の重さほどある。
ある朝は、霧が出た。夏でも、峠の朝は息が白い。
石を肩に担ぎ上げようとして、左の肩が途中で止まった。
止まったのは、ほんの一息の間だった。右の肩に持ち替えて、そのまま運んだ。後ろで石を受け取ったのはジャーヴィスで、ジャーヴィスは何も言わなかった。見ていなかったのかもしれない。
左の肩は、寒い朝に上がりにくい。八年前からだ。
その冬の終わり、峠の下の道で雪崩があった。見回りの帰りの父が、馬ごと埋まった。私は騎士たちと雪を掘った。掘る道具が足りず、最後は手で掘った。父を掘り出したのは、半日後だった。もう息はなかった。
その日に痛めた肩だ。誰にも言っていない。叔母にも、ジャーヴィスにも。
北では、聞かれないことは言わない。言えば、聞いた者が冬の間それを覚えていなければならない。覚えることを増やさないのが、北の礼儀だ。
霧が晴れた後の石は、また右の肩で担いだ。
* * *
ある夜、砦の詰め所で、ジャーヴィスと二人になった。
炉の火は一つ。騎士たちはもう寝ている。ジャーヴィスは騎士たちの割り当てを書いた帳を閉じて、私を見た。
「団長。奥方様に、手紙を書かないんですか」
「八日で戻ると言った」
「言ったから書かない、というのは北の理屈です。妹は王都の人間ですよ」
ジャーヴィスは、妹の話になると口数が増える。六年、そうだった。
私は炉の火を見ながら、館の机の部屋のことを思い出していた。何日もかけて書いた書面を私に渡した後で、空になった棚を見て、ウィラが言った。
読むための本を、一冊も持ってこなかったんです。冬の夜は、長いのでしょうね。
頼みごとの言い方ではなかった。ウィラは頼むとき、頼むと分かる言い方をする。あれは、口から出てしまった、という言い方だった。だから返事をしなかった。返事をすれば、ウィラは「いいえ、大丈夫です」と言っただろう。
「本が要る」
私が言うと、ジャーヴィスは一度まばたきをした。
「本、ですか」
「ウィラは、読むための本を一冊も持ってこなかった。冬の夜は長い」
ジャーヴィスはしばらく黙っていた。それから、帳を開き直した。
「紋章院の書庫に、昔の家庭教師がいます。定めの文言を写してくれた人です。あの人に頼めば、王都の本屋で選んでもらえます。街道が閉じる前の最後の郵便馬車に、間に合わせられる」
「頼めるか」
「団長が書いてください。俺の名前で頼んだら、妹は俺に礼を言います」
ジャーヴィスは紙とペンを私の前に置いた。
私は書いた。
冬に読む本を。ストラウド。
書いてから、ペンが止まった。
机の部屋の八つの束が浮かんだ。例年どおり、の一行。八年、それで通じると思っていた。通じたのは、荷が来たからではなかった。届いた数と送り状の損じを、年ごとに並べて見た者が、誰もいなかったからだ。足りない冬は、毎年一つずつ越えてしまえば、それで終わっていた。
一行の紙を炉へ入れて、二枚目を取った。
冬に読む本を、二十冊。旅の話、料理の話、詩、北の昔話。選び方は任せる。最後の郵便馬車に間に合うように。代金は辺境伯家の帳場から。ストラウド。
三行になった。ジャーヴィスが横からのぞき込んで、言った。
「団長。一冊、足してもいいですか」
「何だ」
「祖母が妹に読んでいた本です。『雪の下の七つの話』。祖母が亡くなった年の手紙に、妹が一度だけ書いてきました。今夜読み返しました、と」
ジャーヴィスは、妹の手紙を七十通余り、全部取ってある。読み返して、覚えている。
「足せ」
ジャーヴィスは四行目を書き足した。几帳面な字だった。
書きつけは、翌朝、館へ下りる騎士に持たせた。館の町の郵便の袋に入れれば、最後の郵便馬車に乗る。
* * *
八日目の夕方、予定どおり館へ戻った。
門をくぐったところで、東の一室の窓が開いているのが見えた。私は騎士たちを先に行かせて、廊下を東へ歩いた。
机の部屋の戸は、半分開いていた。
ウィラが机に座っていた。向かいに、エイモスとガーニーが並んで座っている。机の上に、騎士の妻の頼みごとの紙が一枚あった。
「書き写すのではなくて、読む人が一回で分かるように書くの」
ウィラが言った。
「一番大事なことを、一番上に。この人が一番困っているのは、何ですか」
「……息子さんに、冬の前に一度帰ってきてほしい、です」
ガーニーが答えた。
「では、それを最初の一行に」
エイモスがペンを動かし始めた。ガーニーはまだ紙を睨んでいた。ウィラは二人の手元を見ていて、私に気づいていなかった。
私は、ウィラの右手を見た。
ペンだこの横のインクは、指先だけだった。あの晩の机で見たときは、手の甲の半ばまで黒かった。
戸口から数えた。机の上の頼みごとの紙は、四枚だけだった。ほとんどが、エイモスとガーニーの前にあった。
私は部屋に入らずに、廊下を戻った。
* * *
それから何日かたった昼、執務室にオズが駆け込んできた。
オズが走るのは、めったにないことだ。
「団長。早馬が戻りました。軍務院の封です」




