第15章:愛と忠誠の誓い
冬の訪れが本格的なものとなり、王都の空気は刺すように冷たかった。
それでも、王立魔法学園の中庭には、温室の魔法障壁に守られた紅い花々が、凛とした姿で咲き誇っている。
その中央に、エレノア・グランツはひとり佇んでいた。
(このまま進んでいいのか――そんな迷いが、今も胸に残っている)
舞踏会を経て、第二王子ジュリアンとの対話を経て、自らの信念がより明確になったにもかかわらず、エレノアは初めて、"進むことの孤独"に心を蝕まれていた。
* * *
「……珍しく浮かない顔をしていますね、エレノア様」
その声に振り返ると、そこにいたのはアルヴィン・クローデルだった。
「もう大丈夫なの? あなた、まだ療養中でしょう」
「王都に戻ってからずっと寝てたし、そろそろ身体がうずいてきたんだ。……それに、君の顔が見たかった」
エレノアは一瞬言葉に詰まり、そして苦笑した。
「昔からそうだったわね。大事なことを、いとも簡単に言ってのける」
「でも、昔の君には通じなかった。今は、どうだ?」
アルヴィンの声は真剣だった。彼の視線が、まっすぐエレノアを見据えている。
「エレノア。君が、どれだけ遠くへ行こうとしていても、俺は君の隣にいる。力にも、剣にもならないかもしれない。けれど――」
彼は懐から小さな指輪を取り出した。
「これは、昔、俺の母が使っていた魔導触媒の指輪だ。再構築魔法にも相性が良い。君に、使ってほしい」
「……私に?」
「君は、“孤独”を抱えたまま前に進もうとする。でも、俺はそれが嫌なんだ。君には、誰かが必要だと思ってる。誰かって……俺がなりたいと思ったんだ」
その言葉に、エレノアの胸の奥がじわりと熱を帯びる。
(私は……誰かに支えられてもいいの?)
「ありがとう、アルヴィン。……その指輪、大切にする」
「俺も、君を大切にする。……ずっと、ね」
* * *
その夜。エレノアは自室の机に指輪を置き、しばらく眺めていた。
(恋愛なんて、私には関係ないと思ってた。けれど、それはただ、“怖かった”だけなのかもしれない)
王家、貴族、父、そして世界。
何度も裏切られ、何度も拒絶され――それでも、なお手を差し伸べてくれた存在。
「……私は、まだ“信じて”いいのかもしれない」
そのつぶやきは、自分自身への誓いのようだった。
* * *
翌日。
暁の会の本拠地にて、クラリッサが厳しい表情で資料を読み上げていた。
「王都南部の魔力障壁区域にて、大規模な魔力流出が観測されました。正規ルートではありません。……何者かが、“創造核”に近い術式を行使した可能性があります」
「“創造核”を使えるのは、私と……」
エレノアの脳裏に浮かぶのは、あの“仮面の男”――そして、彼が口にした「我々」という言葉。
(まさか、彼らも“動き出した”の?)
「確認に行きましょう。リディア、アルヴィン、ティナ――準備して」
「はい、エレノア様!」
「もちろん、俺も行く」
エレノアは皆の顔を見回した。
「私はもう、独りで戦わない。私には、守るべき仲間がいる。信じる者がいる。そして……愛する者も」
その言葉に、皆が黙って頷いた。
(私は変わった。誰かを信じることで、私はようやく“強さ”を手に入れたのかもしれない)
* * *
その夜、再びアルヴィンと共に空を見上げたエレノアは、穏やかに笑った。
「あなたが傍にいてくれて、私は……ようやく、怖くなくなった」
「……それを聞けただけで、今日という日は十分だよ」
冷たい冬の夜。だが、彼らの間には確かな温もりがあった。
それは、戦火をくぐり抜けた者同士の絆であり、
誰にも壊せない――愛と忠誠の誓いだった。




