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アルフォンス視点回となります。
――初めてその子と会ったのは10年前。
自分は8歳でその国の第三王子と呼ばれる立場だった。
10歳上のベルンハルト兄上は王太子と呼ばれる立場で父であるディートハルト国王陛下の後継として、既に国内外から認められるほどの才覚を発揮していた。リヴィアニア王国筆頭公爵家の娘であるユーリア嬢を婚約者に持ち、その立場は確実なものであった。
4歳上のエルヴィン兄上は第二王子として、王太子ベルンハルトを助ける立場として育てられ、さらに勉学に励まれ、12歳時点で国内の最高学歴まで達する程の頭脳を持ち、外国語にも堪能だったため、将来外交担当として王国を支えていくのは間違いなかった。
自分、アルフォンスは第三王子という位置で、上2人に比べれば周りからはかなり緩く育てられたと思う。勉学や知識、所作などは同じように叩き込まれたが、それ以外は好きにさせてもらっていたように感じる。
それは小さい時から発動していた魔力も関係し、魔力過多で度々暴走仕掛けて、身体的にも精神的にも負担がかかり、よく寝込んでいたため、周りの者達が気をつかってくれていたのかもしれないが。
自分も8歳になり魔法の勉強も本格的に始めて、魔力の制御もできるようになるとかなり暴走しそうになる回数も減ってはきていた。ただやはり年に何度かは寝込んでいた。
そんな頃、父であるディートハルト国王陛下がある朝、侍従と馬駆けに出掛けた際、森で拾ってきたという子供が王宮にやってきた。
黒髪黒瞳の5歳くらいの女の子だった――
呼ばれて行くと、そこには父に抱かれた不安に満ちた瞳でこちらを見つめる少女がいた。
何故かその瞳から目を逸らすことができなかった。
髪はボサボサに伸びっぱなし、身体も汚れて埃っぽい感じだったが、王宮侍女達に連れていかれ、湯浴みをし、髪も衣服も整えられて再び目の前に現れた少女にさらに釘付けになった。
ちょっと落ち着いたのか、先ほどまでの不安な眼差しは少し消えており、真っ直ぐな視線でこちらを見ていた。
多分、この時のこの視線で自分の運命は決まってしまったのだと思う。
もうこの少女から目が離せなくなってしまった。
今までも王子という立場柄、何人かの年齢の合う少女達と会ったことはあるが、こんなに興味を持った少女は彼女が初めてだった。
少女は父が見つけるまで森の中でどのように生きて過ごしてきたのか。
話すことが出来ないため、まずはそこからだった。
名前もないのか、わからないため、決めようということになり、自分につけさせて!と言ったら皆に驚かれたが、父が了承してくれた。
「――レーツェル、レーツェル・シュヴァルツ」
最初に感じた、そのままのイメージを声に出した。
神秘的な・黒――
皆から、ほぉと言う声があがったので、少女に向かって聞いてみた。
「君は、レーツェル・シュヴァルツ。レーツェルと呼んでもいい?」
すると少女は返事の代わりに初めて笑顔を見せてくれた。その笑顔に自分だけでなく、その場にいた全ての者がノックアウトされたのは言うまでもない。
それからしばらくは王宮内の客室で寝起きをし、専属の侍女や女官、家庭教師をつけた。
貴族達から素性やこの国では見ない黒髪黒瞳の外見を不吉ではないのかと懸念し、諌める声も出たようだが、王妃である母上が、娘が欲しかったと誰にも文句は言わせないわよ、との迫力で押し切ったらしい。
言葉を発する事が出来なかった少女は、少しずつ声が出るようになり、話せるようになった。
初めて自分に向かって恥ずかしそうに「……あ、る」と言ってくれた時のことは忘れられない。
言葉を覚え、本を読めるようになり、周りが驚いたのはレーツェルの記憶力だ。
一度読んだ本はほぼ完璧に内容を覚えていた。教えたマナーなどの所作も一回でほぼ完璧にマスターする。教師達も舌を巻くほどだった。
しかし1つだけ出来なかったのが魔法だ。この国の民なら持っているはずの魔力が一切なかったのだ。魔道士達も色々試してみたがダメだった。レーツェルを見た魔道士達は身体の奥深くに何か、魔力の塊があるようには感じるらしいのだが、それを発動させる道筋が視えないらしい。
魔力が無くても灯りをつけたり湯を沸かしたりする道具はあるが、やはり不便かも、という事で白羽の矢が立ったのが自分だった。
有り余る魔力を少し分け与えられないか?と聞かれ、彼女のためならいくらでも!と一も二もなく了承した。
最初の頃は毎日身体全体に魔力を纏わせ少しずつ使わせる練習をした。これに関しては一度でうまく使えるようになった。
しばらくして、自分も公務や訓練が増えてきて毎日会えない可能性もあったので、紫水晶を埋め込んだ耳飾りを渡して左耳につけてもらった。
これになら普通に生活する分には1週間から2週間分の魔力を貯め込ますことができた。
自分の瞳と同じ色合いの紫水晶を探して耳飾りを造って渡した時、周りから「…アルよ…」と引かれ気味だったが気にしない!他の色合いの石の方が強い力を込めれるとも言われたがこの色以外を渡したくなかった。
渡した時「…アルの目と一緒」とすぐに気づいてくれて、耳につけてあげるとにっこりと微笑んだ。その笑顔に何度目かのノックアウトを食らったのは言うまでもない。
その後、ベルンハルト兄上とユーリア孃が結婚し、男の子も生まれると、父であるディートハルト国王陛下が退位すると宣言。あっと言う間に兄上が国王となり、母上とともに王都近くの領地にルカリスティア公爵として隠居した。
その際、父上がレーツェルも連れて行くといい、王都近くとはいえ、毎日会えなくなると思った自分はすぐさま文句を言いに行った。だがお前の、アルフォンスのためでもあるんだ、と言われた。
自分のレーツェルに対する気持ちなど全てお見通しだった両親は頭ごなしに反対はしなかったが、王弟という立場上いくつかの問題があるのは分かっていた。
それを踏まえた上で両親は自分にいくつかの課題を出した。全てクリアできれば、願いは叶うかもしれないと教えてくれた。二人の兄と義姉も協力は惜しまないと言ってくれたため、その条件を呑んだ。
――期限はレーツェルが成人となるあと約6年。
全く会えない訳じゃなく、一週間に一度は会って、魔力を渡していたし、魔力の制御もでき、体調を崩すこともなくなり、順調に、確実に、それこそ願いを叶えるために死にものぐるいで課題をこなしていった。
公爵領から王宮の離れにレーツェルが戻ってきたのは3年後。レーツェル13歳、自分16歳の時だった。
その時点で自分は出された課題の内の1つ、国内の魔道士達の誰よりも強くなり、事実上の魔道士トップである王国軍副総帥の地位に就いていた。回復系から攻撃系まで全てにおいて王国一を極めていた。
魔法だけでなく、剣術においてもトップクラスの腕前になるまで死ぬ気でがんばった。
公爵領にいる間のレーツェルも色々と詰め込まれ、これまた王国内トップクラスの剣術の使い手になっていた。3年の間何度も会っていたが、訓練は見たことがなかった。
まさか父上の退位時に一緒に護衛として付いていった影と呼ばれる王国精鋭部隊のメンバーが手加減無しで教えているとは思わなかったのだ。剣術だけでなく、薬学、医術や野営の仕方など本当に色々な知識を叩き込まれていた。もちろん、刺繍や楽器などの方面もバッチリだった。まあ教えたことをすぐさま吸収するレーツェルは教えがいのある生徒だとは思う。
後に聞いたところ、将来レーツェルが自分の意思で生き方を決められるようにと、色々な選択肢を与えたかったそうだ。
そうして3年後にまた離れに戻ってきたレーツェルは帰ってすぐに父上と一緒に軍部に行き、思いっきりやっていいぞと言われ、その剣の才能を遺憾なくみせつけた。下位の者達はことごとく倒され、まともに相手が出来たのは隊長クラス以上だった。
次の日には王族専用近衛隊にも連れて行き、挨拶代わりだとばかりに倒しまくったのは言うまでもない。
そうして護衛はいりません、自分のことは自分でしますと言って離れに侍女のエルゼと本当に必要最低限の人数だけで住み始めた。
ちなみにエルゼも公爵領でレーツェルと共に訓練されているので、防犯面に関しては誰も口だしできなかった。
父上に連れてこられた日から8年あまりが過ぎ、小さかった少女も成長し、身長も伸び、美しい黒髪も腰が隠れるくらいまでになった。
本人は一度、邪魔になるからとその髪を切ろうとしたが、自分が断固として反対した。
せっかくの美しい漆黒の髪なのに勿体ない!伸ばしたままでいて欲しいと頼みこんだ。
でもレーツェル自身は髪の毛をイジったりするのが苦手らしく、エルゼの手を煩わせるのも悪いから、と言ってきたが、自分がするから!と押し切った。
そうして朝は離れに通うようになった、というか、そういう風に予定を組むようにした。周りの呆れ具合は気にしない。
最初のうちは簡単な髪形にしか出来なかったが、色々聞いて、勉強して、元々手先は器用だったおかげで王宮の美容師並にセットできるようになった。
そうしてレーツェルが離れに戻り、王妃や公爵夫人である母上主催のお茶会の護衛を務めたりして2年以上が過ぎた――
その日もいつも通りのように朝離れに向かい、王妃のお茶会の護衛のため、動きやすいドレスを着たレーツェルの髪を邪魔にならないよう紫色のリボンを絡ませて編み込み、結い上げて仕上げた。
自分も今日はそんなに難しくない、簡単な防御壁の点検と強化に行くために、いつも通りレーツェルに挨拶をして離れを後にした。
しかしかなり想定外のことが起こり、火蜥蜴が現れ、村人を守った際に怪我をしてしまった。テオに怒られながら王宮に戻ると先触れのせいか、レーツェルが庭に走って入ってくるのが見えた。
朝見た姿のままだったので、ああお茶会の邪魔をしてしまったかな、とかを考えていた。傷口からの魔力の漏れが激しいのか意識が遠退き目を瞑っていると
「アルフォンス殿下!」
慌てたような、彼女の声で意識が戻る。
「ああ、レーツェルか。心配かけてすまない、ちょっと油断した」
回復魔道士達が来てくれて、テオに怒られながら治療を受ける。
治療開始直後に気配を感じた。火蜥蜴がいる。
5体ぐらいか?先ほどの場所で見た10体は倒してきたから、仲間か、それとも自分の傷口からの血か魔力に釣られてやってきたのか。
5体ならいけるか、と攻撃系の魔法を繰り出そうかと思っていると、レーツェルの静かな声が響いた。
「陛下はお下がりを。アルフォンス殿下の回復を頼み
ます」
「レーツェル、待て!」
思わず叫んだが、剣を右手に握りしめ前に出るレーツェルが目に入る。
「大丈夫です、殿下は回復に集中してください」
そう言ったレーツェルはあっと言う間に火蜥蜴5体を倒した。
その後、エルゼから何かを貰い、こちらに向かってきた。
「アルフォンス殿下、こちらをお飲みくださいね」
緑色の液体が入った小瓶をこちらに見せて、有無を言わせない笑顔で話しかけられた。……怒ってる。
「……もう治ったから大丈夫だ……」
多分、自分の顔は引きつっていただろう。
「殿下……」
「……だってそれルカリスティア公爵家の薬瓶だろう?」
父上のお抱え薬草師が作った回復薬。とにかく不味い。効くけど不味いのだ。
「今回はレーツェルに心配をかけたアルが悪い。大人しく飲みなさい」
「……陛下まで」
「私にも心配をかけた罰だと思え」
王命なら誰も逆らえない。諦めて飲んだ。すぐさまテオが水をくれた。この薬の不味さを分かっている者の気遣いだった。
飲み干して顔色が回復したからか、レーツェルの顔にも安堵感が見えた。左耳の紫水晶に向かって手を伸ばし、すまなかった、と謝った。
次は一緒に連れていけと、護るからと言われたが、
男としては護りたいのだが、と伝えると、横のテオからも護られてくださいと突っ込まれた。
とりあえず傷口も治り、自分で歩けるまでに回復したので陛下の執務室で話を聞くと言われ、皆で向かおうとしたところ、それは突然背後に現れた。
――ワイバーンと呼ばれる飛竜だった。
一体だけだが先ほどの火蜥蜴とは比べものにならないくらいの大きさだ。3メートルはあろうかという個体だ。
何故ここに?火蜥蜴を追ってきたのか?自分の傷のせいか?色んな考えが頭の中を駆け巡る。しかしまずはこいつをどうするかだ!と思った時、レーツェルが一瞬速く動いた。
「皆下がって!中に入って!陛下と殿下を頼みます!」
レーツェルが剣を抜き、前に出て、ワイバーンを睨み構えるのが見えた。
「レーツェル!だめだ!お前も下がれ!」
「時間を稼ぎます!攻撃魔道士達を呼んでください!」
レーツェルに駆け寄って肩をつかんだ。
「だめだ!私が攻撃する!お前は下がれ!」
「だめなのは殿下です!まだ先ほどの怪我で漏れた魔力は戻ってないはずです!離れてください!」
確かに薬のおかげで体力は戻ったが魔力は完全に戻ってはいない。レーツェルはそのこと分かっている。誤魔化しはきかない。しかしレーツェルにも手に負える相手ではないはずだ。逡巡していると後ろから引っ張られた。テオだった。
「……何を!」
「何を、じゃないですよ!先ほども言われたでしょう?いまのあなたは護られる存在なんです!陛下が攻撃魔道士達を呼んでいます!すぐに来ます!それにここにいたら彼女の攻撃の邪魔になります!」
一気にテオがまくしたて、自分を後ろに引っ張っていく。
「……ありがとうございます、テオ様」
レーツェルの声が聞こえる。
自分が離れるとレーツェルが臨戦態勢に入るがわかった。
待て!だめだ!やめろ!そう叫ぼうとするが、声がまともに出ない。
レーツェルがワイバーンに攻撃する。傷をつけられたワイバーンが反撃を仕掛けてくる。
直撃は避けているが、空気の振動か周りの石粒が跳ねたのかレーツェルのドレスや頬などに細かい傷がついて、血が流れる。
「レーツェル!」
「大丈夫です!」
大丈夫な訳がない!テオを振り払おうとした時、レーツェルの再度の攻撃より速くワイバーンが仕掛けてきて、避けきれなかったレーツェルの右足元を直撃した。
「……くっ…」
「レーツェル!!」
テオを振り払ってレーツェルに駆け寄る。
自分は何をやっているのか、何故今力が使えないのか、なんの為に今までがんばってきたのか、今彼女を護れなかったら何の意味もない!
ただ彼女を護りたい、その一心で身体が動く。
ワイバーンが再度攻撃態勢になり、足元をやられてまともに動けないレーツェルに向かって炎球と呼ばれる炎が放たれた!
――防御を!彼女を護る!
あと少しでレーツェルに手が届くところで、辺りが物凄い光に包まれた――




