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――それは何という感情だったのか
今までも心の中に常に存在していた、その感情。
あなたを護る、護りたいと常に願って、その為だけに強くありたいと思ってきた。
あなたの為だけに、そう思って生きてきた。
あなたの代わりなどいない、私の全てはあなたの為にある。
ア ナ タ ヲ マ モ ル
心がその思いに支配された瞬間、全てが弾けた――
眩しい光が消え去った時、その場にいた誰もがその光景を見て、自分の目を疑った。
息をすることも瞬きすることも忘れ、誰も声を出せず、その場から動けなかった。
ワイバーンが炎球を吐き、レーツェルとアルフォンスがその炎に飲み込まれたと思った瞬間の眩しい光。
光が消え、そこにいたのはワイバーンと
―――竜。
ワイバーンより更に大きな身体をくねらせ、そこに現れた。
その場で一番最初に気を取り戻し声を発したのはベルンハルト国王陛下だった。
「……竜…竜化か!?」
その一言で周りにいた者達も現実を直視した。
しばらくこのリヴィアニア王国には現れることのなかった竜が目の前にいる。
その現実に頭がついていった時、次の疑問が湧き上がる。
――誰が、竜化した?
誰もが思い当たったのはアルフォンスだ。彼の魔力量は小さい時から並外れていた。竜化するなら彼だろうと皆が思っていた。
しかし皆が見ている光景――竜の足元にいる人間は銀髪の長身の男性――アルフォンスだ。
そしてそのアルフォンスの前にいる竜の色が先ほどまでそこにいた人物を間違いなく示している。
現れたのは――漆黒の竜。
鱗の色も瞳の色も神秘的なほどに深い、漆黒の竜。
黒は人のあいだでは不吉とも言われる色だが、竜の中では最上位で最強と伝えられている黒竜。
明らかにそこにいた少女、レーツェルと同じ漆黒。
そしてその竜のたてがみに巻き付いている紫色のリボンと竜の耳に紫水晶の石が埋め込まれた耳飾りが付いていることが何よりの証明。
――竜化したのはレーツェルだ。
皆がその結論に至った瞬間、黒竜がワイバーンに向かって攻撃を仕掛けた。
咆哮とともに放たれた一撃は周りの空気を一瞬にして凶器に変える。空気の刃が一斉にワイバーンを襲い、その身体を切り裂いていく。
その一撃、たった一撃でワイバーンは傷だらけになり、地面に叩きつけられ、動かなくなった。
しかし黒竜は攻撃の手を休めようとせずさらに一撃を与えようとしている。
力加減がわからないのか、混乱しているようにも見える黒竜に対して叫んだのはアルフォンスだ。
「レーツェル!」
明らかに暴走しかけていた黒竜の動きが一瞬止まった。
「契約をするんだ!アルフォンス!」
ベルンハルトがアルフォンスに向かって叫ぶ。
「お前なら出来る!他の者にその立場を渡したくはないだろう?契約を結ぶんだ!」
竜化した者はそのままでは意識を保てず、暴走し、精神も耐えきれず人にも戻れなくなる。
小さい頃から教えられてきた竜化して人と契約を結べず暴走した竜の末路をアルフォンスは知っている。
だからもし自分が竜化した時は意識のあるうちに必ず誰かと契約を結べ、契約したい者の前に飛んでいけ、と何度も何度も教えられてきた。
自分が竜化すると思っていた。契約者になるなんて考えてなかった。だが目の前に竜がいる!
竜化したのは自分じゃない、間違いなくこの黒竜はレーツェルだ!
彼女を暴走などさせやしない!
誰よりも近くで、誰よりも速く宣言しろ、と心の奥底から何かが命じる!
黒竜に向かって、レーツェルに向かってアルフォンスが心の底から叫ぶ。
「我が名はアルフォンス・ドゥ・リヴィアニア!そなたに名を与えし者!竜となりしそなたに我の全てを与えると約束する!この声に応え我に全てを委ねてくれることを切に願う!」
黒竜がアルフォンスに向き合う。
「――古からの理によって我と契約を!そなたの契約者としてこの命を捧げることを誓う!」
黒竜に向かってアルフォンスは手をのばす。
その手の平に黒竜が鼻先を伸ばして、口づけのように顔を寄せる。
『我、全てを委ねることをここに誓う。汝を我が主と認め、この命、主に捧げる。我が主よ、命令を!』
黒竜から低い声が響き渡る。
契約が成立したことを示すように触れ合った場所が光輝く。
――契約、成立。
その事実を確信し、アルフォンスが叫ぶ――
「レーツェル、来い!」
その言葉に呼応するように咆哮が響き渡った。
一度その身体を空高く舞い上がらせ、その姿を見せつけてから、アルフォンスの横に彼を護るように漆黒の身体を寄せてきた。
その時ワイバーンが意識を取り戻し動き出した。そしてアルフォンスと黒竜に向かって再度攻撃を繰り出す。
「レーツェル、落とせ」
落ち着いた声でアルフォンスが命じる。
黒竜が身体の奥底からの低い咆哮を繰り出すと、その場の空気が振動し、盾となりワイバーンからの攻撃を全て払いのけた。
アルフォンスは黒竜の首の鱗を撫でて声を掛ける。
「――いい子だ。では反撃を開始しようか。手加減などいらない、炎で焼き尽くせ!」
アルフォンスの命令に一切違えることなく、ワイバーンに向かって口から炎を吐き出し、命中させる。
その炎は一瞬にしてワイバーンを焼き尽くし、跡形もなく消し去った。
「よくやった、レーツェル。ありがとう。」
アルフォンスは黒竜の鼻先に顔を近づけて囁く。
黒竜も優しく、アルフォンスの顔に自分の鼻先をくっつけた。
辺りに静寂が戻った時、ベルンハルトが声を掛けながら一人と一頭に近づいてくる。その後ろからカール、テオ、エルゼもやってくる。
「大丈夫か?二人共」
「私は大丈夫ですが、レーツェルが」
竜化したままのレーツェルを見上げてアルフォンスが答える。
「竜化は契約者のお前が命じれば解けるはずだ。だがここではなく、レーツェルの離れに戻ってからにしろ」
「……何故です、陛下?」
そう尋ねたアルフォンスにベルンハルトがある場所を指差し、エルゼにそれ、の回収を指示する。
アルフォンスが見たベルンハルトが指差した先にあったのは、竜化する前までレーツェルが着ていたドレスと下着類だった。
破れたりなどはせず、綺麗にあったが、そこにそれがあると言う事は今竜化を解くと……アルフォンスの頭の中に一つの答えが浮かんだ。
だめだ!こんな人目のある場所でそれはマズイ!
「気づいたか?だから離れに行ってから他の誰もいない事を確認してから命じるんだぞ。あの建物なら窓からこの大きさでも一緒に入れるはずだ。ここの後始末は任せろ。詳しいことは後で話そう。レーツェルのことを頼んだぞ」
「ありがとうございます、陛下。お言葉に甘えます。エルゼ、一緒に来てくれ、頼む」
ドレス類を抱えたエルゼが頷く。
「レーツェル、離れに向かおう」
そう声を掛けると、軽く頷いた黒竜と共に離れの方向に歩きだした。黒竜はアルフォンスのすぐ横を少し浮いた状態で静かに移動していく。
周りにいた魔道士や騎士達はこの少しの間に起こった出来事をまだどこか信じられない様子で去っていく姿を見ていたが、陛下に命じられ、与えられた仕事をし始めた。
――竜とその契約者の誕生はその日のうちに王都中に、数日中には国内全土に伝えられることとなった。
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